第2話 ──花と微笑みの距離
それから数日おきに、彼女は花屋「ミモザの庭」を訪れた。
最初は一輪の花を手に取るだけだったが、やがて彼女はホロに花の育て方や季節ごとの香りの違いを尋ねるようになった。
「この紫陽花は、どうして色が違うんですか?」
「土の酸度で色が変わるんです。酸性なら青、アルカリ性なら赤っぽくなる」
「……不思議。人の心みたいですね」
会話のたび、ホロは彼女の感性に驚かされた。
花を見つめるその瞳は、ただ美しさを愛でるだけでなく、花が持つ背景や命の流れを感じ取っているようだった。
ある朝、彼女は開店前の店先で待っていた。
「おはようございます、ホロさん」
「……あれ? 今日は早いですね」
「お手伝い、させてください」
その日から、彼女は花の水替えや掃き掃除を手伝うようになった。
慣れない手つきでバケツを運び、花瓶に水を注ぐ姿は危なっかしいが、どこか微笑ましい。
水が少しこぼれて床を濡らしてしまった時も、彼女は申し訳なさそうに笑って、すぐに布巾を取った。
「ありがとう、でも無理はしなくていいんですよ」
「無理じゃないです。……ここにいると、心が落ち着くんです」
その言葉を聞いて、ホロの胸に小さな波紋が広がった。
彼女はまだ多くを語らない。
名前も、どこに住んでいるのかも、なぜこの店に通うのかも──何一つ。
けれど不思議と、その距離を縮めたいと強く思うこともなく、ただ傍にいる時間が心地よかった。
夕暮れ時、彼女は花束を抱えて店を後にする。
背中越しに差す橙色の光が、彼女の髪を金糸のように輝かせていた。
ホロはその姿が、どうしてもただの人間とは思えなかった。




