19、秋茄子は嫁に食わすな
「皇太后の茶会では何か物語を披露すると良い」
私をエスコートしながら神獣さんはそんな助言をしてくれた。王宮内の、広場へ向かう道には綺麗な花が沢山咲いている。けれどそのどれにも視線をやることのない神獣さんはただ真っ直ぐ前を見ていた。エスコートを買って出ただけあって、歩みは私に合わせてくれている。
「と言っても、どんなものが良いか見当も付きませんよ」
「貴族や王族を批判するようなもの、有権者が悪というような類いは止めておいた方がいいだろうな」
「ですよね。かといって、あんまりに庶民的過ぎてもイメージや共感、感情移入がしにくく盛り上がりにかけるかと」
その点、妖精達はとてもよい聞き役だった。異世界のあれこれ、明らかに文化や価値観が違う内容であったとしても「へぇー!」「そうなの!」と純粋に受け取り、ただただ楽しむということをしてくれた。しかし貴族、王族はそうもいかないだろう。庶民がヒーローになる話は嫌だろうし、かといって末の王子が無能な兄たちに代わって王位につくような話をしたら、イドラ殿下が疑われる。
ほどよく身分の高い人間が主人公で、そしてできれば女性が主人公、さらには王様あるいは王子様は正義の人でなければならない。
「物事は単純明快な方が楽しめる。そうさな、勧善懲悪、悪人が裁かれるものなどはどうだ?貴女の識る中にはないか?」
……顔が小麦製品で中に小豆の加工甘味が入っている必殺技がグーパンのヒーローとか、だめだろうか。だめだろうな。妖精さんたちはパンがヒーローでもブーイングはしないだろうが、貴族にはウケないだろうな。面倒くさいな。
もう普通にシンデレラとか一般的なやつでいいんじゃないかと私は諦めかけるが、下手に……継母な参加者がいたらまずい。それによく考えたら、皇太后様はイドラの継母だ。継母=いじめる人、というような物語は良くない。あと愛された数ということで原作を語る場合、継母とその姉たちはわりと無残な末路になる。貴族をそんな目にあわせてウケるとは思えない。本当に面倒くさいな。
「あ」
「何か思いついたか」
ほどよく身分が高い若い女性で、そして貴族や王族ではない悪人が出てきて、そして王様に懲らしめてもらえる丁度良いお話があった。文化的にもそうここと大差ないだろうし、話も通じやすいだろう。
私は頷いて念のために神獣さんにあらすじを伝え「こういうのはどうです?」と確認をしてみた。
「ほう、ほう……それはそれは。うんうん、良い。期待以上だな!」
簡単に伝えただけだが、神獣さんはとても喜んだ。笑うとぱっと、明るく幼い顔になる。私もなんだか嬉しくなって、よし、この話で行こうと勇気づけられた。
*
こちらを値踏みする、あるいは粗探し、いちゃもん、まぁ、言い方は何でも良いのだけれど。とにかく、本来の時間から大嘘をつかれ「遅刻した無礼者」というレッテルを最初から貼られそうになった私だが、神獣さんと一緒にやってきたことで、ある程度、その悪い評判は緩和された。
「すまないな皇太后。お前の客であることは知っていたのだが、我が友の伴侶ということで気になり呼び止めてしまった。時間に遅れた?そうか。だが、日や月は間違えていなかったのだから別に良いだろう?私もついうっかり百年寝過ごしてしまったことがある」
庇ってくれているようにも感じるが、なんとなく神獣さんは私に対してイドラへ抱いているような親愛はなさそうだった。なのでこれはイドラのために私を援護していると、そう判断していいだろう。
さて、皇太后陛下のお茶会。
と言ってそれほど大規模ではなかった。当社比。屋外に丸いテーブルがいくつか設置され、素敵なアフタヌーンティーが楽しめると、そういう会場。既に参加者、女性達は着席している。男性は神獣さんと使用人たちしかいない。
「ソドム様。貴方の気まぐれにも困ったものですね」
日陰の、一番綺麗な場所にいる立派なドレスの中年女性が口を開いた。あの方が皇太后ザビア陛下か。私はそちらの方に顔を向け、眉をひそめた。
「貴方がアザレア・ドマですか」
皇太后は私をちらり、と見て目を細める。すぐに側の女性達がひそひそと、扇の内側で何か話し始めるが、もちろん私には聞こえない。
うーん。格好は完璧なはずだ。
周りの女性達と見比べてみても、形は似ているし、色も派手過ぎていないと思う。ただまぁ、少しばかり……明らかに、私のドレスの方が上等っぽいが……。
「あれには随分と、良い暮らしをさせて貰っているようですね」
