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普通でいいの  作者: いぬ
1/1

ドーナツおばけ

家の向かいのビル1階に、工事が入っている。

前は税理士事務所だったんだけど、規模拡大するとかで引っ越してったんだよな。結構しっかり工事が入ってるから飲食店系かもしれない。居酒屋だと嬉しいな。

冬の終わりにそんなことを思っていた。

春の始まりに工事は終わり、まさかのパン屋がオープンした。駅徒歩3分のこぢんまりした街のおしゃれパン屋。店は2人も入ればいっぱいで、カウンターごしに注文する形式みたいだ。内心パン屋かあ〜〜用事ねえなとご飯派のぼやきを唱えながら何となくショーウィンドウを見ると、そこには輝くものがあった。家の方に向けていた足をぐるっと回して店の中に入ると久しぶりにパンの匂いに包まれた。

「いらっしゃいませ」

クセで店員に笑顔を返した。

「すみません、ファーブルトン2つとドーナツぜんぶ1個ずつとカヌレ2個ください」

自分の大好物が3つとも揃っているとは何事か。大興奮しながら一息に注文すると、店員の男が笑顔で「はい」と返事をしてショーウィンドウをあけた。待つ間に何となくパンを見回す。パンに混ざってお菓子も置いてるらしい。ドイツ系パンの中にフランス菓子が混ざって並ぶのが何だか面白い。

手早く支払いまで済ませ、期待を片手に向かいの家に帰った。

「うっっま!」

全部一口ずつ齧った結果、常連になろうと決めた。この3つがあるかぎり通うことを誓います。

勝手に誓いを立て、同梱されていたショップカードを手に取る。

デニーロって名前らしい。ロバートか?

冷蔵庫にショップカードを張った。これで美味しいコーヒーがあれば最高なのに。


……


週2で通うようになり、今日もドーナツ3つ買ってほくほく。

「ポイントカード始めたんです。10ポイントごとに好きなパンプレゼントしますんで、作りますね」

そう話しかけられて、一瞬考えてしまった。

パンかあ。

「いらないです」

「えっ」

「いらないです」

もう一度いうと、店員の男が手に取りかけていたカードをおいた。

「お客さん、週に2回もきてくれるのにパン買ってくれませんよね。パン嫌いですか?」

なんだか特徴的な訛りのある喋り方。西の方かな。

「好きでも嫌いでもありません」

「うちパンも美味しいんですよ」

「そうですか」

「……クロワッサンおすすめですー」

「覚えておきます」

商品を受け取り、そそくさと店を出た。週に2回もきてたら顔も覚えられるか。そらそう。いく回数減らすか?でもこのドーナツ日持ちしないし。コミュ障の自分を恨むしかなかった。


………


レンジの買い替えに伴い、深夜にゴミ置き場に粗大ゴミを運ぶ。オーブンレンジだから重たいし型も古いから大きいし。

ガンっと音をたてて落とすようにレンジを置いた。ちゃんと粗大ゴミのシール貼ってることを確認していると、後ろから「こんばんは」と声をかけられた。ビッックリして振り返る。足がレンジにぶつかり、バランスを崩した。

「あぶないっ」

腕を掴まれて、倒れることはなかったものの声が出ないくらい驚いたし心臓もバックバクだ。

話しかけてきた人には見覚えがあった。

「ありがとうございます……」

「驚かせてすみません」

「いえ、」

「大丈夫ですか?」

深く息をしながらコクコクと首を縦に振った。

「パン屋の、」

「覚えててくれてよかった」

こんな深夜になぜパン屋の店員が?

