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第10話 灰色の瞳

 灰色の瞳がルシアを射抜いたまま、店内に沈黙が落ちた。

 外の陽光はやわらかいはずなのに、花屋の空気はひどく冷たく感じられる。

 ルシアは、震えるまつげを伏せたまま、かすれた声で言った。


 「……エリオ」


 その名は、ためらいと安堵が複雑に溶け合った響きを持っていた。

 青年——エリオは、わずかに目を細める。


 「やはり、生きていたな」


 その声音は静かだが、胸の奥に押し込められた感情が滲んでいる。

 喜びか、怒りか、あるいは別の何かなのか——ホロには判別できなかった。


 ミナが小首を傾げ、そっとホロの袖をつまむ。

 「お兄ちゃん……この人、ルシアさんの知り合いなの?」

 ホロは返答できず、ただ視線を二人の間に行き来させる。


 エリオの視線が、今度はホロに向けられた。

 その冷ややかで澄んだ眼差しに、背筋が思わずこわばる。


 「君がルシアを迷わせたのか……」


 淡々とした言葉だが、その奥に何かを測るような鋭さがあった。

 「迷わせた……?」ホロは思わず聞き返した。

 エリオはその問いに直接答えず、再びルシアに目を戻す。


 「……話がある。長くは取らせない」


 ルシアはわずかにうつむき、唇を噛んだ。

 そして小さくうなずき、奥の部屋へと歩き出す。

 エリオも静かにその後に続いた。


 残されたホロとミナは、息を殺すようにしてその背中を見送る。

 閉じられた扉の向こうからは、低い声がわずかに漏れ聞こえるだけだった。

 ——この男はいったい何者なんだ。

 ホロの胸に、不安と好奇心がないまぜになって渦を巻いた。


 扉が閉まると同時に、外の音が遠のき、薄暗い部屋に静寂が満ちた。

 ルシアは花の香りが染みついた空気の中で、背を扉に向けたまま立ち尽くす。


 「……本当に、こんな場所で暮らしているのか」


 エリオの声は低く、そしてどこか寂しげだった。

 「ここが……私の居場所よ」

 ルシアは振り返らずに答える。その声の奥には、微かな防御の色があった。


 「居場所? ——あの日、お前は天上を去った。だが俺は……ずっと探していた」


 言葉の端に、押し殺した感情がにじむ。

 ルシアは目を閉じ、長い吐息をもらした。


 「探してどうするの? 私はもう、あの頃の私じゃない」


 「それでも——俺の妹に変わりはない」


 その言葉に、ルシアの胸がわずかに痛む。

 彼はかつて彼女と同じ血を分けた存在——

 灰色の瞳は、記憶の中の彼女を探し続けていた。


 しばし沈黙が流れ、やがてエリオが静かに告げた。

 「……近いうちに、来る。お前を連れ戻そうとする者が」


 ルシアは瞳を開き、初めてエリオを正面から見た。

 灰色の瞳は冷たく澄んでいるが、その奥に確かな情が宿っていた。


 「それを、私に警告しに来たのね」


 エリオは答えず、ただわずかにうなずく。

そして視線を落とし、低く囁いた。


 「……俺は味方だ。だが、永くは守れない」


 その瞬間、扉の外で足音がかすかに動いた。

 ホロだった。

 耳を当てることはしなかったが、胸の奥に言い知れぬざわめきが広がっていた。


 閉ざされた扉の向こうで、ルシアの過去が少しずつ形を現そうとしていた。

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