怠惰な悪役大将軍~前世フリーターなんで死亡フラグ満載の脳筋覇王とか目指しません。無事ゆるファイヤしたはずが、英雄となった元部下達がひっきりなしに相談に来るんだが
「これで俺は大将軍の職を辞す。お前達も達者でな」
俺は振り向き、こちらを見つめる元部下の将軍達を一人一人、見ていく。俺たちがいるのは、祖国を離れた辺境の丘。
そして、俺の元部下達はみな、無言だった。
彼らは、苦楽をともにした仲間達だ。
しかし、残念なことに彼らを率いていく立場は、無数の死亡フラグしかない修羅の道。
元フリーターで、紙メンタルの前世の意識を取り戻した俺には到底、勤まらない道なのだ。
──しかしまさか、前世でやり込んだシミュレーションゲーム──ストロング・ストライクの世界に転生するとはなー。しかもラスボスで、主人公達と敵対する国の脳筋かつ怠け者な大将軍、ジュダン・バーミリオンになってしまうとか。
俺は、改めて仲間達の顔を眺めていく。みな、真剣に俺のことを見つめ返してくる。
彼らの顔を見ていると、前世の記憶を思い出してからここに来るまでの、あまりに大変だった出来事が次々に脳裏に浮かんでは消えていく。
なにせ、何もしなければ俺は死亡ルート、確定。それを回避するための行動も、前世フリーターの紙メンタルがばれないように、必死に取り繕いながらやらないといけなかったのだ。
それでも何とか針の穴を通すようにして、さらに部下達、誰一人欠けることなく、ここへとたどり着けた。
そう、俺の大将軍辞任というゆるFIRE。これだけが、唯一の俺の生存ルートなのだ。
もちろん、ゆるFIRE用に将軍職で貯めた最低限の資金は貯金して確保済み。
それに何より俺には元脳筋ラスボスとしての頑強な肉体がある。それを活かせば、いざとなればいくらでも稼ぎようがあるのだ。素晴らしい。ゆるFIRE最高。
ちなみに、部下の将軍達にはそれぞれ可能な限りの、再出発の道を用意している。それが、ここまで俺を支えてくれた彼らへの最低限のお返しだった。
それこそ、有らん限りの伝手と、前世のストロング・ストライクの知識を総動員して選んだ、最良の道だ。
例えば、国一番の戦略家であり智将軍たるケルーナ。彼女には、群島国家での軍事顧問としての再就職の手配をしていた。
また、現代で深淵に最も近い場所にいるとされる魔将軍たるラ=スメラルダ。彼女には遠方の学術都市での、主席研究者の職へ推薦してある。
そして俺の率いていた兵と、その家族をつれて、ここを新天地として辺境の開拓に挑む者もいた。
俺の元片腕たる左将軍にして、うら若き女性ながら、女傑の名をほしいままにする才媛、シエラリード=ポイズナスター。
「シエラ、兵達とその家族を頼む。シエラなら祖国から離れたこの因縁の地を、皆の新たなる故郷としてくれると信じている」
「閣下……必ずや」
俺の簡単な言葉に、感極まった様子のシエラ。
──ええ……ストロング・ストライク最強と言われる女傑シエラが、まさか、涙を見せちゃうの……
女性経験の乏しい元フリーターには、普段凛々しく気丈な女性の涙というのは、見てるだけであまりに毒だ。
俺は元部下達のすがるような視線を振り切り、ひどく狼狽しているのがばれないよう、シエラの涙に背を向ける。
さて、元部下達の再出発先が、こうも祖国から離れた場所ばかりなのは、当然、俺の意図的なものだった。
俺たちが将兵として所属していた祖国は、今の段階でもう、完全に腐敗しきっているのだ。
え、国の中枢が腐敗しているなら軍事クーデターで乗っ取ってしまえばいい?
残念なことに、ストロング・ストライクにはそのクーデタールートもあるのだ。
主人公達の選択肢によって生まれるそのクーデタールートではジュダン・バーミリオン──俺のことね──は無事に軍事クーデターは成功するも、腐敗の直接の原因に取り込まれてしまう。
そして、ジュダンは人外のモンスターとなって、ラスボスとして主人公の前に立ちはだかり、やっぱり最後は主人公に討伐されてしまう。ちなみにその時の見た目はいまの細マッチョな体から、数倍、筋肉が増量した姿になる。まるで筋肉の壁のようなモンスターなのだ。
それは、ジュダンにとっては最悪から三番目ぐらいのルート、ってところだろうな。
まあ、なんにしても、このまま俺が大将軍でいる限りは死亡フラグは免れないのだ。
しかし、そんな心配も、ついさっきまでのもの。
すべての手配を済ませた俺は、意気揚々と大将軍の職を辞して、ゆるFIRE生活を楽しむと決めていた。
え、国への辞職届け?
