【番外】〇〇しないと出られない部屋に閉じ込められた!!
「この馬鹿々々しい醜穢で鄙劣極まりない術を使った屑は必ずおれの手で八つ裂きにしてやる」
「あら、まぁ。ワンフレーズの中に日常で全く使用しない単語が盛りだくさんですね」
アゼルはびくりともしない扉を前に激高しているイドラ・マグダレアをなんとか宥めようと、こちらは努めて普段通りの調子で口を開いた。
イドラ殿下とその婚約者となったアゼル――アザレア・ドマの戸籍をそのまま使用し、王弟……いや、現王の叔父の妃になるべく日々妃教育を受けている憑依系転移者。呪われた魔王の魂と神獣の器の詰め合わせでややこしくなった社会不適合者をなんとか真人間にしてくださいと新国王から懇願されたのは、まぁ、アゼルにとって「それは無理では?」という案件だった。
「×××!×××××!!」
アゼルが一緒に暮らすようになってから、それなりに気質が穏やかになったと(屋敷の悪魔たち談)言われているイドラだが、こうしてちょっとした「不快」なことがあると、火のように怒り狂って手が付けられない。扉に向かいあらんかぎりの罵倒をぶつけ渾身の魔法と魔術を繰り出しているイドラをアゼルは眺め、「ところでイドラ」と声をかけた。
「なんだ」
「この扉、何て書いてあるんです?」
「…………」
荒れ狂っていたイドラがぴたり、と停止する。
気が付けばアゼルとイドラはこの見覚えのない部屋に二人で寝ていた。作りは中華ファンタジーあふれる赤と金の装飾に丸みを帯びたびくともしない飾り窓。唯一外界に出られそうな扉はイドラが何をしても破壊できず、二人はここに閉じ込められた状態だった。
その扉にはアゼルには読めない文字で何か書かれており、それを読んだイドラがぶち切れている。
あれかなー、〇〇しないと出られない部屋、とかそういうのだろうか、とアゼルは検討付けた。というのも、ものを語るのが仕事のアゼルは地球の古今東西ありとあらゆる物語を日々面白おかしく語っている。その中に「〇〇しないと出られない部屋~」というのをネタとして盛り込んだ記憶があり、それを妖精や神獣さんが興味津々と聞いていた覚えしかない。具体的には昨晩。
あまりに早い行動力だ。
もっと別の方面で発揮して欲しい。
「…………」
たぶん古代文字とかそういうのだろうなとアゼルは考え、イドラに読んでもらい情報共有をと考えたのだが、イドラは気まずそうな顔をし目を合わせようとしない。
「……まさか……婚前交渉しないと出られない部屋とか書かれてるんですか!?」
「慎みのないことを言うな!」
よくあるパターンとしてアゼルが聞くと、顔を真っ赤にしたイドラが否定した。そんな予定はない!と全力で否定する。
「そのような巫山戯た文字が書かれていれば意味などわからずともお前の目に入れはしない!」
大丈夫かこの(元)王弟殿下とアゼルは心配になる。道理で毎晩一緒にベッドで寝ていても何事もなく朝が来るわけだとアゼルは毎晩の健やかな睡眠時間が今後もまだ続くらしいことをこの時点で初めて知った。
しかしアゼルとしてはこれが一番下品で下劣な〇〇の条件なのだが、これでもなくイドラが怒るとすると他にどんな条件があるだろうか。よくあるのは媚薬を飲まないと~などだが、普通にチャイナ風な部屋があるだけで小道具らしいものは何もない。寝台はあるが。
「あの、イドラ」
「……お前は何も不安に思う必要はない」
「いえ、別に思っていませんが」
「……得体の知れない状況だぞ」
「あなたがいるのに私に怖い事なんて起きるんですか?」
「……………その予定はない」
沈黙し、唸るような声を出してイドラが言葉を返す。アゼルは「でしょう?」と心底不思議そうな顔をしながら肩をすくめた。
ここがどういう場所かわからずとも、イドラが一緒にいるのだから自分に何か不幸が降りかかるわけがない。そういうものを一切合切、イドラが排除するだろうという事実をアゼルは理解している。なので自分は慌てる必要も不安に思う必要もまるでなく、この状況を「どうしましょうか」と一緒に考えればいいだけなのだ。
アゼルがそう、当たり前のこととして告げるとイドラは眉間に皴を寄せ押し黙る。照れていらっしゃるんですかと言うと怒るのでそれは言わずに、アゼルは部屋の中を見渡した。
「まぁ、ほら、部屋の中だけですけどなんだか異国に旅行に来たような気持ちになれません?それになんだかこうして二人でゆっくりするのも久しぶりですし」
なんだかんだと、毎晩の物語の検討や、妖精たちをもてなすための準備にアゼルは忙しい。この状況は「出られないので日常のことはまずは置いておいて」と、ゆっくりするのも良いのではないか。アゼルは寝台に腰かけ、ぽんぽん、とその隣を軽く叩く。
「……なんだ」
「いつまでも立っているのもなんですから、どうぞ」
アゼルとしては隣に腰かけて、というつもりだったがイドラは暫く考え込むように口元に手を当て、そしてゆっくりと近づき、ぎしりと寝台をきしませたかと思うと、ごろんと横になった。
「……???」
「何か不満か」
「いえ、お疲れですか」
「魔力を大量に消費した」
あれだけ盛大にぶち込み続ければそうだろうな。
アゼルは思い出し、自分の膝に頭を預けたイドラの顔にかかった髪を払う。
「折角なので何かお話でもしますか?『あるのがいけない!あるのがいけない!』と言いながら深夜の商店の品を買い込む年頃の娘さんの話とかどうです?」
「例の……健康診断の前日を水と茶で空腹をごまかした小娘の続編か……?妖精たちを恐怖のどん底に突き落としたあの小娘の奇行がまだあるのか……?」
「深夜のセルフ緊縛は妖精の主観的にもホラーだったんですよね……笑い話のつもりでしたが、あんなにギャン泣きされるとは……」
物語のチョイスは難しい、とアゼルはしみじみ頷く。
イドラならホラーでも大丈夫だろうと思ってのセレクトだが、イドラも今はそういう気分ではないらしい。なら子守歌でも歌おうかとお冗談めかすと、子ども扱いするなと眉間の皴が深くなる。
小さな声でアゼルが笑うと、イドラの表情が柔らかくなる。
ビビビイイイイィイイーーーー!!!!!!!!!!!!
