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これからも変わらずに

 その日の夜、教会では鮮血の戦乙女ブラッディ・ヴァルキュリアの生還を祝うパーティーが催された。


 好きなように肉を喰らい、浴びるように酒を飲むカタリナたちの姿はとても人様に見せられるものではなかったが、それこそが彼女たちが生きている証であった。


 ただ、流石に昨日からずっと動き続けていたので体力の限界が来たのか、戦乙女たちは一人、また一人と電池が切れたかのようにぱったりと倒れ、深い眠りに落ちていった。



「あ~、大変だったね」


 僅かなロウソクの灯りを頼りに、教会の台所で散らかった酒瓶や皿の片付けをしながら、アウラが堪らず笑顔を零す。


「寝ている人を運ぶのって、あんなに大変なんだね」

「そ、そうですね……」


 そう言って恥ずかしそうに笑うのは、アウラと一緒に眠ってしまったカタリナたちを寝室へと運んだセツナであった。


「その……大変でした…………はい」


 カタリナたち寝室へ運ぶ際、彼女たちの体と何度も接触することになったセツナは、その時の感触を思い出して堪らず赤面する。


「あぁっ!? セツナ君。顔赤くなってるよ」


 恥ずかしそうにもじもじするセツナに、アウラが頬を膨らませて詰め寄る。


「もしかしてさっき皆を運んだ時、変なところに触ったりしたんじゃないの?」

「そ、そそ、そそそそんなこと……」


 実際にセツナは寝ている女性たちに不埒な行いは一切行わなかったのだが、それでも体が密着してしまうことは避けらないので、手や背中に柔らかい感触が残っているのは事実だった。


 まさか僅かに残る感覚を愉しむことも駄目だったのかと、セツナの顔がみるみる青くなっていく。



 すると、


「フフッ、冗談だよ」


 百面相をするセツナを見て満足したのか、アウラはコロコロと嬉しそうに笑う。


「心配しなくても、セツナ君が寝ている女性を無理矢理襲うような真似はしないこと、私はわかってるから」

「それは……ありがとうございます」


 これまでの振る舞いが実を結んだのか、アウラからの信頼を失わなかったことにセツナは安堵の溜息を吐く。


「…………」


 一息吐いたセツナが再び作業に戻ろうとすると、スッと手が伸びて来て右手が掴まれる。


「……えっ?」


 驚くセツナが目を向けると、アウラが彼の手を掴んで神妙な顔をしていた。


「ア、アウラさん?」


 何を? と困惑するセツナに、アウラは右手だけでなく左手も添えて両手で彼の手を包み込むと、そのまま自分の胸へと引き寄せる。


「ア、アア、アウラひゃん!?」


 カタリナやミリアムと比べると小振りだが、それでも男にはない柔らかいおっぱいの感覚に、セツナの顔が一瞬にして真っ赤になる。


「にゃ、にゃにゃ、にゃにお……」

「セツナ君、今日はありがとうね」


 驚き、固まるセツナとは対照的に、アウラは手を優しく抱き締めながら慈母のような笑みを浮かべる。


「ねえ、私の心臓の鼓動……トクン、トクンって脈打ってるのわかる?」

「心臓……は、はい、わかります」


 自分の心臓も今にも飛び出しそうに早鐘を打っているが、セツナの右手はアウラの柔らかな胸の中で静かに行動している心臓の音を確かに捉えていた。


「あのね? 今、私の心臓が動いているのはセツナ君のお蔭なんだよ」

「アウラさん?」

「それだけじゃない、私がこれからも冒険者をやっていけるのも全部……全部セツナ君のお蔭なの……」

「アウラさん……」


 ここに来てセツナは、初めてのおっぱいの感触を愉しんでいる場合ではないと気付き、アウラに尋ねる。


「もしかして何か……あったのですか?」

「うん、あのね?」


 アウラは潤んだ瞳でセツナを見上げると、ヴァルミリョーネとの話し合いの結末について話していく。



 聖女を辞めるために冒険者になったアウラと、教会で最高権力者になりたいと願うヴァルミリョーネの間で交わされた取り決めは以下の通りだ。


 ヴァルミリョーネは、各国の王や権力者から時々やって来る冒険者への圧力に対する防波堤として、オフィールの街の監督役として監視、さらにアウラに対する教会からの横槍を阻止すること。


 アウラはダンジョンを攻略し『黄昏の君』の遺産をヴァルミリョーネに渡し、それを足掛かりに彼に教会内でのし上がってもらう。


 期限はアウラが教会に戻ると約束した一年間、その間に誓いが果たせなければアウラもヴァルミリョーネも夢を叶える機会を失うが、最初から後がないアウラと、セツナに全てを壊され、弱みを握られたヴァルミリョーネに残された選択肢は他になかった。


「……というわけで、私は残された期間内で、何としてもダンジョンを攻略しなければならないの」

「なるほど……」


 事情を聴いたセツナは、思わず難しい顔をする。


 ダンジョンを攻略すると簡単に言うが、それがいかに難しいことかを十分に理解しているからだ。


 この黄昏の君が全てを遺したとされるダンジョン攻略がはじまってから既に二十年以上の歳月が流れているが、冒険者たちはまだ八階層までしか到達していない。

 果たしてダンジョンが全部で何階層あるのかも定かではない中、ようやく三階層まで潜れるようになったアウラたちが、一年で攻略できる可能性は限りなくゼロに近いとセツナは思う。


「……やっぱり難しいよね」


 セツナの表情から自分の言っていることが現実的ではないと悟ったアウラは、悲しそうに眦を下げる。


「でも、それでも私は聖女を辞めるため、自分を縛る鎖から抜け出すために頑張りたいの」


 顔を上げたアウラは、包み込んだセツナの右手に縋るように額に当てながら泣きそうな声で懇願する。


「だからお願い……どうか、どうかセツナ君の力を私に貸して。それができたらセツナ君のしたいこと、おっぱいを揉むことでも……それ以上の事でも何でもしてあげるから」

「そ、それ以上のことを何でも……」


 アウラの言葉に顔を赤面させるセツナであったが、


「そ、そんなこと関係ないです」


 慌ててかぶりを振って彼女の顔を真っ直ぐ見据える。


「お願いも何も、僕は最初からそのつもりです」

「えっ?」

「僕は教会の犬なので直接的なお手伝いはできませんが、これからも変わらずアウラさんたちを支えていくつもりです」

「セツナ君……」

「これからもいっぱい努力して、何としても一年以内にダンジョンを攻略しましょう」

「うん……うん!」


 セツナの優しい励ましの言葉に、アウラは何度も頷きながら涙を零す。


「これからもよろしくね。私の猟犬さん」


 そう言って破顔するアウラの顔は、ロウソクの頼りない灯りに照らされたとは思えないほど眩しく、輝いているとセツナは思った。

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