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29、願わくば花の下にて

時系列的に、ちょっと前です。



 玉座にて。王冠を頭に戴いて。それこそ生まれた時からそうなるようにと定められて、タリムはずっと、この国でたった一人しか座ることの許されない椅子を温めてきた。抱くのは国という宝玉で、それらが割れぬように大事に大事にと、そのように、守っていなければならなかった。


 けれどタリムは知っていた。


 自分ではない、と。


 本来この玉座に収まるべきなのは己ではないと、強い違和感を抱いていた。場違い。分不相応。座るからこそに感じる居心地の悪さ。神の指定した席に違う者が座って、周囲に拍手喝さいを浴びているような気まりの悪さをずっと、感じていた。


 弟がいた。


 イドラという。


 名の意味は偏見、先入観、あるいは幻想。まやかし。存在しない不埒なものと、そのように名付けられた弟がいた。弟は悪魔で魔物で怪物で、とにもかくにもおぞましく、恐れられていなければならないような存在だった。


 タリムは弟なら、化け物なら、この国を壊してしまえるだろうと思った。居心地が悪いのだ。気持ちが悪いのだ。誰もがタリムを愛し、信じ、にこにこと、タリムを良い王だとほめそやかす。けれどタリムはそうは思えなかった。座る度にぞわぞわと虫唾の走る玉座にて、少しでも居心地を良くしようと、それこそ必死に務めた。王として相応しい振る舞いをしようと神に媚びるように、政を行った。国は栄、民は自国を誇りに持ち、タリムは王として認められた。それでも玉座は氷のように冷たく、タリムの体を凍らせるように拒絶した。

 だからタリムは、この気色の悪い玉座ごと、国が滅んでしまえば安心できると考えた。


「だというのに、この臆病者が!」


 大雨の中、タリムは足蹴にした怪物のなり損ないに吐き捨てる。


 妖精王が余計なことをして、この怪物を上手く隠してしまった。毎夜、物語を捧げれば庭に妖精の花が咲き、怪物の影がすっぽりと、その光でかき消されてしまう。


 物語を食い尽くさせてやっと、弟が化け物になり果てると思っていたのに、それを楽しみにしていたというのに、余計な女が現れた。けれどその女を、イドラは愛したらしかった。なら女を殺そうとすれば、イドラは激高し、化け物になるだろうとタリムは夢に見た。女を殺されまいと怪物になった弟が、王を殺し、国を焼くのだと、そう夢に見た。


 だというのに、イドラは、タリムの幻想は、それを現実にはしなかった。


「……」


 タリムに蹴られ、殴られ、中途半端に体が鱗で覆われたイドラはゲホゲホと血反吐を吐く。それでもその片手は、屋敷の柵を強く掴んで離さない。

 アザレア・ドマが、イドラが愛したあの女が屋敷の外に出て、そして、タリムが王の名で必ずあの小娘を殺すと宣言し、激昂したイドラはタリムを襲い荒れ狂うはずだった。のに、そうはならなかった。強く柵を掴んで離さず、人の身でいることに執着し続けている。わずかに残った理性を手放そうとせず、タリムが蹴っても罵っても、イドラは暴力の返礼を贈ることをしなかった。


「そんなに自分が消えるのが怖いのか」

「……」


 軽蔑しきった声でタリムはイドラを貶す。臆病者め、弱虫め。と、そのように蔑んだ。


 愛した女を守るより、自分が可愛いのかとタリムは続けた。イドラは目を一度伏せて、そして、緩やかに頷いた。


「怖い」

「……はっ、はは!なんだ、」

「俺が消えることが恐ろしい。アゼルが俺の中から消える。化け物になることなどどうでもいい。が、アゼルを忘れることが、俺はこわい」

「お前が怪物になってあの小娘を守りにいかなければあの小娘が死ぬとしてもか」

「愚兄。貴様を殺すのはそれほど難しくはないんだ」


 イドラは淡々としていた。タリムがどれほど全力で踏みつけても、骨を折ろうと力を込めても、鈍い音がしたとしても、イドラはタリムに傷つけられるような事実などない一つないという顔をしている。


「だが貴様が死ぬと面倒だ。俺は玉座につく気はない。そうなると、お前が必要なんだ。お前は愚かだが、うまくやるだろう。誰だってそうだ。俺がそうであったように、お前だって、自分の居場所はそれなりに、住み心地はよくしたいだろう」


 その瞬間、タリムは自分がこの世で最も憎むべき相手が、自分にとって道具だと思っていた弟であったことを知った。至尊の椅子の主人が誰であるのかを理解した。


「っ……!!」


 タリムは力の限り、イドラの腕を踏みつけた。


 怪物になれ。化け物になってしまえと、もはや自身の願いだけではなく、復讐の炎が燃え上がっていた。


 そしてタリムは腰に剣を刺していたことを思い出し、それを抜き取って、力任せに何度も何度も振り降ろした。鞭打つように、裂ける服に、肉。それでもイドラはうめき声一つ上げることなく、目を閉じた。




私の悪いクセなのですが、物語の終わりが見えてくると「嫌だな、終わりたくないな」と書くことから逃げることなんですが、この物語はそういう自分の悪癖をどうにかこうにかするために書いているので終わります。

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― 新着の感想 ―
[一言] そういえば、良いところで更新停止してる作品がありましたね
[一言] 終わりたくないのは書いているのが楽しいのでしょうかね 作者様が楽しそうである物語美味しいですモシャモシャ(咀嚼音
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