当然、発送済みですが?
え、ちゃんと手渡ししろ? いやいや、それも死亡フラグだからね。
辞職届けを渡しにいった瞬間、ルートが確定するのだ。ジュダンは、洗脳されて感情を失った脳筋キリングマシーンとして生きることになる。
それは、周辺国家の民を殺戮しつくし、最後に主人公に殺されることだけが救いとなる人生を送るルート、なんだよな。
そんな、転生した意識が覚醒してから、すっかり癖になっていた一人脳内会議の間に、元部下の将軍達と兵達の無数の視線を背中に感じ始める。
一度意識してしまうと、もう駄目だった。俺は、これ以上ここにいると、ボロが出るんじゃないかと不安にかられてくる。そのため、振り返らずそのまま騎獣に騎乗する。
すると、背後からかけられる元部下達からの声。
それに俺は無言で片手をあげる。
それだけで、しんっとあたりが静まりかえる。
俺は静寂のなか、強く拳を握り込み、天高く突き上げる。すると、不思議な現象が起きる。
ラスボスとしての恵まれた力を持つせいか、はたまた単なる筋肉の成せる技か。俺の単なる拳の突き上げによって、辺り一帯にどこか心地よい快音が響き渡るのだ。
──いつやってみても、不思議だよな、これ。ル=スメラルダみたいな魔法でもないし。シエラの得意な闘気とも違うしなー
良い音が響くだけという、俺の特に意味はないその行動。それなのに、一旦静まりかえった将軍達と兵達が、辺りに響く快音に呼応して、爆発的な歓声をあげる。
──うわっ……。さすがに歓声上がり過ぎ……
俺はノリでやったことが想像以上に受けてしまい、怖くて振り向けない。元フリーターのビビりっぷりをなめてもらっては困る。
なので、そのまま騎獣を進ませ、俺は足早にその場を立ち去るのだった。
◇◆
ゆるFIRE開始から半年が経った。
俺は、暇しすぎることもなく、しかし比較のんびりとした独り暮らしを、十二分に満喫していた。
前から目をつけていた草深い森の奥に、一軒家を構え、元ラスボスとしての恵まれた筋力で、諸々とごり押しするだけで、とりあえずは満足出来る暮らしが出来ていた。
「さて、掘り出した石も溜まってきたし、そろそろ街に換金にいくかなー」
そして、今日の予定を決めると、石を運ぶようの背負子を準備する。
実はジュダンの体は、元大将軍にしてゲームとしてのストロング・ストライクのラスボスというキャラ設定の割には背が高くない。
服を着た状態での見た目は、中肉中背がいいところ。
ただ、全身にまとうように筋肉がつき、そして何より、その筋肉は鋭く引き締まったものだった。
そのため、そのほどほどの体躯に反して、ジュダンは驚異的な膂力に恵まれていた。
今も、俺の頭を越すほどの高さがある背負子に発掘した石を満載にしても、楽々と持ち上がる。全身の筋肉が心地よく躍動するのを感じる。
それなのにそのまま背負子を背負っても、筋肉により、動きが制限されることもない。
──いつまで経ってもこればっかりは不思議だよな。たぶんゲームの時のパラメータ的な何かの影響、なんだろうけど。こうしてみると明らかにジュダンだけ異常だよね。
柔らかくしなやかで、まるで変幻自在かのような筋肉に、最初は慣れなかった。しかし半年の森生活を通して、ようやく馴染んできた気がする。
そんなことを考えながら家から出発して森を歩いていたときだった。
何か遠くから音が聞こえる。
──戦闘の音? しかも片方は人間っぽいな。まあ、ちょうど通り道だし、様子を見てくか。
俺は背負子の中身を落とさないようにバランスに気を付けながら加速する。
重さはジュダンの体には大したことないが、なにせ質量がある分、重心が高くなってバランスが難しいのだ。それを鍛え抜かれた体幹で随時調節しつつ、どんどんと加速していく。
さらには、森のなかで枝葉や下草も、そこらじゅうに張り巡っている。
最大限の集中をして駆ける。
──見えてきた……あれは……
「シエラ?」
「閣下っ!」
「いや、もう閣下はやめてくれ」
俺は気恥ずかしくなりながら、シエラが戦っていたとかげを、殴り飛ばしておく。
──ちょっと邪魔だから、あっちいっててね
俺の加速を載せたアッパーカット気味の拳がトカゲの腹部を捉え、撥ね飛ばす。背筋から腰にかけての筋肉が喜ぶように伸縮する。
「ふっ。あれだけ飛べば、しばらくは大丈夫か」
「ち、地龍を一撃で……さすが閣下です。この煉獄と名高い森にお住まいと聞いて、もしかとは思ったのですが……お一人になられて、さらに力をお付けになられたのですね」
