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8、蚊柱立てば雨


 この王弟様はお馬鹿さんなのか?


 こちらを睨みつける、今にも殴りかかってきそうなほど怒りという感情を全身に漲らせたイドラ殿下を前にして、私が思うのはそんな言葉だった。


 折角咲いた花をその場で摘む。芽吹いた命をブジッと掴み千切るような行為を、花を咲かせてくれた妖精たちの目の前で行うなど蛮行以外の何物でもないだろう。

 妖精の粉の仕組みはよくわからないが、ようは花粉の代わりに妖精の粉というものが出る。花粉がないので花だけで増える事は出来なさそうだが、それはそれとして、花粉の代わりに妖精の粉……イドラ殿下の内服薬が出来るのなら、花は残せ。なんでつむんだ。


 か細い妖精たちはイドラ殿下の怒号に慌てて消えてしまった。いくら摩訶不思議アドベンチャーの話を聞きたくても、明日またくる勇気を、あの小さな光たちが持てるだろうか。


 私はこの庭を見た時に「見捨てられた」とそういう印象を受けた。見捨てられ、朽ちていくだけの春の残骸。その中で息をして、呼吸が止まるのをじっと待っているしかないようなイドラ殿下を見た。


 見捨てられたのなら、呼び戻せばいいのでは?


 物語1話で1輪咲く、という説明は受けた。けれどここは元々「たくさん花が咲いている庭」だったんだろう。新しい物語が与えられず新たに花が咲くことはなく庭が枯れた。ということは、花は根に繋がっていれば咲き続けることができるのではないか。


「貴様が……!俺に物語を与え続けられるというのなら!今この場でその花を庇う意味がどこにある!!」


 私が「馬鹿」と言ったからか、イドラ殿下の怒号が再び頭上に落ちた。いつのまにか、月はすっぽりと雲に隠され、ゴロゴロと……雷が鳴り始める。小さな妖精たちが吹き飛んでしまうような冷たい風が吹き、大粒の雨が降り出した。


 この嵐がイドラ殿下の感情からくるものだとは私にもわかった。


 まるで子供の癇癪だ!

 自分の目の前にケーキが置かれたのに、私が「大きすぎるから取り分けましょうね」とひょいっと持ち上げた途端、「全部寄越せ!」と机を叩くような子供!


 私が物語を語れることは示した。私を助けてくれたから、ロバートにもう殴られないようにしてくれた人だからと、私はイドラ殿下の力になりたかった。けれどそれは、この性格の悪い男に従順になることではない。


 大雨が私の体を打った。

 一瞬で全身ずぶぬれだ。なのに目の前のイドラ殿下……もうイドラでよくないか。イドラは一滴も濡れていない。この雨の不快感は私だけだ。


「私は……!貴方に感謝してるし、貴方の役に立ちたいと思って、この真夜中にどんな物語なら妖精の興味を引くだろうって考えて物語を選んで話しました!!」

「なんだ!?恩でも着せたいか!俺も貴様に感謝しろと!?」


 まず私の話を聞け!!!!!!!


 自分以外の他人がいなければ生きていけない事実を理解しているくせに、コミュニケーションを取る気がない!それとも他人を必要としていることを認めたくなくて、従わせる、脅かすことで「させている」と満足感でも得たいのか。


 私はイドラを睨みつけた。雨で頬に髪は張り付き、視界は覚束ない。

 

 出ていけ、と言った。

 出ていけと言われた。


 本当に出て行ったら困るくせに!!

 いや、私も困るけど!

 私だって他に行くところなんかない。この屋敷から出ればロバートがきっとまた私を殴る。私はイドラの機嫌を損ねたらいけないのはわかっているが、それはそれとして、イドラも私の機嫌を損ねないでほしい。


 ばっと、私は踵を返した。

 

 相手の怒りの炎に煽られて、私も冷静でいられなくなっている。

 この大雨じゃもう妖精たちは戻ってこないだろうし、集まってもくれないだろう。

 千夜一夜物語というわけではないけれど、今夜はこれにて終話だ。いつまでも雨に打たれていて、こんな薄着でいてはよくない。


 私が歩き出そうとイドラとは反対の方へ進むと、ぐいっと、腕を掴まれた。


「っ……」

「どこへ行く!」


 普通に痛いが!!


 日中に騎士たちに掴まれた場所だ。痣にでもなっていそうな場所をイドラが掴んだ。顔を顰める私に気付く心もないのか、イドラが声をあげる。


 私は振り返り、イドラを睨んでやろうと思った。痛い思いをさせられた腹いせに、その頬をひっぱたいてやろうとすら思った。


「…………」


 けれど振り返って、雨の中こちらを見つめるイドラの顔を見て、私は「そんなことしない」と自分に告げた。


「……どこへ行く」


 私と目が合って、もう一度イドラは言った。

 私に触れたからだろうか。イドラも雨に打たれていた。


 この人、自分がどんな顔をしているかわかってるのか?


 怒鳴って、私を脅して、追い出そうとしたのは自分だろうに。


「……」


 私は眉間にしわを寄せる。それを嫌悪の表情だと思ったのか、イドラが私から目を逸らした。それでも私の腕を掴む手は離さないし、なんなら力もそのままだ。私が痛い思いをしているのに、私より痛そうな顔をされるのはあまりにも卑怯ではないか。


 私は昼間の王様よりずぅーーーっと長い溜息を吐いた。


「…………どこへって、お屋敷に決まってるじゃないですか」

「方向が逆だ」

「雨で視界がおぼつかず!!迷子になりそうですね!!それに寒い!!」


 とても寒いです。えぇ寒い。


 私が「不愉快なのは雨の所為!」と大げさにアピールすると、イドラは「雨など降っていない」と空に向かって呟いた。

 すると、一瞬で雲が散って、月が現れる。


「あら、まぁ。月がきれいですね」


 思わず私は空を見上げて目を瞬かせた。

 夏の夜空に浮かぶ白銀の月。綺麗なものを見ると気分がすっきりする。思わず微笑をうかべ、私の腕を掴んでいるイドラに顔を向けた。


「……もう怒っていないのか」

「雨が止んだので」


 私だって感情は出来る限りフラットでいたい。軽く首を傾けて答えると、イドラは目を伏せた。

 そしてそのまま、私がお屋敷へ戻るのをじっと待って見続けているので、私が去ったら花を摘む気じゃないかと疑いたくなった。


「一緒に戻りましょう」


 儚い命を守らなければ。

 妙な使命感。私が語って咲いた最初の花なのだから大事にしたい。掴まれた腕をくいっと動かし、私は言葉を続ける。


「掴むなら腕じゃなくて、手でお願いします」



 


雨にうたれながらしおれる大型犬。('ω')

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