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毒舌令嬢は傭兵夫を暗殺したい〜独身を貫きたいのでご退場してくださいまし!なんでついてくるんですの!令嬢ランキング最下位の妻は愛されているけれど関係ないと蹴飛ばす〜

作者: リーシャ

令嬢はむつむつ、むつむつ、文句を言う。


内心、いや、外にも聞こえるようにむつむつと言葉を吐き出す。


この世に生まれて早、十数年。


どう考えても結婚適齢期。


だから逃れられぬのだ、この縁談は。


それでも嫌なものは嫌なのだ。


すっごく嫌なのだ。


文句を言いたくなるくらい嫌なのだ。


つい、文句をくせに言ってしまうくらい嫌なのだ。


もんもんとする、このモヤモヤを振り払うためにいつもの場所へ向かった。


エンツェは足を高く上げて、専用で作らせた靴とズボンの姿で走る。


手には愛用のクロスボウ。


これはエンツェの愛武器というもので、なかなかの腕だと自負している。


にんまりと笑みを作る。


令嬢らしくしてほしいと頼む両親を精神的に振り切ってきたので、今や放置の域になっていようと、やめない。


クロスボウをぶん回さねば腹の虫は治らないのだ。


誰にも己は止められまい。


ムッスーとなっている顔をそのままに的のある場所へ移動して、クロスボウを撃つ。


撃って撃って撃ちまくる。


何十発目かに漸くイライラが収まる。


そうして息を吐くと嫌に気取った拍手が聞こえてきて、感情のままにクロスボウを構えた。


「私の視界に入ってるなんて、いい度胸ですわね。死にたいと思ってしまいましたわよ?」


「物騒なもん向けるな。余計にお前の父親が嘆くぞ」


「なんて白々しいこと」


クロスボウを打ち込んだところで、きっとひらりと避けるくせに。


ムカつく相手の筆頭が目の前にいるのに、打ち込まないものなどいるだろうか?


いや、いまい。


「この世から消え去りなさい!」


視界から消すためだけに愛用の武器を解き放つ。


長年の相棒は真っ直ぐ飛んでいったものの、肝心の獲物には到達できず気の幹に刺さるのみ。


ずがんと一気に撃ち抜いたので相手は既にどこにも居ない。


ちっ、と舌を打った。


「おいおい、嫁の貰い手がなくなるぞ。おっかねぇ女ってな」


くくく、と笑われてスンと冷めた顔で横にまた打ち込む。


片手で余裕。


嫁の貰い手だと?


