12、一日千秋
「……ギャラリーが……ゼロ!!!!!」
予想していたことではあるが、私はランタンを持ったままがっくりと項垂れた。
再び行うことになりました、今夜の千夜一夜物語、ではなくて、イドラ殿下の内服薬のためのものがたり。昨晩咲いた白い花は妖精の粉を一回分吐き出して、そのままあとは枯れるだけの花となったらしい。
「……」
久しぶりに妖精の粉を服用したからか、イドラ殿下の顔色は月明りの下でもわかるほど血行が良い。あの青白さは死にかけていたからかと私は納得しつつ、私にもわかるほど、妖精の気配が皆無な庭を眺めた。
「最後まで居ついていた下級妖精どももついに見切りをつけたか」
「殿下が脅かすから……!」
いくら妖精王が拵えたという妖精の庭であっても、そもそも訪れる妖精がいなければ花も何もないだろう。私があれこれ物語を用意していても、聞かせる相手がいなければ……役立たず!!あまりに無能な私になってしまう……!!
「適当な場所から悪魔どもに攫ってこさせればいい。これまでそうしていた」
「何してやがりますんですか!?」
妖精を拉致監禁。あまりに物騒。そういえば今朝、突然悪役のプレゼンのようなことをしたが、あれはあれか?イドラ殿下がどれほど恐ろしいかちゃんと私に理解させたかった、ということだろうか。めそめそ泣きすぎて自分のことでいっぱいいっぱいだったので、ちょっと何を言っているのかちゃんと聞いていなかったが、俺はすごいぞ、という自慢は私を怖がらせたかったのか。まぁ、それは今はどうでもいいとして。
うーん、うーん、と私はランタンを足元に置き、腕を組んで考え込む。
「……わかりました」
「何がだ」
「穏便に拉致監禁しましょう。合意の上なら合法です」
「そういうものか」
「そういうものです。合意さえあればこっちのものです」
よし、と、私はいったん踵を返してお屋敷に戻った。
一応まだ日が沈んだばかりだ。私は今夜は夜更かしするつもりがなかったので、ものを語るのは早めにと出てきたのが良かった。
「まぁ、奥様。どうかされましたか」
私がお屋敷に戻ると、リーリム夫人が迎えてくれて何かあったのかと心配してくれる。
「えぇ、ちょっと。妖精さんたちが逃げてしまって」
「あら、なんてこと。それじゃあクラーリたちへ言って捕まえてこさせましょうね。大丈夫ですよ。王家の庭に何匹かいるでしょうから」
「いえ、あの??そういう物騒な方向ではなくてですね……」
「?と、おっしゃいますと?」
私は夫人に用意してもらいたいことがあると伝えた。あれこれと指示を伝えると、夫人がみるみる嬉しそうな表情になる。
「まぁ!なんて素敵なんでしょう!まるで本当にお屋敷のメイド長になったような気持ちですわ!オホホホホ。これまでご主人様はそういったご命令はなさらなかったし、あたくしどももすっかり諦めていましたのよ」
こんなお願いをそんなに喜んでくれるのか。私はどちらかと言えば突然こんなことを言い出してご迷惑ではないかと心配だったのに、リーリム夫人は楽し気にくるくると回り、自分の頭の帽子をかぶりなおした。
「ようございますよ。奥様。万事、このメイド長にお任せくださいまし。お言いつけのご用意はすっかり終わらせてみせますとも。では奥様も、その間にそのお召し物では都合が悪いでしょう。昨晩のうちにご主人様が奥様のクローゼットにドレスをたっぷり用意するようにと仰っていましたので、仕立ての悪魔を閉じ込めておきました。早速しもべになさいませ」
さぁさぁ、と私はリーリム夫人にせかされて、このお屋敷の女主人のために用意されたという衣裳部屋へ連れていかれた。