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クエストは続いていく

 ヴァルミリョーネがオフィールの監督役に就任したというニュースは、周辺諸国の領主たちが大いに賑わう要因となったが、それはそれとして冒険者たちは今日もダンジョンへと挑んでいく。


「ほれ、セツナ。今日のお前さんへの依頼だ」


 カウンターの奥で目をギョロリと動かしたフロッグマンのリードは、手にしたスクロールを呆然と立ち尽くすセツナへと渡す。


「三階層のナイトメアを退けたこともあって、お前さんへの依頼も急増したな」

「迷惑な話です」

「ハハハ、そう言うな。それに悪い話ばかりじゃないんだぜ」


 リードは顎の下の袋を大きく膨らませて、セツナにある噂話をする。


「最近、セツナのことが気になるって女の子が増えているんだぜ」

「えぇ……本当ですか?」

「ああ、本当だ。おっぱい宣言で全ての女子から嫌われたと思われたセツナにも、いよいよ春到来というわけだ」


 信じられないと目を見開くセツナに、リードはニンマリと笑ってみせる。


「その内誰かがお前さんにアピールしてくると思うから、どもって嫌われないように頑張れよ」

「…………仕事に行ってきます」


 リードの話にどう返事を返していいかわからなかったセツナは、簡潔に返事だけをしてダンジョンへと向けて歩き出す。


「僕が……」


 ただ、その顔はだらしなく鼻の下が伸びており、リードの話でデレデレになっているのは明白だった。



 こんな顔を女性たちに見られたら、せっかく少し上がった評価が急降下してまた嫌われてしまいそうであったが、セツナは気付いた様子もなく、だらしない顔のままダンジョンへと向かう。