よくもまぁ自分を前にそんなことを言えたもんだ。


いらぁ、ときながらも冷静に打ち込むエンツェはやはりすごいと自画自賛。


避けた男はさらに横に移動したのか、こちらの耳の横に笑いを響かせる。


無駄に美声なのだこいつはと冷めた瞳を見せ合う。


「私との縁談をお断りしてくださいな」


真実と今の現実をただただ、求む。


彼はふっと息で笑う。


「なんのために上位に食い込んだと思ってんだ」


「自らの力を誇示するためでしょう」


示し終えたのだからさっさと地面に埋まればいいのに。


悪態と毒舌を醸し出す令嬢は幼馴染の男を見て、ふん!とクロスボウを向ける。


イーグルはおいおい、と面白おかしそうにクスクス笑う。


どこが面白いのだとクロスボウをさらに近づけた。


どこも面白くはないと、エンツェは目つきを鋭くさせて相手を威嚇。


ことの発端は結婚適齢期なのに、一人も相手がいないという令嬢界隈では問題のある少女、エンツェ。


なぜいないのか。


クロスボウをぶん回して、森や林を駆け抜ける野生味溢れる性格をしているからとは他者の評価。


それ以外の評価は、天才であるという誉められているのに褒められてないという点。


明るく元気と、言い換えてくれたってよさそうなのに。


イーグルはもっと近くに寄ってきて、エンツェの横に立つ。


「別にいいだろう。釣書なんてあくまで予約みたいなものだ。決まってることもない」


「決まったも同然ですからこんなに怒ってるのですわ!じゃないと、むしゃくしゃして体から火でも吹きそうよ」


釣書というのは、婚約の予約をしたいという意味合いが一般的。


今まで一枚もなかったそれが届いたとなれば、一発採用となるのはわかりきっている。


それに彼とは幼馴染だった。


当然父や母も彼のことを知り尽くしている間柄。


彼の方は貴族ではないが、傭兵ランキングと呼ばれる上位者に組み込めば貴族入りできるなどといった特典。


さらには恩恵もどっさりとという、単純に言い換えれば強くてかっこいい存在のアピールと言っても、過言ではない。


そんな利点のある、システムの中に名を連ねている男の縁談が舞い込んだから、誰だって飛んで喜ぶ。


エンツェを除いて。


「何が嫌なんだよ。おれはお前が何をしても何も言わないつもりだぞ。今みたいにしててもな?お得だろ」


「結婚したくないんですの。一人で悠々と暮らしていって、好きに旅行に行って」


指を曲げて理由を続々と上げていく。


「結婚しててもやればいいだろ」


「嫌ですわ!夫なんていらないわよ」


顔を赤くさせるまで怒りに染める。


それをものともしない相手は、鋼の心を持っている。


相手に向けてクロスボウを構えながら釣書を引き上げるように迫る。


そんなことはしないと言い切る男にクロスボウを下げた。


「そう。私、なら出奔するわ」


「令嬢だから出奔するのは安易だな。勝手にしろ。おれも勝手にやるからな」


勝手にするというが、こちらのセリフである。


細かいことを気にしないエンツェは、そんな言葉など端にもかけない。


彼から目を逸らして、クロスボウを構えて的に撃つ。




そうして家に帰り父の執務室に入り、置き手紙をしたためる。


したためたものを丁寧に折りたたみ、テーブルへ置く。


そして、荷物をぎゅむぎゅむと入れていく。


民間人の服を着ればバレないだろう。


着替えて、クロスボウも最後に入れると部屋を見回す。


「私が出ていくのは父様のせいよ」


腕を組んで、ふん!となる。


エンツェはこれまで転生者として色々なことを家族に話して商品になり、この家は潤った。


