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折られた騎士道

「こ、これは一体……どういうことだ」


 生き返ったと思ったら逃げ出し、命乞いをする騎士たちを見て、ヴァルミリョーネは戸惑いながらもただ一人残ったハマーへと声をかける。


「ハマー、一体何が起きたというのだ?」

「ヴァ、ヴァルミリョーネ様……」


 主からの追及に、ハマーは再び地に伏して謝罪の言葉を口にする。


「申し訳ございません。どうやら私は……いや、我々は騎士という仕事を甘く見ていました」

「ハマー何を言って……」

「今回の件をもって、我々がいかに世間知らずだったのかを思い知りました。ご覧の通り、我々は一人残らず彼に壊されてしまいました」


 ハマーは顔を伏せたまま誰とは明言しない。だが、その彼がセツナだということは言うまでもなかった。


「か、彼……」


 ハマーの言葉を反芻しながら、ヴァルミリョーネはアウラの横で立っているセツナを見る。


 呆けたように立っているセツナは、ヴァルミリョーネが見る限り、ただの小汚い子供にしか見えない。


 ハマーの言葉が信じられないヴァルミリョーネは、項垂れている騎士に問い詰める。


「あの小汚い子供に、一体何をされたというのだ?」

「はい……その、我々はご命令通りの場所で、連中が返って来るのを待っていました」


 そう言ってハマーは、ダンジョン内で自分たちの身に起きたことを話し出す。



 ヴァルミリョーネからの命令で、ハマーたちは万が一アウラたちがナイトメアの猛攻を振り切り、ファーブニルから情報を得てエレベーターで帰って来た時に備えて、ダークゾーン近くの広場で待機していた。


 その目的は言うまでもなく、生きて戻ったアウラとその仲間を亡き者にするためだった。


 三階層に出るナイトメアはとても強力で、これまで何人もの名立たる冒険者の命を奪ってきたこともあり、ハマーたちは自分たちの出番はないと考えていた。

 仮に生きて戻ったとしても相手は満身創痍、万が一にも普段から鍛錬を積んでいる自分たちに負けはないとハマーたちは踏んでいた。


 だが、予想に反して戻ってきたセツナとアウラを見て、ハマーたちは動揺しながらも、自分たちに与えられた使命を果たすべく、各々の武器を手に二人に襲いかかろうとした。


「我々の姿を見た時、あの少年は泣き喚きながら、アウラ様の手を引いてダークゾーンへと逃げていきました」

「そんな情けない姿を見せた男に、お前ともあろう者が負けたのか?」

「はい……実はそれも全て、奴の計算だったんです」

「計算だと?」

「そうです。我々をダークゾーンへと誘き出すための演技だったんです」


 セツナの演技に気付かず、ダークゾーンへと足を踏み入れたハマーたちを待っていたのは、想像を絶する地獄だった。


「何も見えない真の闇の中に迷い込んだ我々は、奴にとって格好の獲物でした」

「獲物……」

「はい、ダークゾーンでは我々が日々積んで来た鍛錬も、騎士道精神も何もかも無意味でした。ただひたすら彼に嬲られ、削られ、殺されるだけの憐れな獲物でした」


 騎士道精神を重んじ、正々堂々と戦うことを常としてきたハマーたちの戦い方は、ルール無用でひたすら相手の裏をかき、背後から容赦なく襲いかかるセツナとの相性は最悪だった。


 さらにダークゾーンという生き物なら誰もが臆する中で、全く臆することなく縦横無尽に動き回り、容赦なく傷付け、殺していくセツナは、ハマーたちにとってナイトメアに勝るとも劣らない未知の恐怖そのものだった。


「最初に手足の腱を切られて動けなくなった私は、部下たちが一人、また一人と泣き叫び、必死に命乞いをしながらも殺されていくのを暗闇の中、最後まで聞いていました」


 四人の騎士を嬲り殺しにしたセツナは、ハマーに命乞いする隙すら与えず容赦なく延髄にナイフを突き立てて殺し、全員まとめて一つの棺に詰め込んだのだった。



「あの時の恐怖が生き返った今も、目を瞑れば明確に思い出してしょうがないんです。私は今……あの彼が視界に移っているだけで怖くて……泣き出しそうでしょうがないんです」


 そう言ったハマーは首の後ろを押さえて蹲り、ガタガタと震え出す。


「ハ、ハマー……」


 これまで自分の忠実な剣として付き従ってくれていたハマーの変わりように、ヴァルミリョーネは動揺が隠せなかった。


 これまではセツナのことを、アウラの後ろで怯えるだけのただの弱い教会の犬だと思っていた。

 だが、ただの犬だと思っていた男は、自慢の騎士たちを退けただけでなく、全員の心を折るという悪魔の所業を平然とやってのけた。


「そういえば……」


 セツナが現れた時、全身が血塗れだったから命からがら逃げ伸びてきたと思ったが、回復魔法が使えるアウラが現れてからも、一向に彼を治療する様子はない。

 それはつまりあの血は自身の血ではなく、騎士たちを嬲り、殺し尽した時に付いた返り血だったというわけだ。


「――っ!?」


 その事実に気付いたヴァルミリョーネは、ただの犬に見えていたセツナが、得体のしれない猟犬のように見えて来て恐怖で思わず身震いする。


「あら、お兄様どうしましたか?」


 怯える反応を見せたヴァルミリョーネに、アウラがすかさず心配したように話しかける。


「ご自身の身を守る騎士たちが皆いなくなり、恐怖を覚えたのですか?」

「な、なな、何を言っているのだ!」


 嘲笑するように質問してくるアウラに、ヴァルミリョーネは憤慨したように顔を赤らめて捲し立てる。


「我が騎士たちがダンジョンに挑んで全滅し、離職を申し出たことに驚きはしたが、それで私が恐怖を覚えることなどない」

「そうですか。それは良かったです」


 アウラは嬉しそうに笑顔を浮かべてパン、と手を叩くと、ここにいる皆に聞こえるようなよく通る声で話す。


「だってお兄様は、これからオフィールの街で冒険者の皆様を支えるため、教会の監督役を務めるんですものね」

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