「僕、あそこに住んでて。コンビニ帰りに知ってる人がいたんでつい、声を」

斜向かいのマンションを指さされた。

「そうですか」

ようやく少し落ち着いてきた。

「パン屋さん、家近いんですね」

「ユイです。名前」

「ゆいさん」

油井?由井?頭の中で漢字を浮かべつつ、自分も一応名乗るか、と口を開く。

「浅葱です」

「どんな字ですか?」

「浅いに葱とかきます」

ネギがわからないらしく、「草冠に忍ぶみたいな字です」と捕捉しておく。

「やーーっと名前知れて嬉しいです!」

「そうですか?」

「常連さんですもん」

常連のくくりには入れないでほしい。

「また店でお待ちしてます」

「またうかがいます」

軽くお辞儀をしてから逃げるように自分の住むマンションの中に入った。なんとなく振り返ったらまだいそうだったので、足早に、振り返らず。


店に入るなり店員に「浅葱さん!」と呼ばれた。コミュ障の心臓にダメージが入る。

「……こんにちわ……」

「こんにちは。今日はドーナツ何個ですか?」

にこ、と指を2本立てた。吐くかも。

「あと、ファーブルトンを2つください」

アップルパイと目があってしまった。呼ばれている。

「アップルパイもひとつお願いします」

「はーい」

パン8割おかし2割の中に、私の好きなお菓子が多すぎる。

「浅葱さんって何の仕事してるんですか?」

「だいたい無職です」

「だいたい……僕は時々パン屋の店員、時々便利屋、本業は骨董屋です」

「そうなんですか?」

「上も借りてて、事務所になってます。そっちにも遊びに来てください」

「そのうち」

お題を払って商品を受け取ろうとすると、スタンプカードを見せられた。

「作りません?」

「いらないです」

「みんなで話し合って、パンにドーナツも含むにしたんで、浅葱さんなら2週間で1個無料になります」

やや魅力的。うーん、と悩んで、やはり首を横に振った。

「いらないです」

「ファーブルトンつけたら作りますか?」

「そういう、ポイントカードとか苦手なので作りません。持ち歩かない」

「浅葱さんのなら僕が管理します」

「管理?」

「こんなに来てくれるのにつくんないのもったいないですよ。責任持ってレジで保管しておきます」

「それは、お店の負担になるのではないですか?」

「ご贔屓にしていただいてるので特別です」

でもなあと悩んでいる間にユイさんがスタンプを押して、ペンで「アサギさん」と書いてしまった。


………


しこたま酒を飲んでなんとか最寄り駅まで辿り着き、駅の改札の近くで壁に手をついていると背中をさすられた。

「あさぎさん? 大丈夫すか?」

「I’m Ok. Its everyting ok」

「だめそう」

誰だ?と顔を上げて見覚えのある蛇顔に目が覚めた。

「あー、ええと、ゆいさん」

「ほんとに、大丈夫ですか? 歩けないならおぶりますよ」

「大丈夫」

「一緒に行きます?」

後ろから「あっひゃー!」という笑い声が襲ってきた。

「ナンパされとる!」

「こちらパン屋のゆいさん。あれはハナダ」

トイレ戻りのハナダの方に行って肩を組んだ。

「うはー、ゲロったゲロった。飲むぞー」

「のむぞー」

あっひゃっひゃっひゃっひゃっと笑って歩き出した。

「あ!ゆいさん?もおいでよ。おごるし」

やめとけってーと言おうとしたけど酔いすぎて言葉が出なかった。


起き上がり、枕元の酒を一気に煽る。

カーテンを開けて、窓を開ける。

「まぶっ」

ゆかに酒瓶と缶と人間が2人転がっている。

「はい! 起きて!」

二日酔いの漢方を3人分出して2人にも飲ませる。

「ゆいさんパン屋は?」

「やすみ……」

一番飲んでないのに一番死にそう。

「シャワー浴びてくる」

2人はまだ寝るらしく毛布にくるまってしまった。


シャワーを浴びて買い置きのドーナツを食べているとゆいさんが起き上がった。

「おはよう」

「2軒目から記憶がない、んですけども」

「3件はしごして、駅前のスーパーで酒を買って家で飲みました」

「ここは、浅葱さんの家」

「そうです」

ゆいさんが部屋の中を見回して、私の方を向いた。

「……」

「シャワーはそこ。トイレはこっち。シャワー浴びたほうがいいですよ。シャンパン頭から被ってたから」

「……借ります」

「コンビニで買ったパンツはそこ」

床の袋を指さすと、中からパンツを出してお風呂に消えていった。


ゆいさんが風呂から上がった頃にハナダが起きた。

「おきたー」

「おはよ」

「おはよう。あの薬まじでテキメンに効くよね」

「まあね。ハナダも風呂ったら」

「そうするわー」

ハナダも風呂に消えていった。

ゆいさんにドライヤーを渡したり仕事のメールを返したりしているとハナダも風呂から上がってきた。

「相変わらず何もねー部屋ですこと」

「今日は散らかってるぅー」

「見ればわかるぅー」

「あ、でもレンジ買い直したのよ。見て。なんかいいらしいやつ」

「らしいて。殺風景通り越してんだよ。侑意くん、この人米もたけないんだよ。外食かウーバーオンリー」

「炊飯器も鍋もない」