それなのに恩を感じるどころか逆なことをされて失望した。


前にエンツェは嫁に行かないし、婚約者も勝手に決めないでほしいと言えば皆ちゃんと許可してくれた筈だ。


失望もする。


玄関に行き、ドアを開けると黒い長身の姿が現れた。


「は?退いてくださいまし」


イーグルだった。


無視していけばいいと考えて通り過ぎる。


しかし、男が後ろから足音なくついてきた。


歩いて、馬車に乗り、乗り継ぐ。


やはり付いてくる。


馬車から降りて、ホテルを取ろうとするとまたもや張り付いているので、くるりと振り返った。


「ついてこないでくださいましっ」


「おれは勝手にすると言っただろ?」


「勝手にしろとは思いましたが、ここまでついてくるのならば撃ちますわよ」


クロスボウを構えようと鞄を漁る。


「こんな人混みでやったら一瞬で警邏に捕まるぜ?いいのか?ご令嬢?」


「くっ、最低ね!」


捕まったらすぐに両親達に居場所がバレる。


それだけは避けたい。


そもそもだ。


こいつはなぜ己の邪魔ばかりするのだろうか。


イーグルが上位のランキングに行けたのは、ひとえにエンツェのおかげの分も入っているはずなのに。


この男に戦闘のコツやテクニックを教えたのは他でもない自身である。


それを駆使したり工夫したりして、上位に駆け上がっていった。


スターダム街道はそうして築かれたのだ。


「あなたは私に対して恩を感じてないことがよーやく!わかりましたわ!この恩知らず」


罵倒を口にすると彼は心外だという顔をして、こちらをたっぷり見つめた。


「それは大いなる誤解ってもんだな。感じてるし、凄く助かった。おかげで上に登って行けた」


「じゃあ、なんだというの?令嬢ランキング最下位の私に侍ったりして、嫌がらせの何者でもないじゃない」


令嬢ランキング。


それは世にいる、この国に限定して貴族のご令嬢達をランキング化して、そこに掲載される令嬢の評価を表しているものである。


五十位からは最下位は表示されず、なのだが、家には送られてくる。


高位の貴族が上に表示されているのはなんらかの意図的なものを感じた。


単に、報復されるのが怖いのかもしれないけどね。


「おいっ、なにか勘違いしてねぇか?おれはお前と結婚するためにっ」


「うるせーですわ!」


あっちにいけと追い払うように走る。


相手も余裕そうに並走してくるのでクロスボウの入った鞄を振り回す。


振り回した重さで、エンツェもぐるりと回る。


いつもの状態でぶん回していないので、足腰を上手く回せずに転びそうになった。


「しまった!」


「と!」


イーグルが体を支えて転ぶ前にこちらの体を体全体で受け止めてくれて、地面に激突せずに済んだ。


それから、体をまっすぐ立ち上がらせて二つの足をちゃんと下につけると二人は安堵の息を吐く。


「はあ。お前なぁ。おてんばなのはいいとして、ちゃんと考えてやれよな」


「あなたが引っ付いてきたのがそもそも悪いんですのよ。払っても払ってもついてくるのが原因でしてよ」


「相変わらず令嬢口調の無理矢理さはいいとして、体と脳がついていってない証拠だって昔お前が言ったんだろ」


「言いましたわね?お父様は最近、お淑やかにしないと将来がとかウニウニ言ってましたけれど。だから独り身で居続けるから、養子でもお取りになってと言ってあるのに実子にこだわるから、悩むのですわ」


エンツェは続ける。


足は動かしているから進んでいた。


「なのに、急にイーグルくんがお婿に来てくれることになったんだ!なんて笑顔で伝えてくる意味がよくわからなくて、お父様の記憶を飛ばせばいいのかしら?と小一時間と半日考えたほどですの」