そういって、俺のことをじっと見てくるシエラ。そんな彼女も、少し息が切れている程度のようだ。
──あれ……、もしかして手出ししたのは、余計だったかな。女傑として気高いシエラのことだから、あのトカゲ程度なら自分でもそりゃ倒せるだろうし。もしかして俺が横殴りしたの、気を悪くしてる? だけど、トカゲがいたら石を売りに行くのが遅くなるしな……
そんなことを考えていると、じっと見てくるシエラの視線が、被害妄想かもしれないがだんだんと恐ろしいものに思えてくる。
なぜか、やけに熱っぽい視線なのだ。美しい瞳が、まばたきすらせずにじっと俺に視線を注いでくる。
まるで内なる激情を秘めたかのような、それ。
俺は思わずシエラから視線をそらすと、太陽の位置を確認する振りをする。
「こほん。あー、俺はこのあと街に用事がある──」
「申し訳ございません、閣下。お忙しいなか。あの、相談したいことがあります。足手まといにはなりませんので、お話の間だけでも同行させていただけませんでしょうか?」
きっと顔を引き締めて、俺を見つめながら告げるシエラ。
なんだかさっきより距離が近い。
そして何より美人が真顔だと、それだけで女性経験の乏しい元フリーターには、かなりの圧だ。
「……う、む」
そのせいで、よく考えないままに承諾してしまう。そして、一度、了承してしまったからには仕方ない。
俺は緊張気味にシエラに声をかける。そのせいで少々ぶっきらぼうな物言いになってしまう
「──いくぞ。ついてこい」
「はぁ!」
俺の声に、なぜか顔を赤らめ、嬉しそうに返事をするシエラ。
走り出した俺に遅れないように、シエラも走り出す。
無言で俺に続くシエラ。
そのまましばらく走るも、シエラは無言のまま。俺はその無言に耐えきれなくなり、ついに自分からシエラに質問してしまう。
「──それで、兵達の様子はどうだ?」
「開拓に際し、様々な苦難がございました。されど閣下の教えを胸に、みな、奮闘しております。閣下に誇るには程遠いですが、それなりに街と呼べるものにはなりはじめております」
「……うむ」
とっさにそんな返事しか出来ないが、内心では驚いていた。
──たった半年で街規模まで開拓が進むとは。英雄と呼ばれてもおかしくない功績だろ。さすが女傑シエラリード=ポイズナスターだなー。元のゲームで女性では作中最強ステータスといわれるだけある。執政能力値も確かにかなり高かったし。
「そして閣下の深遠なるお知恵をお借りしたいのは、まさにそこなのです」
「──知恵、か」
俺は走りながら冷や汗が背中を流れるのを感じる。
──いやいや、元フリーターに、そんな知恵とか無理だから!
唯一、走りながらの会話であった幸運に俺は感謝する。シエラが後ろにいて、少なくとも俺の焦った顔をみられることはない。
そのため、俺は前を向いたまま話の続きをまつ。
「ジュダニア──街の名には、敬愛する閣下のお名前をお借りしました。住人の総意で決まった名となります。みな、少しでも閣下のことを身近に感じたいとの意でジュダニアと──そのジュダニアなのですが、最近原因不明の事態が生じているのです」
そこで一度言葉を切るシエラ。
しかし俺はそれどころではなかった。
街に自分の名前がつくとか、あまりに気まず過ぎた。
そのせいで危うく森の木を避け損なって、激突しそうになる。
「……閣下?」
「問題ない」
「はっ。街の名に閣下のお名前を頂いたこと、ご了承頂きありがとうございます。仮の名としていたのですが、これで正式に名乗れます。みな、大いに喜ぶでしょう」
俺は一度立ち止まり、背負っていた石を落としていないか確認しながら、内心では驚愕していた。
──な、何だって! もしかして異議を唱えてたら、街の名前、変わってたってこと!? く、くぅー。失敗した。
そんな俺の苦悩は伝わることなく、シエラは話を続ける。
「ジュダニアではいま、夜に謎の光が降り注ぐという不可思議なことが起きているのです。それもすでに三度も。これは何かの予兆なのではと、皆が騒ぎはじめており……」
「光……三度か」
真剣な表情で俺を見つめるシエラ。
俺は、実はシエラの話していることに心当たりがあった。
ゲームのストロング・ストライクのオープニングムービーが、まさにそんな感じなのだ。
──でもあれって確か、主人公が生まれる時の神からの祝福だって設定だよな。え、ジュダニアで主人公が生まれるってこと? ついにゲーム本編が始まる?
