10.「勇者になってからの六年間(※リリレ視点)」
リリレは、両親を知らない。
生まれてすぐ、孤児院の前に捨てられていたからだ。
孤児院で育った彼女は、普通の少女だった。
「え? 自分が勇者っすか?」
十歳になるまでは。
王都にある教会本部所属の巫女が天の御告げを聞いたとのことで、リリレは勇者として認定された。
「ビックリしたけど、名誉あることっす! 自分、みんなのために、頑張るっす!」
魔王は千年前に倒されて以来いない。
が、モンスターはいる。
「モンスターに怯えて暮らす人々を守るっす! みんなの笑顔を、自分の力で守るっす!」
それから五年間、必死に修行して力をつけた。
「やった! やっと雷魔法を使えるようになったっす! これで、勇者として、自信を持って戦えるっすよ!」
十五歳からは、本格的に勇者として活動を始めた。
リリレは、国の要請を受けて様々な場所へと派遣された。
「モンスターたちから、村の人々を守るっす!」
様々な村に行ってモンスターから守ったり。
「大きな岩っすね! でも自分が来たからには、もう大丈夫っすよ!」
落石が道を塞いでいる場所に行って、聖剣で小さく斬って復旧の手助けをしたり。
「護衛っすか? 任せて下さいっす!」
貴族が出掛ける際に往復二日間の護衛をしたり。
「掃除っすね! 孤児院でよくやってたっす! 得意っすよ!」
仕舞いには、公共施設の清掃までさせられた。
「なんか、思ってたのと違うっす……」
モンスターの討伐依頼は分かるが、それ以外にも、それは勇者の仕事なのかと首を捻りたくなるような仕事をいくつも押し付けられた。
「勇者に休みは無いんすね……」
しかも、休日は一切与えられなかった。
給金は与えられたが、それも最低限だった。
便利屋みたいな扱いをされて、休みも無く、給金も必要最低限しか貰えない。
だが、リリレにとっては、それらはそれ程大きな問題では無かった。
一番の問題は。
「遅いんだよ! もっと早く来いよ!」
「は? 女が勇者? 本気で言ってんの?」
「勇者なんだから、もっと手早く倒せよ!」
「なんか、そんなに強くなくない? 勇者って、もっと一瞬で倒すもんじゃないの~? 期待外れ~」
皆が、〝勇者なんだから助けて当然〟という態度で接してくることだった。
むしろ、遅いだの思ったより強くないだのと、文句を言われた。
最初の頃は、「ハハ……すいませんっす……」と、愛想笑いで誤魔化していた。
しかし、何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も何回も続くと、心が擦り切れていった。
どれだけ必死に頑張っても、どれだけ必死に守っても、誰にも感謝されない。
一体何のために勇者なんてやってるんだろう?
一体誰のために勇者なんてやってるんだろう?
――やめたい。一日も早く。一秒でも早く。
一年経つ頃には、もうやりがいも誇りも全く感じなくなっていた。
「……でも、勇者……だから、簡単に辞めるわけにはいかないっすよね……」
そんなある日。
剣魔闘大会が開催されると聞いた。
「剣魔闘大会に出たいっす! この日だけは、仕事を入れないで欲しいっす!」
国の担当者に直談判するも、「ええ? でも……」と、渋い顔をされた。
「もし優勝して賞金を獲得したら、全部、国に寄付するっすから!」
「! そういうことでしたら」
担当者は、急に態度を変えた。
リリレにとって、賞金は問題では無かった。
彼女が参加したかった理由は、二つ。
一つは、何でも良いので口実にして勇者としての仕事を一日でも良いから休みたかったということ。
もう一つは、大勢の人たちが見にくるこの機会に、勇者としての力を誇示して、すごいと認めて欲しいというものだった。
「やった! 次は決勝っす!」
決勝までは、順調に勝ち進んだ。
これまで、出会う人々みんなに冷たくされて自信を無くし掛けていたが、本来、自分は強いのだ。
「このまま優勝するっす!」
そう意気込んでいたのだが。
「ぎゃあああああああ!」
スピッドという少年に負けてしまった。
両親も知らず孤児院育ちの自分とは違って、公爵令息で、金持ちで、どうやら可愛い奥さんもいるらしい、完璧を絵に描いたような少年に。
「ケッ! 勇者の癖に負けやがって!」
「何が〝勇者〟だ! 弱い癖に!」
観客からのヤジが飛んでくる。
結局、準決勝までの試合でも、誰一人として自分を褒めてくれる人はいなかった。
「リリレを侮辱するな! 彼女は間違いなく強かった!」
スピッドが叫んでいるが、リリレの心には響かない。
何言ってるっすか?