「可哀想だから、記憶喪失にするのは勘弁してやれよ。おれがお前の家族と隠して、お前の家に入れるようにって予約してたんだよ」


「私に内緒とは可笑しくて笑えるわ?私がメインで、私の人生に一番関わっているのに、隠してそれで済むと本当お思い?」


悪態ではなく正当なる訴えだ。


訴えを無視するとこうなると、教えてあげている。


ホテルに着くと二人は予約していたと口にして、エンツェは驚く。


「は?なんで私の予約先を把握できるのよ?」


流石に引いた。


「お前がパンフレットを野外に放置していたから、なんとなくでわかった」


「絶対に部屋に、近寄らないでくださいな!」


どういう理由であれ、近寄らせたくないのでふん!と息を荒くして部屋へ向かう。


しかし、隣の部屋は奴の部屋。


扉を閉めてクロスボウを点検し、再び窓を見てから外へ出る。


「さっきの続きだが、おれはお前と結婚したくて」


クロスボウを相手に向けて発射する。


しかし、射抜かれることもなくまたスカ。


なんの動作もなくひらりと避けられる。


頭が悪すぎる問答は聞き飽きた。


「おじさんの話が話半分で出てきたんだな。お前はもうおれと結婚してるんだよ」


「な、な、な、なんですってええええ」


外に出てすぐの外で、その声はよく響いた。




「このこのこのこのこのこの!!!」


街中ではできないので、ギルドにある修練場で動く的に向けてドスドスとクロスボウを放っていく。


動く的は余裕そうに話す。


「よく毎回飽きずにやるよな」


動く的は生意気にも話しかけてくる。


「私はサインしてないですわ!」


「今時令嬢のサインなんていらないだろ。親のサインで事足りる」


「ちっ。あの父親!ありとあらゆる、家の商品の権利を剥奪してやります」


「そうか。おれはお前を養えるくらいにはなったからな。好きにしろ」


好きにしろと言われているがすでに好きにされているから腹の立つ量が違う。


「テンセニア・エンツェになった。次から宿で名前を書くときは気をつけた方がいいぞ」


「うるせえんですわよ」


下手な令嬢言葉を使って打ち込む。


役所で無効にしてやるんだから。


腹が立つままに相手にクロスボウを打ち込み、避けられても追随していく。


「落ち着けよ、エンツェ」


「名前を呼ばないで」


「いつも呼んでるだろ?今更なんだよ」


「あなたとは今日から他人ですの」


「そんなこと言うなよ。奥さん」


「お、奥さんって」


エンツェはわなわなと震える。


「このこのこのっ!このこの!当たりなさい!私を未亡人になさい!あなたができる唯一の私の最高のプレゼントになるわ」


「未亡人とは笑わせる。お前の笑いのセンスはいつもおれを最高に楽しませるな」


「楽しませてなんてっ。してませんわよっ!」


打ち込みながら、当たらない的に向かって怒鳴りつける。


「離婚よ離婚離婚離婚離婚離婚!離婚なさい!未亡人よりは現実的なのよぉ!ふふふ、ほほほ、おーほほほっ」


「怒りがてっぺんに来たら、壊れたか?」


「壊れてねぇですわよ。黙ってくれない?」


「どんどん口調が崩れてってるぜ」


「崩れもするわ」


この男はなにをもってして怒らないと思っていたのか頭の中をバラバラして見ていたい。


見たくないという選択肢もあるかもしれないが、エンツェは言いたいしみたい。


見てから綺麗にして全てリセットしてやりたい。


イーグルは涼しい顔をしている。


そろそろかすり傷くらいはさせたい。


ドスドス、ガスガスと音だけが空間に響く。




その数分後、エンツェは外に出ていく。


もう飽きたのだ。


夫婦になっているのならば無効にした方が手っ取り早いのかもしれない。


いや、その前に全ての商品をエンツェの権利に移す作業をしないと。


書類を鞄から出す。


婚約させようとさせた時点で移すことは決めていたので、持ってきたのである。


「ふふふ!復讐してやるわ」


上機嫌で書類を書く。


そもそも、知見の契約書でそういう契約を結んでいるので移すのは簡単。


これはエンツェの善意で、家に権利を分けていただけなので。


「とはいっても、ダメージがないのよね」


うちは元々裕福なので、事業を移したところで何かあるというわけでもないし。


イーグルは隣できっと、今頃涼しい顔をしているのだろう。


忌々しい。


忌々しいと何度も繰り返す。


ドスドスと足音を立て地団駄をする。


こういうところが、令嬢ランキング最下位たる所以だが、エンツェは一切気にしていない。


事業を手に己は独り立ちして生きることを決めた。


元々、そのつもりだったので早まっただけだ。


さっさと出ていけばよかった。


両親とは仲が良かったが、価値観はこの世界の人間なので女の子は結婚して幸せになるセオリーの、一員なのだ。


むすっとなりながらエンツェはイーグルへの印象、または思いを吐き出していく。


「嫌いじゃない。嫌いじゃないけど。そういうことではないのよねえ」


役所に提出していく。


本人確認のために何度も聞かれてウンザリだけど。


この世界、こういうところが遅れているのだ。


呆れ果てそうになるが、この世界に自分の好きなものを加えていこうと思って、色々作っていったことを思い出す。


イーグルのことは嫌いではない。


