25、柳に雪折れなし
「さて、ものを語る貴女のようにはいかないが、それでも私も中々に上手く見せただろう?」
パッ、とまた場面が変わった。
暗い部屋にスポットライトをあてたかのように、丸テーブルに椅子が二脚。といって皇太后陛下のお茶会で並べられていたような豪華なものではなくて、木こりの小屋にぽつんと置いてありそうな素朴な、簡素な木製のセットだった。
そこに当然のように座っているのは神獣ソドム。茶色い髪に異形の角を乗せた人外はにこにこと穏やかな表情を浮かべ、やけに得意そうな様子を見せている。
ソドムの傍ら、私が座るだろう椅子の後ろに控えているのは……ブライドさん?
「……」
「どういうことか、とまず問うてこない貴女の聡明さは実に愛らしいな」
どうしてイドラの側近さんがここに、神獣さんと「黒幕です♡」というような面でいるのか。話す気があるなら話しているだろうし、私がどう判断するのか見たいのだろうなとそう思って黙っていると、神獣さんは嬉しそうな顔をする。
私はこの二人の手のひらでタップダンスでもさせられているらしい。何か言ってやろうかと言葉を探すが、私程度がこの二人に投げられる言葉にさして鋭利さはないだろう。
「貴方はイドラの友達だと思っていました」
なので私は黙っていてもよかったが、ついこらえきれずにそれだけ吐き捨ててしまった。神獣さんを睨む。おや、と、神獣さんは目を細めた。色んなことを考えて私は慎重に行動すべきだとわかっていて、それでも、神獣さんがイドラと友達ごっこをしていたとでもいう事実があるのなら、私はそれを批難したかったのだ。それを察した神獣さんは、なんともまぁ満面の笑みを返してくる。殴りたい、その笑顔。
「無論、友だとも。かつて共に大地を造りあげた同胞だ。外なる神々(ゴミカス)に討たれ砕けてしまったがな。途方に暮れていたところを人の器に込めることを思いついたのは我ながら名案だっただろう」
語る神獣さんを無視し、私はブライドさんを見た。目が合うと悪魔はこちらもにっこりと微笑んで私に椅子に座るように目で促す。座らない、という選択肢は選ばせてもらえないだろうな。
私が着席すると「さて」と、神獣さんがテーブルに肘をついて話を続けた。
「先ほどのあの地下牢の話には続きがあってな。貴女をこうして呼んだのには理由があるのだが、とにかく、その続きを聞いてくれ。あの後起きたことは単純だ。黒い髪の女、ザビヤは己の腹を割いた。先に生まれた子が魔獣となる子なので、腹から引きずり出された赤ん坊は魔獣の器として生まれました。そうなると、次に生まれる子、これは立派なこの国の跡継ぎだ」
「ここで私が召喚されました。一人の女が上級悪魔ブライドを召喚しました」
はい、と、ブライドさんが手を上げる。
「瀕死の女は私に取引を持ちかけました。もちろん私は悪魔でございますから、対価さえ頂ければ願いを叶える便利な存在ですよね。さて、その場には瀕死の女ザビヤと、無理に腹から出された魔獣の器。そして同じく瀕死の女サラとその腹の中には王の子」
神獣さんもブライドさんも事実のみしか語らない。
起きたこと、あったこと、その情報のみを私に伝えてくる。
「誰が何を願ったか、それは私の記憶にございません。契約内容を悪魔は憶えていられないのです。ただ、結果として我々にとって都合の悪いものが出来上がってしまいました」
「魔獣の器に魔王の魂が入ってしまってな」
「その上それを妖精王殿が余計なことをして包み隠してしまわれまして」
困っているのだ、と神獣さんとブライドさんは揃ってため息をついた。
「どういうわけか、黒い髪のザビヤが金の髪の王子タリムを育て、金の髪のサラが黒い髪のイドラを育てた。サラはザビヤの目の前で斬殺され、ザビヤはそれを笑いながら眺めていた。さて貴女。ものを語る女。これはどういう物語であろうか。貴女がイドラと呼ぶあれは、なんだと思う?」
「私、悪魔ブライドが期待している物語は……女同士の嫉妬の末、というものなのですが、ソドムさんは違うと仰るのですよ」
残念そうな顔をしてブライドさんは自分の考え、希望する物語を語る。
二人の女。
当初は親しく、お互いを思い合うようだったけれど女というのは浅はかなもの。地位と羨望、男の愛情をどちらがより多く相手より持っているかと競い合う。
ザビヤはサラに嫉妬したのだ。
王妃の自分を差し置いて、王に愛された踊り子サラ。自分が見出してやった、連れてきてやった恩も忘れて王の寵愛を受けた恥知らず。
神獣と魔獣の伝説など彼女の立てた嘘っぱち。最初の子に魔獣の肉など宿らない。すべては歴代の王妃たちが、寵姫を葬るために語り続けた方便だ。
サラに先に出産されてはザビヤは完全に、彼女に敗北してしまう。サラより先にと己の腹を割き、悪魔に治療を願ったのだ。サラをも治療したのは、自分の勝利を目に焼き付けさせるため。敗北した者がいてこそ、女の勝利は美しく輝くもの。
しかしサラも悪魔に願ったのだ。
自分の子を、ザビヤが我が子と思い込むようにと魔法をかけさせた。
卑しい踊り子の子を、高飛車な王妃が我が子と信じて育てる。本当の子は卑しい踊り子が育て、玉座に座ることなく、サラが召使のようにこき使う。ザビヤの子、本来なら王となったはずの尊い血を持つ子供は誰にも愛されず卑屈に育つに違いない。
「でも、それじゃあ辻褄が合わないわ」
はい、と私は手を上げる。
魔獣の器が方便で、そんなものはでまかせと、そのように判断できてしまうとどうなるか。きっと神獣さんの力が薄れるとか、そういう、悪魔の勝利になるのだろうか。けれどそんなことよりその前に、その物語には矛盾がある。
「人間ごときの素人質問で恐縮ですが、いくつか質問してもいいかしら?」
私は昨日の更新をせず、危機契約をしておりました。