勝者にそんなこと言われたって、何も嬉しくないっす。
自分と違って、全てを持って生まれてきたあんたに言われても、何も感じないっすよ。
「「「「「ガアアアアアアア!」」」」」
「うわああああああ!」
「きゃああああああ!」
「モンスターだ!」
と、そこに、ワイバーンが襲来した。
観客たちが慌てている。
本来、勇者ならば、「助けなきゃ!」と思うべきなのだろう。
でも、何も感じなかった。
もう、どうでも良いっす。
観客たちが襲われようが、どうなろうが、もう知ったこっちゃないっす。
「一体どうすれば……」
「〝攻撃範囲〟が広過ぎて使い辛いとか、流石、強者の台詞は違うっすね」
「!」
ようやく少し回復したリリレは、立ち上がった。
「タフだな!」
「いや、我ながらかなり効いたっすよ。まぁ、〝雷〟を食らった訳っすからね」
まだ多少ふらつくが、問題は無かった。
「助かった! お前の雷撃なら、遠距離から空中のワイバーンを一匹ずつ仕留められるだろ? みんなを助けてやってくれ!」
「イヤっす」
「!?」
リリレは、顔を背けた。
今まで、勇者として、散々市民を助けてきた。
村が襲われていると聞けば、急いで向かい、モンスターたちを倒して。落石していると聞けば、岩を斬りにいって。貴族の用心棒もやって、清掃の仕事までやって。
でも、誰も感謝してくれなかった。
誰も自分を評価してくれなかった。
そんな彼ら彼女らを助ける義理なんて無い。
リリレが、ふと目を向けると。
「頼む! 助けてくれ!」
「!」
スピッドは、頭を下げていた。
「お前の力が必要なんだ!」
「!」
「お前にしか出来ないんだ!」
「!」
こんなに必死に助けを求められたことが、今までにあっただろうか。
「で、でも、自分、今日は非番っす。今日は勇者として仕事をする義理はないっすよ」
スピッドは、バッと顔を上げると、リリレの目を真っ直ぐ見詰めた。
「勇者だからじゃない! お前が強いから頼んでるんだ!」
「!」
「お前がすごい戦士だから! お前にしかみんなを救えないから頼んでるんだ!」
「!」
「今、客席で、何の武器もなく素手で戦ってるのが、俺の奥さんなんだが、多勢に無勢、恐らく長くはもたない。力尽きて殺されるだろう。彼女の命を救ってくれ!」
「………………」
リリレは、冷え切った心が、ほんの少しだけ温かくなるのを感じた。
不思議だった。
『勇者だからじゃない! お前が強いから頼んでるんだ!』と言われたことが嬉しかったはずなのに、何故か今は、目の前の少年の必死さに免じて、〝勇者として、観客を救ってあげても良いかも〟と思っている自分がいる。
「……ちょっとだけっすよ」
「! 本当か! ありがとう!」
「!」
……ありがとう……か……
……初めて言われたっす……
「勘違いしないで欲しいっす! 観客のためじゃないっす。あんたがあまりにも必死だったから、やっても良いかなって思っただけっすから!」
「それでも良い! ありがとうな!」
リリレは、「……悪く無いっすね、それ」と小さな声で呟くと、両手を上空に向けた。
「じゃあ、本気出すっす!」
ワイバーンのたちの動きを注視しながら、リリレは叫んだ。
「『サンダー』! 『サンダー』! 『サンダー』! 『サンダー』! 『サンダー』! 『サンダー』! 『サンダー』! 『サンダー』!」
「「「「「ギャアアアアアアア!」」」」」
ピンポイントで放たれた雷撃により、次々とワイバーンたちが絶命、落下していく。
「『サンダー』! 『サンダー』! 『サンダー』! 『サンダー』! 『サンダー』! 『サンダー』! 『サンダー』! 『サンダー』!」
「「「「「ギャアアアアアアア!」」」」」
その後も、リリレの連続雷魔法によって、ワイバーンたちは着実にその数を減らしていって。
「……『サン……ダー』……!」
「ギャアアアアアアア!」
最後の一匹も倒すことが出来た。
「……もう……魔力切れっす……ハハ……」
「おっと!」
倒れそうになるリリレの身体を、スピッドが支える。
「助かった! 俺の奥さんの命を救ってくれて本当にありがとう!」
「……ま、このくらい楽勝っすよ……」
観客席を見ると、「助かった!」「命拾いしたわ!」と、観客たちが盛り上がっている。
どうやら、死んだ者はおらず、何人か軽傷者はいるものの、重傷を負った者もいないようだ。