エンツェは何度も反芻する。


嫌いではないけど、強引過ぎるのだ。


普通に告白して結婚して、という夢くらいは自分にあった。


それを台無しにしてきた男に、好意がありますなどと言う必要なんて、ない。


いじけていると思われているところも、ムカつく。


好きなら好きと言え。


結婚したいのなら結婚したいと言え。


エンツェの言いたいことはそれだけ。


それなのに、彼ときたら父親に話を持って帰って、自分を飛び越えていくものだから。


消化不良。


ひどい、なんてものではない。


普通にプロポーズしろ。


そんなんだから、クロスボウが火を吹くのである。


絶対に許さない。


未亡人だろうとなって、今度こそプロポーズありきの結婚をせねば。


クロスボウ片手に少女は拳を固く握り締めた。


「目指せっ!離婚!」


目をキツくして手を掲げた。


頑張る女を見にきた男が声をかけてきた。


「全部丸聞こえだぞ?いいのか?」


「いいわけないでしょ!来ないで」


彼にしっしっと追い払うように手で払う。


「つれないな」


「好きに言ってよ。あなたの好きになんてせない」


イーグルは困ったようについてくる。


「機嫌直せよ」


「機嫌と思っている時点でなしよ!なしっ」


振り払うように言い放つ。


「言ってくれないとわからない」


「あなたが先に私に言う前にやらかしたのよ。自分は言ってもらえるなんておかしいんじゃないの?」


「俺じゃダメなのか」


「あなたである必要はどこにもない」


「俺はお前がいいんだ」


「結婚する前に言ってくれれば、まだ少しは許せたと思うわ?」


「許せた、とはどこら辺がだ。許してもらえる余地はあったのか」


「許してもらおうとするその姿勢が許せないわよ。退いて。邪魔よ」


「夫なんだからいいだろ。横にいても」


非公認である。


婿を決めたからといって、結婚していたとしても自分の価値観的に今も、独身気分であった。


「私は独り身よ」


イーグルを押し退けるように、彼へと遠ざかる。


「邪魔よ!邪魔邪魔邪魔」


しかし、やはり体力面で負ける。


「邪魔っていうな。おれはとてもお得だ」


「お得ならとっくに誰かのものになっておりますわ。知ってますよ?この前、公爵家からお声がけかかっていることを」


「知っているのか。どうでもいいから忘れた」


なんて惚けたことをいう。


そんなわけがない。


彼はかなり、あちこちに引っ張りだこだった。


「お前と結婚できたことが嬉しすぎて浮かれていた」


知っているのだ。


「勝手に結婚していたのを知っているのに、何も教えなかったのは不正実極まりない」


イーグルは何が言いたいのだろう。


「知ってると思っていたし、いつか知ると思っていた」


そんなふざけたことが通るなら、何でも通る。


そうだったら、エンツェの未亡人と言う希望だって通る。


というわけで、死んでもらいたい。


「離婚しないと、いえ、婚姻白紙きしないと、何をしてもおかしくない状態なの」


結婚したままにしてくれるのなら、と彼は頼んでくる。


イーグルにエンツェは向き直って、怒っているということがわかるように、腰に手を当てた。


「まずは白紙撤回が条件」


「それは嫌だ」


話せばわかると思っていたのに、なにもわかってくれない苛立ちにエンツェはイーグルへクロウボウではなく、己の拳を当てた。


鈍い音を立てて倒れ込む男は、わざと拳に当たったのだろうと長年の付き合いでわかる。


最初からそうしてくれていれば、話は違ったと思う。


「何発でも受ける」


「今更ね」


もし独り立ちするのならば連れて行ってほしいと言われる。


行くのなら、自分一人に決まっているだろうが。


普通に一人で行く。


一人で生きていけるから。


「何度言わせればわかるの?あなたは邪魔」


「お前のことがずっと好きだった」


「はぁー?」


目が座る。


「そこから?今?」


「もしかして、知っていたのか?」


「知っていたも何も、わかりやすいのよ、あなた」


顔を真っ赤にするというわけではないが、幼馴染なのでわかる誤差程度のことでもわかる。


女は、男にようやく言ったかと息を吐く。


「幼馴染なんだから、わからないわけがないでしょう」


呆れたように告げると、いつの間にか立ち止まっていた。


「なに?」


許可するから、なにか言ってくれとこちらも止まり彼を見る。


「言ってくれなかっただろ、なにも」


「ランキング上位おめでとうは言ったよね」


言わなかったから、当てつけでそう言ったのかと思ったでしょ。


意味が分からない行動の数々。


こちらにストレートに言ってくれればよかったのに、言わない方が悪い。


頭がいいのに、行動の頭の悪さ……。


おかしいな。


おかしい。


現代の知識で勉学を教え、人の心理についても教えたはずなのに。


あまりにもやり方が原始的過ぎる。


隠していることを察せなかったり、見つけられなかったのは痛恨。


察せたのならば、即逃亡したのに。


今やってるけど。


逃亡したところで、婚姻届が出されていたけど。


その前に気付いていたら父親となにか話し合っていたと思う。


止めてくれない親も親だけど。


今まで散々貢献してきたというのに。