「開錠ー!解錠、ですわー!!」
「違いますわー!思ってたのと違いますわー!」
「でも幸せそうなのでオッケーですわー!!」
「うむ、思っていたのと違う展開だが、これはこれで良いな!」
激しい何かの音と、バタバタと部屋に入ってくるのは毎度おなじみ夜の庭の参加妖精たちと神獣ソドムである。
「……」
無言で起きるイドラ!
ノーモーションで扉に向かって放たれる炎系の大魔法!!
上がる妖精たちの悲鳴!!
「はっはははははは!!友よ、何、礼など良いぞ!」
「このおれが感謝しているように見えるのか貴様!!」
片手でイドラの魔法を防ぎ、一応背に妖精たちを庇いながら神獣ソドムが呵々と大笑する。
「中々進展しない二人の仲を進めてやろうという親切心だ。なに、ひとの善意というのは受け取って然るべきだ」
「貴様は人外だろうが!」
「なんと、友であるお前まで私を「自分とは違うもの」とそう見るのか……悲しいことだな」
ちっとも悲しく見えない顔で、にこにこと完全にこちらを揶揄う声で神獣ソドムがため息をつく。
「我々はただ、我が友にのみ読める文字でこの部屋の解錠条件を記し、我が友がしどろもどろになりながら恋人に膝枕と子守歌を要求するサマが見たかっただけだというのに……」
「遺言はそれでいいか」
「はっはっはっは、本気で私を滅ぼそうとすれば国が沈むぞ」
規模はアレだが、おそらく兄弟喧嘩とかそういう感じのものなのだろう攻防がアゼルの目の前で繰り広げられる。
アゼルは神獣さんたちが何をしたかったのかは一応わかったので、うっかり燃やされないようにアゼルの傍に避難している妖精たちに「次やる時は私も一枚かませてくださいね」とそっとお願いし、とりあえず滅多にみられないだろうイドラの本気の攻撃姿を観戦することにした。
「はっ、アゼルさま……!もしや今この場に、ウチワとかぺんらいとなるものがあればよろしいのでは!?」
「わたくしたち光りますわよ!振り回します!?」
と、妖精たちは性懲りもない。
アゼルも妖精を握ってペンライトの代わりにする気はないので丁寧にお断りしつつ、確かに好きな相手の雄姿を応援グッズと共に観戦できるとよかったかもしれないと少し後悔した。
そこでアゼルの気落ちを察知したのか、交戦中のイドラがアゼルの方に顔を向ける。
アイドルのステージであればここでイドラにファンサを乞うところだが、打ち合わせもなしにイドラ・マグダレアにそんな芸当ができるわけもない。
なのでアゼルは「こういう感じのを」と説明するつもりで、自分が考え付くファンサを一つ行った。
目が合ったので、指でハートを作り、ウィンク。
「グァッ!!!!!!!!!!!!!!!!」
「!!!???友よーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!???」
突然胸を掻き毟り、膝から崩れ落ちたイドラ。
慌てて親友に駆け寄りその体を抱き起す神獣ソドム。
「い、息をしていない……そんな……!だからあれほど、愛しい者を直視するときは精神強化の魔法をかけろと……!!」
いや、それはさすがに死んだのは冗談だが、真に迫った様子で神獣ソドムは呟いた。
「あ、あわわ……あわわわわ……」
ファン刺しちゃった、というやつをうっかり行ってしまったアゼルは妖精たちと一緒になってガタガタと震える。
もちろんイドラは死んではいない。こんなことで魔王と魔獣のハッピーセットが死んでたまるかと神々も思ったことだろう。当然死んでいないイドラはその後息を吹き返し「うっ……何か、あまりにも愛らしいものを見たような……」と呟き、自分が意識を失う前に見たものは都合のいい妄想だと思うことで精神をなんとか保つことに成功した。
そういうわけで、アゼルはその後、ウィンク禁止を自分に科したが「それはそれとしてイドラのファンサは見て見たい」と妖精たちを巻き込んで騒動を起こす。そういうトンチキな物語が今日も明日も明後日も、そうしてずっと続いていくのだった。