「……でも、やっぱりいないっすね……」
リリレに対する感謝の言葉や労いの言葉は、全く聞こえなかった。
まぁ、良いっすけどね。
スピッドが言ってくれたから、それで良しとするっす。
リリレが穏やかな笑みを浮かべた直後。
「この中に、勇者リリレに何か伝えたいことがある者はいないか?」
「!?」
スピッドが突然声を張り上げて観客たちに問い掛け、リリレは慌てる。
「バ、バカ! 何やってるっすか!?」
だが、ほんの少し。
ほんの少しだけ、期待している自分がいた。
もしかしたら、何人か……いや、一人くらいはいるんじゃないか、と。
でも。
「「「「「………………」」」」」
沈黙が場を支配した。
これだけ大勢いるのに、誰も何も喋らない。
「……そうっ……すよね……」
分かっていた。
そう、分かっていたことだ。
誰にも感謝されない。
誰にも労われない。
分かっていたはずなのに、少し期待してしまったせいで、ショックが大きかった。
「……自分、帰るっす……お疲れさまっす……」
試合用の舞台から下りて、観客席の下にある、出場者用の通路に入り、トボトボと歩いていく。
何も変わらないっすよ。
いつもこんな感じじゃないっすか。
今日は、初めて頼ってくれる人が――感謝してくれる人がいて、良かったじゃないっすか。一人だけだったけど、良かったじゃないっすか。
「これからは、あの瞬間だけを心の支えにして、生きていくっす」
出口に向かうために、観客席と出場者用通路を繋ぐ、コロシアムの一番外側の円形の通路に出たリリレは。
「ゆ、ゆうしゃさん! たすけてくれて、ありがとう!」
「!?」
小さな女の子がとてとてとやってきて、ペコリと御辞儀した。
あれ!? もしかして今、奇跡が起こってるっすか!?
「あ! あの村にいた子っすね!」
以前、モンスターに襲われている村人たちを助けた時に見掛けた子だった。
リリレがしゃがんで、「どういたしましてっす」と頭を撫でると、少女は、「こ、これ!」と、ボロボロの人形を差し出してきた。
「これ、もしかして自分にプレゼントっすか?」
コクコク、と頷く少女。
見たところ、数ヶ月……どころか、何年も経っているような感じだ。
「でも、これ……大事な宝物じゃないんすか? 自分が貰っちゃって良いんすか?」
「いいの! もってるから!」
少女は、胸元からもう一つの人形を取り出した。
そちらも同じくらいボロボロで、一つ目と見た目が似ている。
「くすっ。お揃いっすね」
「うん! おそろい!」
えへへ、とはにかむ少女。
と、後ろから母親らしき女性が近付いてきて、少女に寄り添いつつ、頭を下げる。
「勇者さん、あの時は助けて頂いて、本当にありがとうございました」
「いえいえ!」
今日はすごいっすね! こんなにも奇跡が続くなんて!
「この子は恥ずかしがり屋で、私も、その……他の村人たちの反応が、思っていたのと違って、勇者さんにお礼を申し上げ辛くて……お礼をお伝えするのが遅くなりまして、申し訳ありませんでした」
「いえいえ、お気遣いなくっす!」
いや~、今日は最高っすね!
こんなに良いことがあるなんて!
勇者やってて良かったっす!
リリレが、嬉しくて笑顔になっていると。
「勇者さん!」
「勇者のお姉ちゃん!」
「勇者さま!」
「!?」
親子の背後から、大勢の人々がやってきて。
「良かった! まだいた!」
「勇者さん! あの時は本当にありがとうございました!」
「まさか、今日も助けて頂くことになるなんて!」
「今日、勇者さまがいらっしゃる聞いて、見に来て良かったです! こうして直接お話出来るだなんて!」
「勇者さんは、命の恩人です!」
「勇者のお姉ちゃん、助けてくれて、ありがとう!」
逆側――リリレの背後の方からも、続々とやってきて。
な、何すかこれ!? 一体何が起こって――!?
「「「「「勇者さん、ありがとうございました!」」」」」
「!」
大勢の人々の声に、満面の笑顔に。
……こんな時間差でお礼を言いに来るとか……
……どんだけシャイなんすか、みんな……?
リリレは、胸の奥から、何かが込み上げるのを感じて。
「……どう……いたしましてっ……す……」
必死に涙を堪えながら、ただ、そう返すのが精一杯だった。
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