仲が良くて、愛されていたと思っていたけど、結婚のさせ方が異世界あるある。


こういうのが嫌なのに。


最低だ。


グルになって、こういうことをされたら二度と信用されないと、なぜ分からないのかなぁ。


イーグルもイーグル。


エンツェはイーグルを睨みつけてズイッと顔を寄せた。


彼はごくりと喉を鳴らす。


「な、んだ」


「疲れてる?」


「疲れてない」


「嘘。わかるから。私はなんでもわかる。婚姻のことはわからなかったけどね?」


魔法具のアイテムを起動して、癒しの魔法を使う。


このアイテムだって、エンツェのアイデアから生まれたもの。


光る淡いものに包まれて、彼は礼を言う。


このアイテムはコンパクトに持ち運べ、使えない人でも簡単に使えるようにしたもの。


これを形にするのは大変だったが、アイテムを使うと現代の居心地に近くするのに必要だったし。


「お前を取られたくなくて、急いでた」


「令嬢ランキング最下位が取られるわけないでしょう。常識的に考えて」


「こういう相手を作る令嬢なら、商人が欲しがる。牽制するのが大変だった」


「私が結婚できなかったのはイーグルのせいだったの?信じられないっ」


婚期が遠のいていた原因が、ここにいた。


「そうでもしないと、平民の俺はお前と結婚できない」


「できるでしょう。私は平民や貴族なんて気にしない。傭兵だろうと商人だろうと、関係ない」


「お前はそう。でも周りはそう思わないし、周りが納得しない」


「駆け落ちすれば、いいじゃないのそれくらいならしてあげた」


「駆け落ち!?してくれるのか?お前の突拍子のない心意気が、よくわからない時があるが……」


「まぁ、それはもう過去の話だけどね」


「過去なのか……」


「当たり前じゃない。あなたなんてペケよペケ」


「ペケって何だ」


ペケが通じない。


イーグルは、名残惜しそうにこちらを見ている。


手遅れ。


全て遅い。


「待てよ。婚姻のことは前向きに考えるから、少しぐらい待ってくれ」


「採択は私がする」


「採択?またゲンダイ語か?」


「採択っていうのはよいものを選び取るって意味で。ゲンダイ語だよ」


みんなが分からない言葉は全て現代から取り、ゲンダイ語だと説明。


説明し終わるとイーグルは、ウンウンと首を動かす。


その様子を傍から見遣ると、また歩き出すエンツェ。


「エンツェ、聞きたいことがある」


「何?」


「結婚してほしいと言ったら、結婚してくれたのか?」


「したよ。確実にいいよって言ったわ」


「おれは間違えたのか?でもお前は結婚しないしないっていうから、おれは」


うだうだ言い始めた。


もう手遅れなのに、なにをいうかと思えば。


「うるさいわよ」


「離婚だけは頼む、やめてほしい。肩書きだけでもせめて置いておいてほしい」


「遺産なんて一文だって渡さないから。絶対に!文章にして」


「わかった。文章にする。おれも稼げるようになって、お前の財産目的なんかじゃないけどな」


財産についてはきっちりしておかないと、後々問題になる。


「どうでもいいんですの。未来なんてどう転ぶか誰にも分からないのですから」


彼が動けなくなるかもしれないし。


働けなくなるかもしれない。


特にこの世界なら、どんな危険があってもおかしくない。


「紙を用意するから、今すぐ書きに来てくださいまし」


「わかった。すぐにサインする」


「借金の紙だったらどうするの」


「それでもいい」


「そこまで言うなら直接言ってくれたらよかったのになんて馬鹿なの?」


馬鹿しかいない。


父親も馬鹿だ。


娘の婚姻について心配していたのは、知っていた。


焦っていたのだろう。


自分的には全く焦りなんてなかったけれど、この世界からしたら息遅れになるかもしれない危険性がある。


となれば、うかうかしていられない。


親馬鹿後に極まる。


イーグルはそこを攻めたのだろうな。


やり手というか、馬鹿というかアホというか。


やり方がせこい。


宿にUターン。


紙に記入してもらう。


なんでこんなものがあるんだと聞かれるがあるからあるとしか言えない。


彼と違って、何でも用意してあるのがエンツェたるところ。


「サインしたぞ」


「ご苦労様」


エンツェはニヤリと笑い、彼に隠れて、その紙を手に役所へ走った。


その様子に、彼は何か得体の知れないものを感じたのかついて来る。


そう、これは契約書は契約書でも離婚届だ。


白紙にできそうにないので、無理矢理離婚届にサインさせたのだ。


発想の勝利。


「その紙よく見せろ」


「嫌ですわよ。おーっほっほっほほほほほほほ」


足をせかせか動かしながら、エンツェはパーッと走る。


止まるものですかと、彼に追いつかれる前にアイテム解放する。


解放したら相手はそのトラップに引っかかる。


いくら上位の洋平でも、ただでは済まない。


大きな穴が開くたびに、彼はここまでするかと言う顔をして追いかけてくる。


エンツェは今や資産家なので、これくらいの慰謝料や土地をきれいにすることぐらいわけない。


なので、好き勝手やっているのだ。


文句を言うのなら、本元に言って欲しい。


「ウガッ!」


ーーズカン!


ーードカン!


