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17、茨


 アゼルと呼ばれるようになって、私はこれまで感じていた不安が嘘のように消えていた。

 自分の名前は思い出せない。それは辛い、けれどそれはそれとして、なぜだろう。


「アゼル」


 イドラが私の名を呼ぶ。悪魔を怒鳴ってこき使うような人が、これほど穏やかな声が出せるのかと名前を呼ばれる度に驚いていたけれど、今ではもうすっかり、やさしい声で呼ばれるのが当たり前になってしまった。


 自分の姿が、立ち位置が、影の色が落ち着いてくると私には周りをよく見る余裕ができた。そうしていくつか、疑問点。不思議なこと。私は物語をよく記憶している。漫画やアニメや映画、小説、絵本、色々なものが好きだ。好きだということは、その不思議、辻褄についてもよく考える。


 奇妙なのだ。不思議なのだ。1つ、辻褄が合わないことがある。


「私を殺そうとしているのは王様。イドラのお兄さん。私をどうして殺すのかしら」


 独りきりになった部屋で、私は天蓋付きのベッドを見上げて呟く。


 私はイドラに有用だ。有益だ。

 イドラは王弟。大切な、王様の家族ではないのか。悪魔たちの話によれば、妖精たちの噂話によれば、あるいは暇なのか日を開けずにやってくる神獣さんの言葉によれば、イドラはこの国に「必要」だった。魔法薬に通じ、その強い力は軍事力として有効だった。と言って、屋敷の外には出られないらしい。けれど国を攻めればかならずイドラをどうにかしなければならず、抑止力になるという。それにイドラは数多く、趣味、手慰みの一貫でしかないらしいが、多くの魔法道具、武器や武具を作り上げた。それはこの国を強国にしたそうだ。

 屋敷から引きこもって出てこない、呪われた王弟殿下であったとして、イドラはこの国に有益なのだ。


 けれど庭が枯れてか細く生きていた。イドラは「惨めな生」と吐露した。


 私がいれば庭は華やぐ。

 今夜も庭には妖精たちが集まり、美しい光が花を生み、イドラは何の心配もなく今日も明日も、私の名をやさしく呼んでくれる。


 私は自分がイドラの役に立てていることに安心した。

 名前をくれて、居場所をくれて、私が少しでも困らないようにと悪魔たちに「何かあったらお前たちを潰す」と言い聞かせてくれているイドラに、私がちゃんと「役に立てている」実感が湧くことが嬉しかった。


 良くしてもらっている。その理由がちゃんとわかって安心した。


 だというのに、王様は私を殺そうとしたのだ。


 神獣さんは詳しく語らない。イドラもあれっきり、私が神獣さんに殺されそうになったことを話に出さない。二人の中ではもう終わったことらしいのだけれど、私はちっとも、何一つ納得していない。


 だから、疑問だ。

 奇妙なのだ。辻褄が合わない。


 イドラは死にかけていた。それは間違いないのだ。

 王様は、王弟であるイドラに物語をこれ以上用意できなかった、のではないか。だからイドラは妖精の死骸を砕いて粉にして吸っていた。


 なのに、私を殺そうと決めた。


 疑問だ。奇妙だ。


 辻褄が合わない。


 この国にイドラが有用なのに、王様にとって弟なのに、イドラを、妖精王の呪を緩和できる私を殺そうとしたのはどうしてか。


「……何か、間違えているような」


 違和感。


 結果を考えてみる。

 私が死ぬ。私が死んだら、物語は紡がれない。この世界のありとあらゆる物語は既にイドラが語り尽くしてしまったと、そういうはずなのだ。

 だから私が死ぬ、あるいはいなくなれば、イドラも死ぬ。怪物になってしまう。


 王様がイドラを憎んでいて、それで、死んでくれと思うにしては婉曲的に過ぎやしないだろうか。


 何か変だ。

 何か間違えているような気がする。


 そもそも、物語がなければイドラは怪物になる。そういう妖精王の呪い。そう聞いているし、イドラもそう思っている。それなら、私が死ねば、イドラは怪物になる、だけといえばそれだけだ。それが王様に必要なのだろうか。


「アゼル様。アゼル女主人様。アゼル奥様」


 おずおずと、声をかけてくるのはレヴィだ。一度ひき肉にされたとは思えない、傷一つない美しい顔をこちらに向けて小首を傾げてくる。部屋に入る時はノックをしたほうが良いというのを伝えると、レヴィは嬉しそうにした。使用人として扱われることを女悪魔たちは妙に喜ぶ。


「奥様に招待状でございます」

「招待状」

「御主人様の母君、つまり人間が、この国でいうところの最も身分の高い女性、皇后陛下からの招待状でございます」

「……」


 え、いらない。

 破って捨てたら駄目なのか。駄目なんだろうな。


 私はとりあえず開封し、目を落とす。

 なんともまぁ、偉いお方が上から目線のお茶会への招待状。

 簡単に言ってしまえば姑が「挨拶にこないなんて不出来な嫁だこと」とごてごてと飾り立てて金と花で綴っている。


「イドラのお母様」

「はい、さようでございます、アゼル奥様」


 奥様と呼ばれる立場ではない。まだ離婚は成立していないのだが、彼女たちはそう呼び続ける。なので私もすっかり、奥様なのだな、という気持ちになってしまう。これが悪魔の言葉なのかと染み込んでしまう。まぁそれは今はいいとして。


 お茶会。

 明日だそうだ。なんとも急だ。あまりにマナー違反だと思うが、彼女いわく、姑に挨拶にこない私の方が非常識らしい。まぁ、いいか。


 私は少し前からの日課、何も書かれていない白紙の本に今夜の分を書いていく。

 今日語った物語、ではない。


 私がイドラへできる贈り物だ。

 私が識る限りの物語を紙に書いて残そうと、私はイドラがアゼルと呼んでくれた日に決めた。この本があれば、イドラはきっと喜んでくれるだろう。

 私が元の世界に戻ったあとも、イドラが妖精の粉に不自由しないように書けるだけ書いておこうと私は決めた。


 イドラは自分なら、私を元の世界に帰す方法を知れると約束してくれた。だから、それまで私はもう悲しむ必要はなくなって、かわりに、自分がいなくなる日のために、できる置き土産をせっせと書き綴っていた。




けして!けして!毎日更新を!止めないと祖父母に誓ってるので、今、駅のホームで書いてます。

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