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4、夏を歌うものは冬に泣く


「愛し合う恋人のフリをしろ」


 立ち上がり、小声で囁かれた内容は、全く意味がわからないものだった。といって、この状況の中で私がわかることなんて殆どない。細いと思ったが意外に引き締まった体に自分の体が押し付けられ、他人の体温を感じる事に戸惑った。出会って十分も経たない相手とこんなに近づくことなんかこれまでなかった。けれどイドラ殿下はこれが当然の距離感だという顔で、柵の向こうを見ている。


 あいしあうこいびとのふり。

 演技をしろということ。そして、それが今、私には必要らしかった。


 意味が分からない。

 私は、アザレア・ドマは不貞を突きつけられ、断罪されている真っ最中だったのだ。そんな中、ノコノコと間男が名乗り出て、良い状況になるわけがない。

 なのに私を抱きしめるイドラ殿下は何とまぁ、自信たっぷりなことだろう。


 愛し合う恋人のふり……。


 それがイドラ殿下に必要なことでないのはわかる。私のために必要らしいのだ。イドラ殿下は今この場では、私の味方をしてくれるつもり、なのだと思う。

 私を殴りたくて仕方ないロバートに引き渡さないために、私は彼の恋人なのだと、この場にいる全員に知ってもらう必要がある。


 ……。


 教えて欲しい。愛し合う恋人とは????


 私に恋人がいたことはないが、友人に恋人を紹介されたことはある。そういう時は「私の彼氏です♡」と幸せいっぱいの笑顔で紹介してもらった。見ているこちらまで幸せな気持ちになった記憶がある。


 ……ここで「私の間男です♡」と紹介しろということだろうか?


 うん、違うな。

 さすがにわかる。これは違う。


 違うから別のことを考え付かなければならない。この世界で目覚めてから今の瞬間までわからないことばかりで、何をすればいいのかわからなかったが、それは不安と恐怖から何も考えられなかったのだ。けれど今、不思議と恐怖や不安はない。

 イドラ殿下が私の手を握ってくれているからだろうか。他人の体温がこんなに安心できるものだとは知らなかった。私の体は雨でぬれているのに、イドラ殿下の体は、服は全く濡れていない。なら猶更私がひっつくと不快だろうに、目の前の人はそんな感情は表に出さない。先ほどまで、ロバートを揶揄って楽しいという感情をあらわにしていた人が、だ。


 そういう人が、私に役割を求めている。なら、何とかできないかと、そういう気になる。


 これでも学生時代は演劇部に入りたいなぁと思って水泳部に入ったのだ。うん、全く関係ないな。憧れだけでどうにかなるものでもない。それはそれとして。


 よし。恋人。ラブラブな恋人ということですね。

 私は意を決して、イドラ殿下の腰に両腕を回し、ひしっと、抱き着いた。


「……」

「…………なんの真似だ?」

「愛し合う!恋人です!!!!」


 このゼロ距離。

 強い抱擁。

 どこからどう見ても、愛し合う他人同士でなければ許さない接触だ。


 ぎゅうぅっと、私が全力で抱き着くと、頭上から溜息が聞こえた。


「……?」


 あれか、イドラ殿下の方からのハグの方が良かったのだろうか。

 私が自分の失態に気付き、「あらやだ」とこぼれるはずだった口は、塞がれた。


「……!?」


 一瞬、全身が石のようになる。私の体の反射、ではない。イドラ殿下がぼそっと、何か、小さく呟いた、音は聞こえなかったが唇が軽く動いたのは間近に迫った視界の中で確認できた。

 硬直した体でなければ、私は「このチカン!!!!!!」と、イドラ殿下の頬をはっ叩いていたかもしれない。……多分。


 ……不思議と不快感はなかった。


「……」

「と、このように。すでに関係を結んでいる。となれば、グリン伯爵が争うべき相手は彼女ではなく俺だろうよ。この大勢の前で彼女との逢瀬について詳らかにしても構わないが、自分が男としてあまりにも無能であったことを、伯爵がこの場で知られてよいのであれば、な」

「っ、~~~~~!!!!!!!!!」


 硬直が解けたのはわかった。けれど私が動けずにいると、イドラ殿下がまた散々、ロバートを煽る。大変楽しそうで何よりだ。人を揶揄い倒している姿がなんともまぁ、生き生きとされている。性根と御根性がひねくれていらっしゃる気はしなくもないが、けれど私は、私を殴って来たロバートよりイドラ殿下の方が良い。


「伯爵が夫人を離縁するのであれば俺にとって念願叶うというもの。月夜に互いの影を重ねるのも良いが、彼女には王弟妃の指輪が似合うと思っていたんだ」


 と、のたまって、イドラ殿下はご自身の指にはめている金の指輪を外して、私の左手の薬指に嵌めた。もちろん大きさはぶかぶかではまるわけがない。


「あれは……王族の証の……!!」


 兄王様の傍にいるなんだか偉そうな感じの貴族が叫ぶ。


 ……由緒正しい指輪なんですね!!


 ぐっと、私はどうしたものかと苦い顔をした。そしてそれをイドラ殿下は(演技だろうが)愛し気に見下ろして、「あぁ、すまない」と、周囲に聞こえる声で言う。


「必ずお前の指に相応しい品を用意しよう。何?一つでは足りない、そうだな。お前の指は十本あるのだから、黄金の指輪はあと九つは必要だろう」


 私は何も言っていません。

 けれど、ぎゅっと、イドラ殿下は私が拗ねてイドラ殿下の胸に顔を押し付けたかのように見えるような……動作をなさり、私に、周囲に宣言した。


 常識的に考えて欲しい。


 十本も指輪を嵌めたら、それはメリケンサックである。



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― 新着の感想 ―
>十本も指輪を嵌めたら、それはメリケンサックである。 大いに吹き出しそうにw しかしながら、お嬢様、メリケンサックは輪っか4つなのですわ。したがいまして、メリケンサック+2と呼ぶことにいたしましょう…
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