「あ~、犬さんだ。おはよう!」


 その途中、これからダンジョンへと向かうのか、クエストカウンターの方から駆け寄ってきたファーブニルがセツナの正面に回って来る。


 だが、笑顔のファーブニルの表情が、セツナの顔を見た途端に怪訝なものへと変わる。


「……犬さん、めちゃくちゃだらしない顔しているけど大丈夫?」

「えっ? あっ!? だ、大丈夫です……」


 ファーブニルの一言でようやく正気に戻ったセツナは、顔を引き締めて挨拶する。


「お、おはようございます。ファーブニルさん、これからダンジョンへ?」

「うん、そうだよ。ようやくいつもの犬さんに戻ったね」


 再び笑顔に戻ったファーブニルは、手を伸ばしてセツナの手を取る。


「ところで犬さん、ダメだからね?」

「な、何がですか?」

「何処の馬の骨とも知らない女に寝取られるなんて……ボク、絶対に許さないから」

「えっ、ええっ!?」

「それだけじゃなく、ボクはアウラちゃんにも負けるつもりはないから……」


 驚いて目を見開くセツナに、小さく呟いたファーブニルは顔を寄せる。


 ほんの一瞬だけ二人の顔が交錯かと思うと、ファーブニルはサッとセツナから距離を取る。



「…………えっ?」


 自分の頬に柔らかな感触があったことに、セツナは呆然とした表情でファーブニルを見る。


 対するファーブニルは、クルリとその場で回って照れたように可愛らしく笑う。


「犬さん、ボクがダンジョンで死んじゃったら、絶対に犬さんが助けに来てね」

「わ、わかりました」

「約束だよ。犬さんじゃなきゃ絶対に嫌だからね」


 一方的にやりたいことをしたファーブニルは「またね」と言って小さく手を振って仲間たちの下へと駆けていく。


 仲間たちと合流した際にジンに何か言われたのか、ギルドマスターの尻を容赦なく蹴り飛ばしたファーブニルは、仲間たちと談笑しながらダンジョンへと潜っていった。



「な、何だったんだ」


 ファーブニルが去った後、セツナはまだ柔らかい感触が残っているような気がする右頬を押さえながら静かに呟く。


「もしかして僕……キス…………された?」


 あまりにも一瞬の出来事だったので確証が持てないが、去っていったファーブニルの反応からキスされたとしか思えなかった。


「で、でも、どうして……」


 色んなことがあり、ファーブニルが自分のことを気にかけてくれていることは知っている。

 だが、それは良き友人としての関係であり、決して恋仲に発展するような仲ではないとセツナは思っていた。


 その関係性をハッキリとさせるため、ファーブニルはセツナのことを名前ではなく「犬」と呼んでいるのだと彼は思っていた。


「…………わからない」


 もしかしたらリードが言う通りモテ期が来たのかもしれないが、未だに女性の気持ちがさっぱり理解できないセツナは、半信半疑のままダンジョンに向けて歩き出した。




 ファーブニルの態度について色々と考えながら、セツナがコロッセオを抜けてダンジョンのある広間へと辿り着くと、


「セツナ君!」

「あっ、アウラさん」


 先にダンジョンへ出発したはずのアウラに声をかけられ、セツナの顔が嬉しさで赤く染まる。


「おっ、少年もこれから仕事か?」

「あんた最近、五階層まで潜ってるんですって」

「今日も深くまで潜るつもりなの?」


 アウラがいるということは、他の鮮血の戦乙女ブラッディ・ヴァルキュリアのメンバーもいるわけで、セツナは女性たちの顔を見て表情を緩める。


「はい、今日は五階層で全滅した冒険者たちの遺体の回収です」


 オフィールの街に来た当初は、女性と話すどころか目を合わせることもできなかったセツナであったが、すっかり顔なじみとなった鮮血の戦乙女のメンバーとは臆することなく会話できるようになった。


「皆さんも、いよいよ今日からダンジョン探索に復帰ですね?」

「ああ、誰も離脱することなく黄昏の君の遺産に挑むことができるよ」


 ニヤリと笑ったカタリナは、お気に入りの仲間たちの肩を抱いて獰猛に笑う。


 卑劣な罠に嵌められ、全滅するかもしれない状況に追い込まれた『鮮血の戦乙女』の面々であったが、誰一人として欠けることなく再び冒険に挑んでいく。


(……本当に良かった)


 アウラの夢の実現のためにも、カタリナたちの戦意が微塵も衰えていないことにセツナが人知れず喜んでいると、


「セツナ君、あのね……」


 アウラが隣にやって来て、嬉しそうに話しかけてくる。


「今日は私たち、四階層に挑むつもりなんだ」

「えっ、早くもですか?」

「うん、ちょっとズルいけど、ファーブニルちゃんたちに三階層まで簡単に行ける方法を教えてもらったからね」

「ああ、なるほど」


 アウラたちを救出する際に使用したエレベーターは、知った以上は好きに使って構わないと『猟友会』のギルドマスターであるジンから了承を得ているので、それを使ってより深い階層に挑むようだった。


「それでね……」


 まだ何かあるのか、アウラはセツナの手を取って頬を染めながら質問をする。


「セツナ君が良かったらだけど、途中まで一緒に行かない?」

「えっ?」

「ほ、ほら、エレベーターを使うにはダークゾーンを抜けなきゃいけないから、セツナ君に案内してもらえると嬉しいなって…………ダメ?」

「そんなことないですよ」


 可愛らしく小首を傾げてお願いしてくるアウラに、セツナは快活な笑みを浮かべて応える。


「もし、ダークゾーンに何か潜んでいたら大変ですからね。僕もあのエレベーターは使うつもりでしたから、ぜひ一緒に行きましょう」

「よかった」


 アウラはホッと一息吐くと、カタリナに顔を向ける。


「それじゃあ、カタリナさん」

「ああ、わかってる」


 カタリナはニヤリと笑って頷くと、全員の顔をゆっくりと見渡しながら口を開く。


「では、お前たち、今日も楽しい冒険の始まりだ」


 アイギス、ミリアム、アウラと続いて最後にセツナの顔を見たカタリナは、拳を突き上げて声高々に宣言する。


「目指すはダンジョン攻略、そして黄昏の君の遺産だ。必ずや遺産を手にして、世界を変えるぞ!」


 その宣言に四人は「オーッ!」と声を揃えて元気よく応えると、ぽっかりと開いた穴からダンジョンへと潜っていった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。柏木サトシです。


これにて今作『辺境からやって来た少年は、ダンジョンでアオハルがしたい。』は完結でございます。


私としては初めてのラブコメ作品でしたがいかがでしたでしょうか?

果たしてこれがラブコメといえるのか?といつも自問自答しながら書き続けてきましたが、最後まで書き切ったところで、これも一つのラブコメだろうと落ち着きました。


本当は人間関係をもっと深掘りして書くべきだったのかもしれませんが、どうしてもアクションを書きたいという欲に抗えず、そこそこのバトル要素が入ってしまったのはご愛嬌ということでお願いします。


今作はネトコン12に参加していますので、面白かったと思っていただけたら下記の☆で評価していただけると大変うれしいです。

また、近いうちにもうひと作品、ネトコン用の作品をアップして参りたいと思いますので、宜しければこちらもお付き合いいただければ幸いでございます。


それでは今回はこの辺で筆を置かせていただきます。

改めまして、ここまでお読みいただきありがとうございました。

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