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24、冬の雪売り



 鈴の音のする方へ進んでいくと、今度は段々暗く、そしてじめじめとした湿気を感じるようになった。あまり進みたいと思えないが、進まなければそれはそれでよくないだろうと私は思い、進んでいく。


 先ほどまでは明るい、やさしい場所だった。けれど見えてきたのは冷たい石の壁。女のすすり泣く声が辺りに響いていた。


「……サラ………サラ……」


 泣いているのはザビヤ様だった。先ほどあんなに楽しそうに笑っていたとは思えないほど、憔悴し、やつれ、青ざめた顔のザビヤ様が、檻の外側にへたり込み、檻を握りしめて泣いている。そのお腹は大きく、彼女が妊娠していることを私にも気付かせた。


 そして妊婦は彼女だけではない。

 檻の内側。窓もない、寝台もない粗末な場所で女が一人、横たわっている。眠っているのではなくて、身動きが取れないほど弱っているのだ。けれどその女性の腹も、ザビヤ様と同じくらいに大きく膨らんでいる。


「……泣かないで、ザビヤ。私はもう踊って貴方を慰めてあげられないのよ」


 あまりにザビヤ様が泣くものだから、ゆっくりと瞼を開けながら、踊り子、サラと呼ばれた女性が語り掛ける。その声は優しいが、私にとってはつい先ほど、噴水のある庭で聞いていた美しい声と全く違った。喉が潰れ、しわがれた老婆のような声だった。


「そっちに行けないし、貴方の涙をぬぐうこともできないの」


 言うサラの手首、足には無残な切り傷があった。酸化してどす黒い血の跡がガビガビになって乾きこびりついている。酷い傷を負ったあと手当なく放置されたのか。白かった皮膚は壊死し、傷口からは蛆が沸いていた。


 見るからに惨い有様なのはサラの方なのに、踊り子はザビヤ様が泣いている、そのことの方が重要だと言わんばかりに声をかけ続けた。ザビヤ様は泣き続け、必死に頭を振る。


「わたくしがサラを連れてきたから。あの男の目にとまったから」

「可愛いザビヤ。貴方が悪いことなんか何一つないわよ。私が美しすぎたのも、貴方と友達になったのも悪いわけない。悪いのはあいつ。あの男。私を人間だと思わないあの男が何もかも悪いのよ」


 ゆっくり、ゆっくりとサラはザビヤ様をあやすように優しく語り続ける。


 ……とぎれとぎれの二人の会話をまとめてみると、サラは王様の「寵愛」を受けたらしい。美しい踊り子。目に留まって、王の側室に、と、それは私がアザレア・ドマの知識として知っているイドラのお母さんの話と同じだった。


 けれどサラとザビヤ様の会話には、なぜ踊り子に子供を産ませたか、その先の話まで含まれていた。


 王家の最初の子は魔の卵となると、そういう話。


 古い約束。

 この国を作る時に、初代の王様がそう約束した。


 お前に力と王冠をやろう。

 けれども、だけれども、その変わり。

 最初の子は魔獣の卵の殻になると、等価交換。物々交換。

 神の獣の対なる魔の獣。

 

 なので代々の王たちは、それこそ初代がその自分の子から、「最初の子は産まれた時に殺す」とそうしてきた。でないと魔獣が蘇るからと、それは正義の行いだとそのように。


 ザビヤ様が泣く。

 歴代の王たちが寵姫を置き、子を産ませた。子は難産で生まれて死んだ。身分の低い女の子だからと名を残されることもなく、葬儀を上げられることもない。


 その亡骸は鉄に混ぜられ溶かされて、神の獣を繋ぐ鎖となった。


「「こんな国滅んでしまえ!!!!」」


 と、ザビヤ様が叫ぶのと、私が叫ぶのは同時だった。けれどびっくりしたのは私だけ。ザビヤ様に私の声は聞こえない。


「そんなこと言わないで。ザビヤ」


 けれどもサラは、そんなザビヤ様を窘める。


「あの王冠を被った男はクズの糞野郎だけど、この国にはあなたがいるし、良い人もいるじゃない。だからいいのよ。私はいいの。あなたじゃなくてよかったって、思ってるのよ」


 だから何も心配しないで、気にしないで、とサラが続ける。

 美しかった踊り子の金の髪は色あせて、縮れている。手足につけられていた美しい鈴の装飾品は今はなく、サラが話すと喉がひゅうひゅうと鳴った。


「でも、それでも何か一つ、私に贈り物をくれるって言うなら。そうね、あなたの子の名前をつけさせて。そんなことができたら素敵ねって、名前をずっと考えていたの。私のつけた名前をあなたが何度も呼んでくれて、あなたがその子を愛してくれたら、私も、このお腹の子も幸せだわ」


 か細い声で、祈るように、願うようにサラが語り続ける。

 誰にも奪われないようにと必死に喉の奥に隠した宝石を取り出すような優しい声で、サラは子供の名前を呟いた。


「タリムと、その子に名前を贈らせて」






つまり、どういうことだってばよ…('ω')

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