第5話 山の香り、癒やしの花
それから数日が過ぎた。
ホロとルシアのあいだには、以前よりも柔らかな空気が流れている。言葉遣いもどこか和らぎ、自然と親しい口調が交わされるようになっていた。
昼下がりの光が、「ミモザの庭」の二階へ静かに差し込む。
ホロの妹・ミナは厚手の毛布にくるまり、窓辺の椅子に座って外をぼんやりと眺めている。
数日前の発熱はようやく治まり、こうして椅子に座れるまでになったが、まだ顔色は薄い。
「少し風が冷たいな。窓は閉めておこう」
ホロはカーテンを引き、ミナに温かいハーブティーを手渡した。
「ありがとう、お兄ちゃん……これ、ラベンダーの香りだね」
「うん、疲れが取れるって仕入れ先に聞いたんだ」
──カラン……。
店の扉の鈴が鳴いた。
ホロが階下へ降りると、そこには両腕に大きな籠を抱えたルシアが立っていた。
「こんにちは、ホロさん。ミナさんの様子は、どうでしょうか」
籠の中には、深い緑の葉と、薄紫に透ける花弁を持つ見慣れない植物が収められている。
「これは……うちでも見たことがない花だな」
「山の上でしか咲かない高山植物です。この町では手に入りません。療養中の方に良い香りを届けてくれるんですよ」
二人はその籠を抱えて二階へ上がった。
ミナは初めて見る花に目を輝かせた。
「……きれい……。こんな花、見たことない」
ルシアは微笑みながら、籠から花を取り出し、窓辺に置いた陶器の鉢へ植え替えていく。
淡い香りが部屋に広がり、重かった空気が少しずつ軽くなっていくようだった。
「これは“ミストリア”という花です。寒さにも強く、長く咲きます。ミナさんの体が回復する頃まで、きっと咲き続けてくれます」
「……ありがとう、ルシアさん。なんだか気分が明るくなった」
ホロはそんな妹の笑顔を見て、胸の奥が温かくなる。
だが、ふと視線を横に向けると、ルシアが一瞬だけ窓の外を鋭い目で見やったことに気づいた。
「……何か見えたのか?」
「いえ……ただの鳥影でしょう」
ルシアはそう言って柔らかな笑みを作り直したが、その声色にはわずかな緊張が滲んでいた。
その後、三人は花やお菓子の話で時間を過ごした。
ミナの頬に少しだけ血色が戻り、部屋には穏やかな空気が流れる。
だが、ホロは胸の奥で、さきほどのルシアの一瞬の表情が小さな棘のように残り続けていた。