遂に一つのトラップに引っかかり、エンツェに追いつけなくなった。


その隙に役所に入っていき、紙を受理するように訴える。


しかし、やりすぎたのか外の騒ぎに気をとられて、受理されるような空気ではない。


しまった。


勢いに任せすぎた。


手を握り締めていると、彼がへろへろになった状態でこちらへ来る。


絶対に取られないように、厳重に保管されているものなので、彼にはもう手にできない。


離婚届は、永遠に自分のもの。


「その紙」


本当に首輪をつけられたのは彼だということを知った時、どんな反応をするだろうか。


「待て」


他の人たちも周りに集まってくる。


「その紙、受理、するなっ」


野次馬が邪魔すぎるので、愛想よく笑う。


「あなたの言葉で、受理するかしないかなんて、するわけがないでしょう」


人一人の言葉で変わるのなら、自分の言葉で全て変わる。


エンツェは世間からすれば、かなり有名。


結婚はできなかったけれど、発明家として有名だった。


発明家の女は、結婚市場では全然モテないけど。


「なぁ、あれイーグルじゃないか」「傭兵ランキング上位の?」


「傭兵のイーグル?きゃあ!私大ファンなの!」


騒がしくなってきた。


ここじゃあ、おちおち役所に提出できない。


イーグルを避けるために、役所の人に紙を提出すると、奪い取るように取ろうとする。


あまりに乱暴なやり方に、私に嫌われてもいいのかと脅す。


少し指先がピクリとしたが、それでも奪い取ろうとするので、クロスボウをようとしたが、人前なのでグッド我慢した。


これがこいつのやり方かと、睨みつける。


「取るの?私から……いいの?本当に?」


最後な答えを聞くと、男は指を下ろす。


当たり前だ。


自分も同じ選択をする。


「何度も謝る。だから結婚を継続させてくれ」


謝るために頭を下げる男に、民衆たちはひそひそとし始める。


こんなところで始めたら、噂になる。


やめなさいよと注意するが、相手は撤回させることに夢中なのか、話を聞いていない。


「野次馬がうるさい」


「それもそうだな」


相手は頷くとトボトボついてくる。


「端に行くわよ」


もうイーグルと気付かれてしまったので、周りがうるさい。


「あぁ」


彼に静かになる魔法を使わせて、自分たちの会話が聞こえないようにする。


この世界には、こういう魔法があるから、とても楽しみなのだ。


今後の発展を楽しみにしている。


それなのに、こんなことに気をとられて、時間を無駄にすることが起こるとは夢にも思わなかった。


全員から騙された気分だ。


実際、全員から騙されて不意打ちされたのだから間違ってはない。


彼は倒れ込むように座ると、こちらを見てじっと離婚届を見る。


見てもなくならないし、渡すわけもない。


一生持っている。


勝手に婚姻届を出したのだから、こちらにも勝手に離婚届を出す権利が発生する。


彼はその方法に検討をつけなかったのだろうか。


エンツェがそれをしないと、本当に思っていたのだろうか。


片腹痛い。


何でも思う。


肩腹が痛すぎる。


「で、何」


「だから、その紙をこっちに」


「渡すわけないでしょう。自分ならどうするか。渡さないでしょ。ほほほ」


紙は丁寧にポケットへ入れる。


ポケットに入るところはずっと見ているが、彼に盗むことはできない。


不可能な道具を使っている。


これは自分だけのために作ったもの。


オリジナルで、販売してない。


そうじゃないと犯罪に使われるから、アイテムには売れるものと売れないものが存在している。


「持っていていいから提出しないで欲しいんだが」


「なんで」


「言いたいことはわかるが、もう少し待って欲しい。俺のことを夫として見て欲しい」


夫と言われても今日知ったはじめての事実なのに、どう扱えと言うのだろうか。


全身、揺さぶりたい。


曲に乗せて、リズムよく吹き飛ばしたい。


イーグルはジッとこちらを見て、熱を感じる目に顔がチリチリする。


(そんな顔をしても許さん。暗殺してやる)


