15、中秋の名月
「突然すまないな」
私を殺しに来たという殺し屋さんは、にこにこと妙に親しみを感じる笑顔を向け、軽く手を上げた。
茶色い髪の頭には何やら立派な角が二本。
「竜とか?」
「ハハハ、まさか。何、ただの獣だ」
「神獣がほざくな」
嫌そうに吐き捨てるのはイドラだ。私の言葉にスタスタと柵までやってきて、イドラは軽く手を上げ、以前グリン家の騎士たちにそうしたのと同じ動作をしたが、特に何も起きなかった。
「ただ少し、長く生きる程度の獣だ。卿らとなんら変わらぬ、物を食い、寝て歌う生き物だよ」
神獣。つまり、王家の守護獣か。私は思い当たる記憶、私のものではないが、知る情報に頷いた。
イドラ殿下のご実家であるスレイン王朝は初代国王が神獣と契約して建国した国だった。
その神獣、名はソドム。
「王家の守護獣さんに殺される覚えはありませんが」
私は眉をひそめた。イドラに対しての不敬罪とかなら確かに弁解の余地もないが、しかし今更では?私がこのお屋敷に住み着いて3ヶ月だ。魔訶不思議アドベンチャーは第一部が終了し、オペラ座の怪人で妖精たちが公爵にブーイングし、稲妻の傷のある魔法少年モノで「永遠に愛してる」のセリフで妖精たちが号泣した。
今夜は古典として竹から生まれた美女が無理難題をふっかける話でもしようかと、そんなことを頭の隅に考える。
「無論、そうだろうとも。哀れな娘よ」
神獣というその男性。気の毒なご様子を全くしていないが、目を伏せうんうんと頷いて言う。けれどこちらを小馬鹿にしているとか、そういうふうではない。哀れむことへの表現が人間と同じではないのだろう。
「しかし契約は契約なのだ。私は貴女を殺すためにここへ来た」
「この俺がそうさせると思うのか」
「無論、そうだろうとも。友よ」
…………。
……友!!!??
「イドラ殿下、ご友人なんていたんですか!!!!!」
「そこか、人の子」
「俺に友人がいて何が驚きだ」
友人……フレンド、つまり……お友だち。
「……この世界、私の知っている友達の意味と違ったりしませんか?」
「友は友だ。貴女はおもしろいことを言うな。私が貴女を殺しに来たと告げた時、さほど驚いた様子はなかったが、貴女はこうしたことで驚くのか。実に愉快だ」
ころころと、神獣は喉を震わせて笑う。
私は眼の前の、人の善意を集めて人の形にしたようなお兄さんが一体私にどんな加害をするのかと、まったくイメージがわかなかったのだ。
「我が友の伴侶というのなら、私にとっても友人であると言いたいものだが、世というのは中々思い通りにはならないのでな。こればかりは仕方ない」
じゃらり、と神獣さんはご自分の首と耳、それに両腕がつながっている鎖、その先の枷を示した。
「代々の王に仕えると約束してしまっている。気の毒だが、王が貴女を王家にとって不都合な存在であると決めたのなら、私はそれに従うほかあるまいよ」
「あの愚兄は死にたいのか?」
殺し屋さんが雇い主の殺意を話してしまっていいものか。まぁ、そもそも姿を現している時点でイドラにはわかっていたことだろう。
「愚かで大人しいだけがあいつの価値だろう。それともついに王冠の重さに耐えられなくなったか?」
「全ての存在が賢く生きられるわけではないさ。卿の兄は賢くはないが愚かではない。頭上の剣の恐怖と今も戦う者を、その鋭利さを知らぬ卿が笑うべきではない。それともついにその座につく覚悟ができたか」
神獣さんの言葉をイドラは一笑にした。
側で聞いてると、どうも、王位簒奪とかそういう物騒な話にしか聞こえないし、私はイドラが王様になったら国が滅ぶと思う。あまりの傍若無人に誰もついてこなくて国が廃れて滅びる。イドラを王様にしないというだけでも今の王様は素晴らしい功績があると言えるのではないか。
「さて。そろそろ貴女の心臓を貫きたいのだが、構わないな?」
「構いませんとか言うわけないじゃないですか???」
にこにこと、後手にまわして小首をかしげる神獣に、私は全力でツッコミを入れた。
「……あの、私を殺すうんぬんについて……1つ提案があるのですが」
このままじゃこの、一見は人畜無害そうなお兄ちゃんに一瞬で殺される。そんな予感があった私は、ひょいっとイドラの後ろに周り、顔だけちらり、と出して挙手をした。
お疲れ様です。いつもありがとうございます(◡ω◡)
カラオケ行こ!が実写映画になっていたのでNetflixで観ました。頭の中でずっと紅がかかっています。皆様お元気ですか。
20話か30話くらいで終わりたいのでもうひとふんばりです。