「ベット買ったのも最近だろ」

「ベットはもらいもん。なんかいいやつらしいよ」

「昔っからこう言う人なの」

「2人はいつからの付き合いなん?」

「0歳から。実家が隣で。腐れ縁も24年目よ」

「ながいんやね」

「親戚でもある」

ゆいさんとハナダの話を聞きつつパソコンの画面を見つめる。

「モーニング行こうぜ」

ハナダがそう提案してきて、パソコンを閉じた。

「コメダ行こ」

「賛成。侑意くんもいくでしょ」

「いーの」

「人多いほうが楽しいじゃん」

「あー、でもそれやったら着替えてから合流でもいい?」

「コメダ集合な!」

ゆいさんを見送り、玄関が閉まったところでハナダを振り返った。

「今夜だって。メールきてた」

「おけおけ。てか侑意くんいい人だね。ノアのこと気になってるみたいだし」

「善き隣人」

「いまはでしょ?」

「これからさきも」

この恋愛脳すぐそう言うふうにくっつけようとしてくる。やめろと言いながら着替えに向かった。


………


ドーナツ買ってから本日の仕事先に行くと、見覚えのある人がいた。目が合うと向こうも驚いた顔をする。

「黒萩の。わざわざご足労いただき恐れ入ります」

「いえいえ。お力になれれば」

依頼人に挨拶をして、問題の蔵の前に立つ。鍵からもう呪われてるなあ。そら開かないわな。

「浅葱さん」

ゆいさんにお辞儀をして、ニコッと笑っておいた。

「どうして浅葱さんが?」

「お祓い屋さんというか、まあ、そんな感じの」

コンビニで買ってきた日本酒を開けて、中にスティック砂糖を入れる。

「似たような仕事やん」

「そうかも。危ないから離れててくださいね」

ゆいさんが他の人たちに下がるように言ってくれて、近くに人がいなくなった。

酒のカップを扉に向けてぶん投げた。

呪文を唱えると酒が杭にかわって扉に刺さる。

「ほい、開けますよー」

空中に手を伸ばして、術を掴んで左に回転させた。扉が歪んで、バギョッと音をあげる。扉に手をかけて、両側とも開いて中に入った。

呪いのアイテムを持って外に出ると家主さんと古物商たちが集まっていた。

「これだけ持っていきますね。ここで払うには呪いが強いので」

「中身はなんですか?」

「さあ、なんでしょうね」

風呂敷に箱を包んで、腕に抱えた。


パン屋にドーナツを買いに行くと、店員がすがるような顔で「浅葱さんですよね」と話しかけてきた。いかにも私が浅葱ノアですが。

「あの、侑意が寝込んでいて、何か知りませんか」

「なにかとは?」

「仕事先で浅葱さんに会ったって話をした次の日から高熱出して寝込んでるんです」

口元に手を当てて少し考え込む。仕事はミスってないし、アレ以外に当てられるようなものはなかった。回収したものはきちんと処分したし。

「病院には?」

「いきました。薬を飲んでも熱が下がらないんです」

「……力になれるかわかりませんが、お見舞いに伺ってもいいですか?」

「もちろんです」

部屋番号を聞いて、スマホにメモってからドーナツとファーブルトンを注文した。

買ったその足で斜向かいのマンションに行き、エントランスで部屋番号を押すとゆいさんではない人の声で迎えてくれた。

玄関で迎えてくれたのは、パン屋のもう1人の店員だった。この人がいつもパンを作っている。つまり神。

「浅葱と申します。ゆいさんが寝込んでると聞いて、お見舞いに参りました」

「さっき電話きました。どうぞ」

やけに広い家だな。完全にファミリータイプだ。

「すみません、男3人なんであんまり綺麗じゃなくて」

「3人暮らし?」

「俺と侑意と、今日店番してたアスハと」

「なるほど」

部屋の前について、口と鼻を袖で覆った。

「腐った匂いがする」

「え?」

「腐った匂いがする。度数の高いお酒ありますか? もしくはコメ」

「お米とビールなら」

「お米で」

キッチンについていき、お椀にお米を入れてもらってお水を注いだ。

こぼさないように部屋の前に持っていき、扉の前に置く。

「それで何するんですか?」

「見ていて」

お椀を指先で弾いて水面を振動させる。

「とつとつと、かなとなき、清流の流れに渦をまけ」

一瞬でお椀の中身がヘドロになった。

「えっ!?」

茶碗を持ち上げてからドアをあけると、雑多な部屋の奥に人が寝ていた。

「はいりますよ」

返事を待たずに中に入り、ベットと逆の窓辺に置かれた人形を手に取った。

「ビニール袋ありますか」

「すぐにもってくる!」

もらった袋に人形とお椀をいれて、ベットで眠るゆいさんの顔を覗き込む。

「夜には起きると思います」

「何が原因?」

「この人形によくないものがくっついてました。持って帰って処分しておきます」

「よければ、起きるまで待っていてくれませんか? 浅葱さんのこと心配してたので」

「ドーナツ食べるので……ちょっと……忙しいです」

これも処分したいし、と袋を見せるとそれ以上は引き止められなかった。

流石に呪いのアイテムをこれ以上家には置いておきたくなかったらしい。

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