暗殺と言っても殺意というより、動けなくするという意味合いが強い。


暗殺する勢いでやってやるという意味だ。


「未亡人になるから」


なにが悲しくて自分が罪人にならないといけないんだ。


「やりたければやればいい。どうなってもいいから、結婚したかった」


「ふううん?」


クロスボウを手にしたくなる衝動にかられながら、相手を睥睨する。


「素直にプロポーズしてくれれば」


「する」


「しなくていい」


「する」


「やらなくていい」


「どんな言葉がいいか言え」


「あなたのせいで全部なしになったのに、やられても嬉しくない」


「なにがだ」


と聞くので、普通に恋をして普通に告白されて、プロポーズを受ける。


そして、子供をもうけて普通に家庭を築くのが自分なりの未来だった。


そういう夢をみることくらい、皆するよね。


エンツェはそう語ると、語っていくごとに彼は目から光を失わせていく。


大失敗したのだと把握していったのだろうと予測。


自業自得だから無視する。


「そうだったのか」


「白紙撤回してくれるよね?」


幼馴染なのに知らないのは当然。


この世にいる、この世界の女の人たちの夢が結婚なのは、割合的に多い。


わざわざ言う必要がない。


「白紙撤回する」


「ん。よろしい」


彼は数日後に、婚姻を白紙にした。


「これでいいか」


「ええ」


「そうか……俺は少し旅に出る」


「へえ。そうなの」


こちらの反応が鈍いことに、自信をなくした声。


「いいの?」


旅に出るらしい。


「なにがだ」


面白いなぁと眺める。


「今日はあるもの持ってきた」


目の前に紙をカサリと目の前に置く。


それを見た彼は、うつむいたままの顔で紙を見る。


それを見た彼は、これでもかと目を見開く。


ワナワナと小刻みに震えて紙を取る男は、面白いくらいこちらと紙を交互に見た。


これはと、小さくつぶやくイーグル。


それに対して、エンツェはゆっくりとうなずく。


「何を言うべきか、わかるでしょう」


ここはエンツェの自室。


他には誰もいない。


いつもなら誰かしらいるが、人払いをしている。


誰にも近寄らないように厳命した。


準備は整っている。


彼は立ち上がると、こちらへやってきて、スッと手を差し出した。


「俺とこれからを生きて欲しい」


潔く言われてこくりと頷く。


「喜んで」


「!」


「断ると思ってた?やり方が酷くて意趣返しってやつ。いいわよ。結婚しましょう」


「暗殺しなくていいのか。クロスボウで」


「次、その機会があるとしたら……その子供は俺の子か?とか出産する時に痛みで呻いてる時とかに、がんばれって迂闊に声をかけられたとき、かしらね」


「すごく具体的でわかりやすい。地雷に触れないで済む」


彼もある程度現代語を嗜んでいるので、現代語を使って言う。


彼はほっとした顔で髪を見る。


エンツェも紙を見る。


そこには婚姻届と書かれていた。


今度は、父は関与していない。


関与しなくていい。


既に父親とも話はついている。


焦っていたのだと、やはり言われてため息を吐いたのも記憶に新しい。


「正しく順番を守れたか?」


「五十点」


「低い高いのかわからない」


「マイナス点は、過去のことが影響しているからね」


傭兵としては満点だと言われているが、妻になる身としてはなんの関係もない。


そもそも、彼が上位になったのは、エンツェのアイテムがかなり影響して関係している。


それなのに、加点されている部分を度外視した場合、エンツェにとっては傭兵ランキングなど何の意味もなさなくなった。


自分と結婚するために頑張ったらしいから、そこは評価しよう。


そこまで頑張ったのに、告白する手順を省いたのか謎。


父親を巻き込んでやったにしては、ずさんなのだ。


馬鹿だが、こいつのことを己は好きなのだ。


結婚してもらえたらいいなと思っていたが、まさかの籍を入れると言う荒技。


暗殺すると言っていたのは、そういった気持ちが溢れてしまったから。


好きな人勝手なことをされたら、誰だって怒る。


「あなたの籍に入ってあげる」


「俺が婿入りするんじゃないのか?お前の親父も婿入りだぞと言ってたが」


「どっちにも入れればいいでしょ」


「そんなことしていいのか?」


「別にどこかに提出するわけじゃないから、気分」


そう告げるとイーグルは嬉しそうに笑みを浮かべた。


今までどこか顔がこわばっていたが、漸く柔らかくなったのだ。


「大切にする、エンツェ」


「うん。イーグル。あなたを夫としてあげるわ」


「相変わらず、令嬢言葉が下手だな」


「まぁね!」


下手だろうと、この口癖を述べればなんとなく気分がいいので使ってるだけだし。


本気で令嬢でいようなんて、チリも思ってない。


令嬢ランキング最下位と、いずれ更に上へと登る男が手を取り合って笑い合った。

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