皇太后の言葉に私は何も答えなかったが、そもそも私の発言を求めていらっしゃらない皇太后は言葉を続ける。全身を眺め、目を伏せた。
「無礼ですよ皇太后陛下!この娘……陛下よりも大きな真珠を身につけています!」
それ以上皇太后が何も言わなくなって数秒、耐えきれなくなったのか金切り声を上げたのは……私の側のテーブルに座っている女性だった。モブだな。
彼女に次いであれこれと、私の装飾品についてあれこれ言ってくる女性達。ドレスコードについてちゃんと書かれていなかったが、あれか。暗黙のルールとかか。それなら仕方ない。仕方ないが、この装いはお屋敷の皆が私のためにと、皇太后陛下にいじめられないようにと仕立ててくれた鎧である。
私がそれを不利だと感じてはいけないし、そうなるように受け入れてもいけないのだ。
「これは」
ひとしきり非難の嵐が吹き荒れるのを待ってから、私は自分の首を飾るネックレスに手で触れる。
「報酬です」
「はぁ!?」
「何を言ってるの!?」
「もう一度申し上げます。これは報酬です。イドラ王弟殿下をお救いした私への、王族へ貢献し続けている私への正当な評価、報酬です。恐れ多くも皇太后陛下の御前でこれを身につけることは当然ではありませんか」
騎士が立てた武勲を勲章として貰うなら、王族の前でその勲章を身につけるのは当たり前だろう。
ついでに私は今、ちゃんと離婚が成立していないことを突っ込まれる前に自分から予防線を張る。
「私は今、イドラ王弟殿下の治療師としてお側にお仕えしております。自分に尽くす者をどのように王弟殿下が扱われるか、報いてくださるか、皆様もイドラ王弟殿下の慈悲深さはよくご存じかと思います」
言いながら正直なところ、慈悲、あるかな……と思いはしたが、それはそれ。ここでおおっぴらに、イドラが自分の専属医を冷遇する、褒美の一つも与えないケチな男だと指摘は誰もできないだろう。何しろ側にはイドラのマブダチ、神獣さんがいる。
私はイドラの名誉を守るためにあえてこうした格好で堂々と乗り込んできたのだと、そのように主張し、そしてそれは周囲に渋々と受け入れられた。
粛々とお茶会が再開される。
私はてっきり、末席で冷めた紅茶と干からびたお菓子でもかじっときな!という扱いを受けるのかと思ったら、意外なことに……皇太后様の隣に座ることになった。
……まだ何かしてくるのか。
神獣さんはご自分の定位置があるのか側に居ない。大きな木の下のテーブルで、なんだか若いご令嬢達にちやほやされている。おじいちゃんと孫?
「それで、ドマ家の娘、貴方はどうやってあの怪物に取り入ったのかしら」
意外にも適温、香りのよい紅茶を頂いていると、なんともまぁ、ストレートに皇太后陛下が話しかけてきた。それでもご様子はまさに貴婦人。大変品のあるご様子なのだから、貴族ってすごい。
「グリン伯爵家での貴方の噂は、ねぇ?」
「えぇ。わたくしたちも存じておりますけれど……」
「常々、わたくしたちは尊敬しておりましたのよ。夫を立て家を守ることがわたくしたちの務めだというのに……あぁも奔放に出来る方がいるなんて、と。ねぇ?」
おほほほほ、と、なるほど。THE皇太后陛下のとりまきたちのそろったテーブル。私が何も言わずとも、これまでのアザレア・ドマの振る舞いであれこれと蜂の巣にされる布陣が整っている。
とりあえず私は黙って、彼女たちの話に耳を傾けた。
アザレア・ドマの噂話について、彼女たちほど面白おかしく語ってくれる人たちはいないだろう。私は自分がアザレア・ドマではないと強く思うために、できるだけ彼女のことを知らないようにしていた。けれど私は今、アゼルという名をイドラが呼んでくれている。そして彼女たちが語るのは真にアザレア・ドマの姿ではなく、あくまで、彼女たちが知る、噂話の中の彼女。それは一つのキャラクターのようなものだ。私の自意識に干渉できるほど強いものではない。
アザレア・ドマ。
悪名高きドマ家の娘。
社交界にデビューした時にはその深紅の髪に緑の瞳が話題になった。年齢はまだ16歳。若い。夜会で出会ったグリン伯爵に一目惚れして、しつこく彼の後を追いかけた。その熱はあまりにも苛烈で、グリン家が急に事業に失敗し、ドマ家の援助を受け入れなければならなくなったのは、アザレア・ドマに関係あるのではないかと、そんな噂話。
