11、夏の庭、冬の庭
涙で腫れた顔をした小娘が目の前にいる。ぐずっと鼻をすすることはもうしていない。
バスルームから出て、ある程度身なりを整えてイドラと共に食堂で朝食を摂っている。
「……」
イドラはじっとその顔を見た。頬杖をつき、あまりに無遠慮に眺め続けているのに小娘、アザレア・ドマではない娘は気にしない。というより、自身の胸のうちにある悩みに必死なのだろう。だからイドラは自分がどんなに眼の前の小娘を見つめ続けても、その小娘の緑の目の中に自分が写らないらしいことを許してやった。
そしてイドラには今、疑問が3つほどあった。
1つはバスルームでこの小娘が言った言葉に対しての己の感情だ。
帰りたいと、そんな言葉を口にした。
元の世界の話をした。夢を見たのだという。元の世界の夢。戻れたと思ったら夢だった。そうしてこの小娘は泣いた。
イドラはその時、一瞬確かに激昂したのだ。
ふざけるなと、激怒した。
夜の庭で今後何年も、己のために語り続けるような事を言ったではないかと、イドラは憤怒した。
出ていかなかったのはこの小娘だ。だからイドラは、朝になってもこの小娘が自分の屋敷にいたものだから、変わらずここにいることにしたらしいとそのように判断したのに、この小娘がどんな物を好むのか、何一つ知らなかったから、悪魔たちに命じて国中の「朝食」に相応しい料理を用意させた。
それなのにこの小娘は「帰りたい」と言うのか。
そうイドラは激怒した。
あまりに身勝手。あまりに自分本意な怒りだが、それらは本当に一瞬で、周囲の悪魔たちが怯えるほどの時間もなかった。
その怒りは、瞬きの間に消え失せた。
小娘が、アザレア・ドマではない少女が、泣くからだ。
泣いていて、どうしようもなく、恋しいと、家に帰りたいと泣く。泣いてイドラの服を掴んだ。か細く震え、嗚咽を噛み締めながら、ぐずぐずと、イドラがその細い肩を抱くわけでも、慰めの言葉を吐くわけでもないのに、泣くのだ。
イドラの2つ目の疑問だった。
なぜこの小娘は、己の胸で泣いているのか。
イドラが他人を慰め宥められるような性質を持っていないことを、この小娘はわかっているだろう。縋れば叶えてやるような都合の良い男だとでも思うのか。しかしそれであるなら女悪魔のように誘惑をしてくるかといえばそうでもない。イドラにすがらず、けれど独りで立っていることができないから、イドラの服を掴んでいるというような、そんな、あまりにも、いじらしい様子。
なぜ己を頼らないのか。
それがイドラの3つ目の疑問だった。
「俺はこの国で、この大陸で最も魔力が強い」
「……?突然の、自慢??」
「俺ほど魔術に詳しいものはいないし、俺ほど悪魔を従えられ、神に背ける者もいない」
「……??悪人の…プレゼン?」
アザレア・ドマではない小娘は顔をあげ、イドラの言葉に目を丸くした。
構わずにイドラは続ける。
「貴様が。お前が、俺の眼の前の生意気な小娘が、元の世界とやらに帰る方法があるのなら、その魔法、魔術、あるいは儀式は、存在していれば必ず俺が使えるものだ」
「……」
「であれば、見つければいいだけ、あるいは作ればいいだけだ。なら、貴様は故郷の夢を見て泣く必要などなく、忘れないために時々思い出しているのだと、貴様は夢を見て、ただ懐かしむだけで良いだろう」
イドラは小娘の反応を待たずに続けて言い切った。
この小娘はあまりに愚か過ぎる。
「お前が手を取った男がどんな存在か、まるで知らない、無知な小娘め」
今日はモスの月見バーガーを食べました。走ります。