頼りになる犬がいるから
「な、何を言って……」
アウラの言葉に、ヴァルミリョーネは冷や汗を浮かべて困惑した表情になる。
「わ、私が話そうとしたのは……」
「まさか聖女の死を喧伝し、それを批判することでお父様たちとは違う立場であることを強調し、自身の勢力を増そう、なんてことないですよね?」
「お前……」
最初の発言とは打って変わり、周りに聞こえないような小声ではあるが、アウラの意見にヴァルミリョーネの表情が凍る。
「……知っていたのか?」
「はい、と言っても知ったのは、ほんの数時間前でしたけどね」
そう言いながらアウラは、腰の道具袋から水晶玉を取り出す。
「それは……」
「これは遠見の水晶というアイテムです。ダンジョン内でナイトメアがくれたのです」
「ナイトメアが……くれただと?」
どうして魔物がアイテムをくれるのかという疑問符を浮かべるヴァルミリョーネに、アウラは遠見の水晶の表面を手の平で軽く撫でる。
すると遠見の水晶がぼうっ、と淡く光り出し、玉の中に複数の人物たちが映し出される。
「これは?」
「この水晶には、過去に起こったことが記録されています。ほら、ここにお兄様も映っていらっしゃるでしょう?」
「――っ!?」
水晶の中を覗き込み、記録された映像を見たヴァルミリョーネの顔が大きく見開かれる。
そこにはダンジョンの入口で、大声で指示を出すヴァルミリョーネと、神秘の探究者のギルドマスター、エルフのレックスの姿が映っていた。
「ねっ? 凄いですよね。さらにここをこうすると……」
驚き固まるヴァルミリョーネを見て、ニンマリと笑顔を浮かべたアウラが再び水晶の表面を撫でる。
すると、
『言われた通り、冒険者共の死体を用意したが、これでナイトメアが来るのか?』
『ええ、奴は死者への冒涜を何よりも嫌いますから間違いなく……後は、転移の罠の方ですが?』
『それもこちらで用意した。後は……』
「やめろ!」
「おっと」
遠見の水晶を叩き割ろうとするヴァルミリョーネの手を、アウラはするりと躱して距離を取る。
「危ないですよ。それにその程度で、この水晶は壊れませんよ」
アウラはもう一度表面を撫で、映像を消しながら苦笑する。
「下手したら今ので水晶から流れる音声が大きくなって、皆様にお兄様の陰謀がバレてしまうところでしたよ」
「……その水晶を渡せ」
「フフフ、嫌です」
顔中に脂汗を浮かべているヴァルミリョーネを見て、確実に彼の弱音を握ることができたと確信したアウラは、嬉しそうにコロコロと笑う。
「だって、これがあればお兄様を生かすも殺すも自由自在じゃないですか?」
「本気で言ってるのか? 私が本気を出せば……」
「頼みの騎士団なら、ついさっき崩壊しましたよ?」
「うっ……」
「ついでに言うとレックス様の方にも、既にジン様とカタリナさんからこれ以上の余計なことはしないようにと言ってもらっています」
「うぐぐぐぅ……」
強硬策に出ようとも、既に手の内が崩壊していることを知らされたヴァルミリョーネは、唇の端から血が滲むほど歯を食いしばってアウラを睨む。
「な、何だ……」
「もしかして、揉め事か?」
壇上で睨み合うアウラたちを見て、周囲の人たちが異変に気付いて騒ぎだす。
「…………」
それを見て、これ以上長引かせるのは得策ではないと判断したヴァルミリョーネは、怒りを抑えるように胸に手を当てながら搾り出すように口を開く。
「それで……アウラは私に何を望むのだ?」
「それについては既に言ったはずです」
「何?」
「わかりませんか?」
アウラは何かあった時にすぐに動けるように構えるセツナを、続いて集まった冒険者たちを見ながら自身の願いを話す。
「お兄様にはこの街に留まり、教会の監督役を務めてもらいます」
「大律師ともあろうこの私に、ただの一都市の監督役をやれだと!?」
「あら、オフィールほどの大きな街であれば、お兄様が監督役を務めても何もおかしいことはありませんよ。むしろ、これはお兄様にとって大きなチャンスとなるはずです」
「……どういう意味だ?」
「はい、実はですね……」
薄く笑ったアウラは、ヴァルミリョーネへと顔を寄せて彼の耳元で何事かを囁く。
また何か脅されると思ったのか、ヴァルミリョーネの表情は最初こそ警戒する素振りを見せていたが、
「私は…………します。ですからお兄様は………………」
「お前、本気で……」
アウラの話を聞いたヴァルミリョーネは、驚きで目を見開きながら妹の顔を見やる。
「…………はぁ」
薄い微笑を浮かべたままのアウラを見たヴァルミリョーネは、妹が本気であることを察して思わず溜息を漏らす。
「そうか、お前はその為に冒険者になったのだな」
「はい、聖女なんてクソ喰らえです」
満面の笑みで正反対のことを言うアウラを見て、ヴァルミリョーネは呆れたように笑みを零す。
「そうか、ならば私も自分の野望のため、お前の馬鹿な夢に付き合ってやろう」
「ええ、私が崇高な夢を叶えた暁には、お兄様はどうぞくだらない野望を叶えて下さい」
互いに罵り合いながら、兄妹は固く握手を交わす。
「お、おい、見てみろ。ヴァルミリョーネ大律師様と、聖女アウラ様が手を取り合っているぞ」
「それってつまり、さっきの聖女様の言葉は本当だったってことか?」
集まった人たちが壇上で握手を交わすアウラたちを見て、一気に色めき立つ。
「どうやらヴァルミリョーネ大律師様がこの街の監督役になって下さるそうだぞ!」
「……それって凄いことなのか?」
「凄いことだよ! 大律師様が監督役になって下さるってことは、ひとかどの国王や領主でもない限り、この街のやることに口出しできなくなるってことだよ」
「それって……凄いことなんだよな!」
「めちゃくちゃ凄いことだよ!」
アウラたちの会話の内容まで掴めていない冒険者たちは、勝手な解釈をして盛り上がっていく。
「ヴァルミリョーネ大律師様、万歳!」
「聖女様、万歳!」
だが、勝手に盛り上がっていく冒険者たちとは対照的に、困惑する者たちもいた。
「なっ、こ、これは一体どういうことか!?」
「そんな話、聞いてないぞ!」
ヴァルミリョーネの真の計画を知る司祭たちは、困惑しながら壇上の大律師へと助けを求めるように視線を向けるが、当然ながら彼がその視線に応えることはない。
「クッ、ダメだ。ヴァルミリョーネ様は聖女にかどわかされたようだ」
「とりあえず今日のことは、一刻も早く総本山へと伝えなければ……」
ヴァルミリョーネが自分たちの思い描く存在にならないと判断した司祭たちは、次の寄生先を見つけるため、そそくさと広場から立ち去っていった。
「ふむ、どうやらゴミ虫どもが逃げたようだな」
逃げていく司祭の背中を見ながら、ヴァルミリョーネがアウラへと尋ねる。
「あの様子だと、連中がまた新たな敵を連れて来るかもしれぬぞ」
「それについては何の問題もありませんよ」
アウラは冒険者たちに手を振りながら、嬉しそうにある一点を指差す。
「だって私には、とっても頼りになる猟犬が付いていますから」
「……フッ、そうだったな」
そうして二人が視線を向ける先には、どうして指を指されたのかわからず、困惑したような表情を浮かべるセツナがいた。