グリン伯爵は幼なじみの少女と恋人同士であることは社交界では誰もが知っていた。けれど家門のためにグリン伯爵はドマの悪女を受け入れなければならなかったと、悲劇が面白おかしく語られる。
「ねぇ、わたくし、ずっと聞いてみたかったんですのよ。なぜ貴方はあれほど執着されたグリン伯爵への興味をあっさりと失ってしまわれたの?」
おしろいの濃い女性が、興味津々と問いかけてくる。
結婚式のその日以降、アザレア・ドマはグリン伯爵の前に顔を出すこともほとんどなくなったらしい。本邸の離れで男たちを引きずり込んで自由奔放な生活。そこはさすがに、この場の女性達は言葉をお上品に選ばれて話されたが。
「やっぱり手に入れた途端、興味がなくなってしまうのかしら?」
「それともグリン伯爵の、幼なじみのレディへの愛が不滅であることをお認めになられたの?」
「心までは手に入らないと、さぞ苦しまれたでしょうね」
私は彼女たちの話を黙って聞き続けた。誰も別に、私の答えを待ってはいないのだ。ただ当人の目の前で、自分たちの聞いた噂話を面白おかしく聞いて、そして私が右往左往するのを見てみたいと、一種のエンターテイメント。
全く記憶にないことで、私は何の感情もわかないが。
自分ではない人の、しかもあまり興味の無い話題を延々と聞かされるというのがこんなにつまらないものだとは。
しかしアザレア・ドマ。
……彼女は何がしたかったのだろう。
*
どうイドラを誘惑したのかと、皇太后陛下があけすけに質問されたのは、私の噂話がある程度出そろって暫くしてからだ。
「誘惑。私がしているのは、イドラ王弟殿下の庭に、妖精を招くことでございます」
私は丁寧に言い換えた。
ものを語るのが私の仕事。妖精の庭に花を咲かせて、そしてその妖精の粉でイドラ殿下は人の姿でいられると、おとぎばなしのような本当。それはこの国の誰もが知る話のはずだ。そしてもうイドラ殿下に聞かせる物語が尽きていたことも。そう考えると私は王家の人間を救った聖女的に崇められてもいいはずだが……イドラの人望がないばっかりに仕方ない。
私が言うのを待っていたかのように、神獣さんが立ち上がり、皇太后陛下の後ろに回ると「これも一興。あの娘がどのようなものを語るのか、聞いてみては?」と提案した。
そうしてあれよあれよと、私が物語を語る場が整えられる。
着飾った貴族の女性達が聞き手だが、こうなると、毎晩妖精達を前にしていることと同じだ。既に何を語るのかの選別も済んでいる。
私は居住まいを正し、ゆっくりと口を開いた。
語る物語の、主人公は美しい王女様。美しい母、皇后様を亡くし他国へ嫁がれることになった。
一緒に他国へ行くのは侍女とそしてファラダというロバ。
けれど美しい王女様は、旅の途中で自分の身分を卑しい侍女に奪われてしまう。侍女が王女となり、他国の王様と結婚し、気の毒な王女様は使用人の身分に落とされた。
このあたりで、聞き手の女性達が王女という高貴な身分の女性の不幸に涙し、侍女の身の程知らずな振る舞いに憤った。
けれど王女はその美しさと心優しさから、王女であるという正体を王様に気付かれてハッピーエンド。侍女は中々酷い末路を迎えるが、不相応な身分を欲した下賤な女がきちんと報いを受けたと、皆さん大喜びだ。
ちなみにあえてぼかしているが、王女様、別に何にもしていない!
泣いたり悲しんだり、どうして自分が、と悲観に暮れているが、侍女に「水を汲んできて」と言われてきても「はい」と大人しく従うし、がちょう番にされたときも大人しくその仕事をしている。勇気や決意、王族としての威厳などちっともない王女様だが、美しいか弱い、可憐なのでOKなのだ。こういう透明度が貴族の女性達にはウケた。彼女たちは自分たちと違う価値観を持った自立的で開放的な女主人公より、自分たちが大人しく微笑んでいるだけの存在であることが美徳であり「正しい振る舞いを誰かに見初めてもらえる」という物語を喜んだ。
私の元の世界では「ガチョウ番の娘」と言う名で知られる童話。
語って、周囲の反応が大変良かったのに満足した私は、ぎくり、とそこで表情をこわばらせた。
「……衛兵!この娘を……捕らえよ!!!!!!!!」
激高し、顔を真っ赤にした皇太后が、私に向かって叫んだ。
残り数話程度となってまいりました。
毎日読んでくださっている方々ありがとうございます。励みになります、とても。('ω')
ところでこの連載が終わりましたら、多分神獣ソドムくんがヒーロー役になる女主人公転生モノなど書きたいです。予定は未定です。




