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13、危急存亡の秋


「ち、近づくんじゃないわよぅ!!この悪魔ッ!!」


 おっかなびっくり、びくびくと、下級妖精は怯え恐れながら必死に身を穴の隙間に隠した。やっとか細い光からちょっとだけ形をとることができるようになった程度の妖精。それでもあと何年か、豊かな王家の庭で神気を浴びていたら何かの宝石か花に宿ることができるんじゃないかと、そんな希望をもっていた。


 今夜もせっせと働こうとしていた下級妖精の元に、ひょっこりと現れたのは悪名高い上級悪魔ブライドだった。薄ら笑いを浮かべ、見えているんだかいないんだかわからない細い目の隙間から、悪魔の赤が見える。


「そんなに怯えなくても良いじゃありませんか。僕は貴方と仲良くしたいだけなのですよ」

「うぅうう、嘘をつくんじゃないわよぉぉおお!あんたたちに連れてかれた妖精たちがどうなったか……!!あの怪物のために力を抜かれて粉々に砕かれるんでしょぉぉおおお!!」


 ブルブルと下級妖精はとにかく怯えた。全力で拒絶する。いかに上級悪魔ブライドであっても、王家の神聖な庭の穴……大地の加護の強い隙間に入りこんだ自分を無理やりほじくり返して虫かごに入れることはできないはずだ。たぶん。


「ふむ。困りましたねぇ……」


 ブライドの悪魔は全く困っていないような声で、表情だけ、悪魔らしく整った顔に浮かべると懐に手を入れた。


「ひぃっ!」


 何を取り出す気なのか。下級妖精は目をぎゅっと閉じた。


「僕はただ、アザレア・ドマ女主人様からこれをあなたに。この庭で過ごされている妖精の皆さんにお渡しするようにと仰せつかっただけなのです」

「……へ?」


 悪魔の口から出た名前と、そして目を閉じた下級妖精の鼻にふわりと香った匂いに下級妖精は思わず目を開けてしまった。

 そこに差し出されていたのはおぞましい悪魔の道具や妖精の死骸、虫かごやピンなどではなく、貴重な紙……木や葉を加工して美しく整えた紙、人間たちが言葉のやり取りに使う便箋というらしいものだった。


「…………こ、これ……あたしに?」


 何か香水を振りかけているのか、良いにおいがする。真っ白い招待状だ。下級妖精は目を見開いた。


「えぇ、ぜひ受け取っていただけませんか。今夜、これから空の月があの塔の真上にくる頃に、妖精の皆さんをお招きして我が女主人アザレア様がささやかなパーティーをと」

「そ、それってつまり……お茶会ってこと?」

「えぇ、そうですよ」

「招待……あたしを」


 じぃっと、下級妖精は真っ白い招待状を見つめた。


 人間の貴族たちが敬意を払うのは、力の強い上級妖精や中級妖精たちだ。人の尊敬や愛を受けた妖精は輝き、宝石や花を得る。羽根は輝き、人間たちの作るお茶やお菓子をたっぷり楽しめる。


「……で、でも!騙されないんだから!罠でしょう!こうやっておびき寄せて……標本にする気でしょう!!」

「そのようなことは致しません」

「悪魔のいうことなんて信じられないわ!」

「ごもっともではありますが、悪魔は嘘は申しません。こうして招待状をお配りする身、信じていただけないことはとても悲しくあります。ですが、悪魔の僕を信じられずとも、宣言をすると言えばどうでしょう?安心してくださいますか?」

「……ほ、本気?」


 下級妖精はブライドが言わんとすることを悟った。


「えぇ、本気です。招待状を受け取り、我が女主人の夜の庭へ来ていただけるということでしたら、そのお帰りまで必ず、この私があなたをお守り致します。この傲慢の悪魔がこの名にかけてお約束致します」


 にっこりと、上級悪魔は己の胸に手を当ててそのように誓いを立てた。さらりと言われた言葉だが、悪魔が誓う。それだけでその言葉は強い力を持った。神は必ず見ている、聞いている。


「……」


 下級妖精はじっと考えた。


 悪魔は妖精を騙す。

 けれど、アザレア・ドマはそんなことは絶対にしない。


 それに下級妖精は昨晩、おっかなびっくりと近づいたあの魔王の庭でアザレア・ドマが語る物語を聞いていた。


「……」


 楽しい物語に、美味しいお菓子の出る、素敵なお茶会。

 

 ごくり、と下級妖精の喉が鳴る。


「……あ、あたしだけじゃないのよね?ほかにも、たくさん呼ばれるのよね?」

「招待状は他にもございます。皆さん、いらっしゃってくださいますよ」


 自分だけじゃないのなら、そんなに危険もないはずだ。


 下級妖精は色んなことを考えた。


 ……素敵な招待状が目の前にある。


 こんなものを貰うことは、今後何百年、きっと今を逃したらないだろう。

 あまりにも素敵な誘惑だ。けれど、悪魔は危険はないと言う。下級妖精は魔王の庭のことを知っていた。妖精王が祝福した庭。今は枯れ果てているけれど、アザレア・ドマが、ものをかたるとそのようになっていくのなら、そこはとても素敵な場所になるだろう。


 ぶるぶると震えながら、下級妖精はぐっと、小さな、本当に小さな勇気を出して穴から手を出し、招待状を受け取った。



いつも読んでくださってありがとうございます。

エタらない、毎日更新を祖父母の墓前に誓い、「予約投稿すればいいんじゃね?」というもっともな啓示を受けつつなんとかやっております。予約投稿できるブツを書きためる時間が欲しいです。


面白かったら評価、ブックマーク、いいねなどして頂けるととても励みになります。

物書き、何が怖いかと言いますと「……これ読んでる人間が存在するのか」という現実検討をする瞬間でございます。

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