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22、冬編笠に夏頭巾



 冷静によく考えて欲しい。


 全力疾走で、素晴らしいフォームで宮中を駆け抜けたとして。


 よく考えて欲しい。


「まい、ご……っ!!!!!!!!!!」


 私は柱の陰に隠れてガタガタと震えていた。


 追ってくる人たちを躱しつつ、さらに人に見つからないようにとひと気のない方、ひと気のない方へ進むと、それは当然。知らない場所。つまり、迷子になるに決まっている。


 私は仕立ての悪魔の指輪にお願いし、衣装をこの場にいて不思議ではない格好。動きやすいがドレスではない。少年給仕が着ているようなお仕着せに変更し、長い髪もぐるぐると巻いて帽子の中に押し込めた。これで、一見はどこからどう見ても少年使用人で、それはいいのだけれど、とにかく迷子。


「お、お家に……帰りたいッ!!」


 全力疾走し疲れて疲弊した心に染みわたる、イドラのお屋敷での手厚い待遇。

 すぐにお風呂に入れてもらえるし、なんなら力加減を頑張って覚えたレヴィ三姉妹の素晴らしいマッサージも受けられる。当然バラの花びらが浮かんだお風呂だし、お風呂に入りながらいい感じに紅茶を堪能することもできる。


 夜更かしできるように三食昼寝付き……。夜はふかふかのベッドで眠れる。


「うぅっ……こんなところもう嫌……お家に帰りたい……」


 いや、来たのは自分なのだが、私はあまりの心細さに泣きべそをかく。かいたところでどうしようもないが、なんだか色んなことがこのわずかな時間で起こって、嫌になった。


 しかしいつまでもぐずぐず泣いていたって、ここにはイドラ殿下はいないのだから、私が泣いていても誰も下手な慰めをしてくれたりはしない。


 私はひとしきり愚痴って泣いてすっきりすると、スン、と鼻を鳴らして立ち上がった。


「まぁ、それはそれとして。とにかく戻ろ」


 お家帰りたい、なんて言い続けたところで自分の足で向かわなければ帰れない。私にカボチャの馬車はなく、また、今、私が帰りたい場所へは自力で戻れるのだ。よく考えたら泣く必要などこれっぽっちもない。そう考えると先ほどまでの悲しい気持ちが一切消える。

 

 これはあれだ。

 私はよく頑張った。

 嫁姑問題なんて古今東西うまく行く方が珍しい。異世界ならもううまく行かないのが当然でいいんじゃないか。いいだろう。よし。


 これでもちょっとは上手くやろうという気持ちもあったし、イドラが周囲にどう思われているか、少しでも良く思われるように何かできないか、なんて考えてこんな場所まで来てしまったけれど。


 イドラは私が王宮でうまくやることなんか望んでないだろう。


 アザレア・ドマのこととか、まぁ、色々、気になることがないわけではない。けれど、私がべそべそ泣くほど、嫌な思いをしてまでしなければならないようなことなど……ないな。うん。


 私がすべきこと、したいことは、イドラを、私に優しくしてくれたあの根性曲がりが、朝日に怯えないですむように傍にいることだ。


「……よし、多分こっち。なんとなく。全く心当たりがないけれど!!」


 右良し、左良し、と周囲を確認して私は指さし確認。


 いつの間にか全くひと気のない建物の中に逃げ込んでいて、ここならうかつに行動しなければそう人に見つからないだろうと言う安心感があった。けれどいつまでもいられない。サクっと日が沈んでしまえば、イドラが本日の招待状を受け取った妖精たちに囲まれて途方に暮れてしまう。それはそれで見て見たい気もするが、途方に暮れるより、妖精たちを威嚇してみんなが逃げてしまう方があり得そうなのだ。


「……なんか、すごい雨も降ってるけど……」


 建物から窓の外を見ると、土砂降りだ。


 雨天決行。その場合は良い感じに改造した納屋で物語を行うので、それはそれで味があって良いだろう。今のところ晴天に恵まれていて出番はなかったが、私は用意周到なのである。素晴らしい。誰も褒めてくれないが。


 雨の中走って戻れば、より入浴タイムが楽しめる。前向きに考えることにし、私は外に飛び出そうとしたが、しかし、ふと何か、妙な音。鈴を転がすような音を聞いた。


「……?」


 人の気配のない建物。

 か細く魔法の明かりはついているレンガ造りのその場所の、奥の方から鈴の音が聞こえる。


 ……こういう時は行かない方がいい。たとえば怪奇現象のある空き家で一人にならないとか。殺人鬼のいる館の中で単独行動しないとか、そういう生存フラグについては物語を多く知る私なので当然わかっている。


「……つ、捕まった……!」


 けれどその音を認識してしまったからだろう。


 私が無視して外に出ようとしても、出口がない。

 窓から出ようとしても開かない。

 割ろうとしてもびくともしない。


 大声を出しても誰もこない。


 怪異に捕まった感覚が、物凄くする。


 私はもう観念するしかないだろう。


 とても嫌そうな顔をして、私は音のする方へ歩き出した。



この話を書き始めた時に、実はイメソンなどがあるのですが…そういうのがあまりお好きではないひともいると思うので…もし、ご興味があれば……蜘蛛が蝶に恋をする、歌を……ぜひ聞いてみてください。古い曲ですが。お腹を空かせた蜘蛛を英訳したタイトルです。

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