確かにストロング・ストライクは最初の出生地を選べるタイプのシミュレーションゲームだ。選んだ地によってストーリーが変わるところも人気の一つになっていたぐらい。
ただ、その選べる中には当然、ジュダニアなんて無いのだ。
──だけど、他には考えられないしな……
俺は移動を再開しながらシエラに尋ねる。
「シエラ、ジュダニアにいる兵の家族の中に、子が産まれる予定のものはいるか」
「っ! おります!」
「その三度の光、それは生まれてくる子への神の祝福だろう。三つの運命を定められし子となるはずだ」
「──それは、どのような運命なのでしょうか」
俺はストロング・ストライクのストーリーを思い出しながら、できるだけそれっぽく答える。
「険しく、危険なものとなる。しかし、その運命の先には、平和な世が訪れる、とされている。ジュダニアにその子が生まれるのも何かの縁だろう。皆でよく面倒を見てあげるがよい」
「はっ! ご下命、確かに! ──しかし、閣下。閣下はいったいどのようにして、それを御存知なのでしょうか?」
シエラの当然の疑問に、俺はなんて答えるか悩む。流石にゲームの知識で、とは言えない。
ただ、前にもこうしてゲーム知識をもとにして他の部下に助言をしたことがあったので、その時の言い訳を流用することにする。
「我が家に伝わる、とても古き言い伝えにあるのだ」
「そう、なのですね……さすが大陸でも最も歴史ある家の一つであるバーミリオン家ですね。閣下の深き造詣には驚かされてばかりです」
ジュダン=バーミリオンは、もともと単なる脳筋だ。しかし、俺が前世の記憶を取り戻してから、時たまこうやってゲーム知識で返答をしていた。そのせいで今ではどうやらすっかり物知りだと、誤解されてしまっていた。
とはいえ、今さら誤解を解くわけにもいかない。
そうしているうちに森を抜け、石を売る予定の街が見えてきた。
◆◇
街についたが、なぜかいつまでも名残り惜しそうにしているシエラ。
いつも毅然としているシエラが、もじもじとしながら何時までたっても別れを切り出さないのだ。
どうしたものかと思っていたが、俺はふと思い立って、背負っていた背負子から、持ってきていた石を一つ取り出すとシエラに差し出す。
「土産だ。持っていくといい」
「あ、ありがとうございます、閣下。これは?」
「天然の魔晶石だ。これを俺はこの街の魔道具屋に卸しにきたのだ」
「ま、魔晶石っ!」
「ほら、割ってみろ」
「はっ」
そういって石を上に放ると、腰にはいた剣を抜き放つシエラ。
剣閃がきらめき、魔晶石がまっぷたつになる。
「……どうだ、美しいだろう。あの森の魔晶石特有の色合いらしい。──シエラの瞳と良く似ている色だと思ってな」
魔晶石の切られた断面は、深い紫色の輝きを放っていた。それは宝石にも劣らない輝き。
深い紫色の瞳をしているシエラにお土産としてプレゼントするにはちょうど良いと、その場では思ったのだ。
「閣下……とても……とても大切に致します」
二つになった魔晶石をぎゅっと握りしめたシエラ。さすがにこれで大丈夫かなと俺はシエラに背を向け、軽く手を振って別れを告げる。
この時渡した魔晶石をシエラが帰ってから散々周囲に自慢することも、その自慢話が学術都市まで伝わり、元魔将軍のラ=スメラルダが俺の元へと押しかけてくる原因になることも、この時の俺は当然、予想もしていなかった。
そしてそれが切っ掛けとなり、他の元部下の元将軍達がひっきりなしに俺の元へと相談に来ることになり、開始されたゲーム本編のシナリオに俺も巻き込まれていくことになるのだが、それもまた別の話。
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