28、雲のあなたは春にやあるらむ
目の前の女性の苦悩、訴えを聞きながら私の頭は冷えていた。
興味関心があるわけではない。ザビヤ様、過去はサラと呼ばれた踊り子がどんな思いでザビヤ様の体を動かし続けたのか、美しい顔を歪めながら滾々と語る様子は、物語の悪役の独白、あるいは告白の見せ場としてとても良いものなのだろうと思う。
サラの言い分。ザビヤの体を動かし、高圧的な振る舞いを続けたのは、もう誰にもザビヤを傷つけさせないように、侮らせないように、ハリネズミのように必死に必死になって、サラはザビヤ様を強い女性として動かした。
ザビヤ様と過ごした時のサラの穏やかな、世を、人を憎まぬ優しい笑みは、ザビヤ様を死なせた世界を恨み呪う侮蔑に変わった。
対して自分の名誉に関しては構わなかった。
卑しい踊り子の分際で。
王妃を差し置き図々しくも王に跨った下品な女。
子を産み発狂し、無様を晒して死に絶えた。
どこまでもどこまでも名誉に泥を塗りたくり、屈辱で固めてそれでやっとサラは、ザビヤ様を死なせた自分が正気を失わずに、ザビヤ様を演じられた。と、そういう話。
それを煌々と語る女性の話を聞きながら、私は顔を顰めた。
「そのあたりはなんとなく想像がつくのでもういいのですが、問題はこの先です。あなたはなぜ、ザビヤ様の子であるイドラ殿下を憎むのですか?」
「……なぜ憎まぬと思うのです」
二人の女性の物語、それはある程度組み立てることができた。憎まれていた王様を何もかもの悪役にすると、色々まるっと収まる。そしてそれは正しいのだろうとこれでわかった。しかし、それでも私にはわからない。
ザビヤ様の腹から引きずり出されたイドラ殿下。サラからすれば、ザビヤ様の忘れ形見。それがなぜ、タリムという名ではなく、偏見、あるいは思い込みを意味するイドラと名付けられたのか。なぜザビヤ様の子を憎むのか。
可能性として、タリムと名付けられた王様が金の髪なのは容姿を悪魔に変えられた本当はザビヤ様の子、という可能性も考えたけれど、それは、そうすると辻褄が合わないのだ。イドラが魔王で魔獣の可能性があると疑われているので、タリム様が最初に生まれた、ザビヤ様の腹から最初の子、ではない。
「あの化け物の正体が何なのか、見ればわかるだろう」
と、サラ……もうザビヤ様でいいか。外見はそうだし。ザビヤ様がちらりと窓の外に視線をやった。
大変な大雨、暴風、鳴り続ける雷だ。
「……え、これ、自然の驚異ですよね」
なぜイドラの話の中でこの天候について触れられるのか。私は顔を引きつらせて神獣さんを見上げた。
「ははは、まさか。天はさほど地を憎まず、流そうとはしないさ」
「つまり」
「我が友が怒り狂っているのだろう」
「……なんでです?」
あれかな。お腹でも空いてきたのか。でも出かけるときにリーリム夫人に軽食の用意や暇つぶしになるようなオセロを用意してきたんだけれど……あ、オセロは一人じゃできなかったか。お友達の神獣さんはここにいるし、一人オセロは……むなしくてブチ切れるかもしれない。
「パズルとかにすればこんなことには……」
「そういう話ではないと思うが」
私が全力で自分の行動を悔やんでいると、神獣さんが冷静に突っ込みを入れてくる。まぁ、私も本気で言っているわけではない。
「貴女が屋敷から離れたので嘆いているのだろう」
「……それこそ、勘違いでは?」
「なぜそう思う」
「離れるって、ちょっとお茶会に来ただけですし、私が少し遅くなってもいいように、物語はストックを用意していますし……」
「そういえば、貴女の泣く声がよく響いていたな。なんだったか、家に帰りたい、だったか」
記憶を引っ張り出してみる。
具体的には22話あたりで、泣きべそをかいていました。
…………あれ、イドラにも聞かれていたのか。
あれか。私はお家=お屋敷のつもりだったが……あれか??イドラには……あれは、私が元の世界を恋しがって泣きじゃくっているように……聞こえるな。うん……。聞こえる。
つまり、あれを聞いたイドラは……私が元の世界に帰りたくて仕方なくて、イドラの屋敷を飛び出して、逃げ出して、元の世界に帰る手段を必死に探し回っているように…………聞こえたのか。
「……なんてこった」
私は目を閉じ、額に手を当てた。




