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必死の命乞い

 全身を血で濡らし、息も絶え絶えといった様子のセツナは、ズルズルと棺桶を引き摺りながら集まった神官たちに声をかける。


「誰か……誰か助けて下さい。どうか……どうか蘇生の奇跡を…………」

「セツナ!」


 疲労から足を取られて転びそうになるセツナを、レオーネが飛び出して来て、すんでのところで抱き止める。


「おい、大丈夫か?」

「ああ、レオーネさん…………今日もタバコ臭いですよ」

「う、うるさいな! お前はあたしの母親かよ」


 こんな状況でも軽口を叩くセツナに、レオーネは思わず顔を赤くさせる。


「そんなことより早く怪我を……」


 手を伸ばし、セツナの上着をまくったところでレオーネの表情が凍りつく。


「セ、セツナ、お前……」

「レオーネさん……」


 セツナは手を伸ばしてレオーネの手を取ると、唇の端を吊り上げてニヤリと笑ってみせる。


「今から面白いことが起きるので、見ていてもらえますか?」

「お前、何を言って……」


 突如として訳の分からないことを口にするセツナを、レオーネは訝し気に見る。



 すると、


「ならぬ、ならぬぞ!」


 会場設営の際、偉そうに指示を出していた司教がやって来て、レオーネに向かって怒り顔で捲し立てる。


「シスターレオーネ、今からヴァルミリョーネ大律師の大事な講演が始まるのです。下賤な冒険者のために時間を割くなど、到底許されません」

「そ、そんな……」


 司教の横柄な物言いに、顔を青くさせたセツナは必死の形相で彼に懇願する。


「一刻も早く蘇生しないと、死体が痛んで蘇生の確率が減ってしまいます!」

「そんなことは知らん。こんな大切な日に死んでしまうこと事態が運の尽きだったと諦めてもらうしかないな」

「そんな……ここまで必死に死体を運んできたのにあんまりです!」

「フン、お前、教会の犬だろう。どうしてそこまでその死体にこだわるのだ?」


 がっくりと項垂れるセツナに、司教は弱点を見つけたりと、ニタニタと下卑た笑みを浮かべて話しかける。


「もしかして中に、お前の想い人でも入っていたりするのか?」

「いえ、違いますけど」

「…………はぁ?」


 間を置かずきっぱりと否定するセツナに、司教は口を開けて固まる。



「ああ、でも困ったな……」


 ポカンと口を開けて呆ける司教に、困り顔のセツナはちらちらと背後の棺桶を見やりながら呟く。


「この人たちが死んでしまって一番困るのはきっと司教様たちなのに、まさか蘇生を拒否されてしまうなんて……」

「ど、どういうことだ?」


 困惑する司教が思わず手を伸ばしてくるが、セツナは彼の手をするりと躱して立ち上がると、振り返って大きな声を出す。


「あの、蘇生してもらえないみたいなんですけど、アウラさん、どうしましょうか!?」

「んなっ!?」

「アウラだって!?」


 予想もしていなかった名前の登場に、司教とレオーネは驚いたようにセツナが見ている方へと顔を向ける。



「そうですか、それは困りましたね」

「「――っ!?」」


 凛と響いた涼やかな声に、レオーネや司教だけでなく、何人かの人物が息を飲むと同時に青ざめる。


「皆様、ごきげんよう。今日も素晴らしい一日となるといいですね」


 セツナとは対照的に、傷一つ負っていない白い神官服に身を包んだアウラは、反射的に目を逸らした者たちを確認しながら壇上で呆然と佇むヴァルミリョーネへと声をかける。


「ごきげんよう、お兄様。これから大事な講演だというのに申し訳ございません。たった今、ダンジョンから帰還いたしました」

「むっ、そ、そうか、ダンジョンから……よく戻ったな」

「ありがとうございます。今回の冒険は、それはもう苦労の連続でした。ただ……」

「ただ?」

「はい、実は困ったことが一つありまして……」


 必死に取り繕うとするヴァルミリョーネに、アウラはセツナが持つ棺桶をちらと見ながら溜息を吐く。


「その……実は帰る途中で、お兄様お抱えの騎士様たちに襲われたのです」

「んなっ!?」


 大勢の前でとんでもない暴露をするアウラに、ヴァルミリョーネの顔から一気に血の気が引く。


「ああ、大丈夫です。ご覧の通り、わたくしには傷一つございませんので」


 ヴァルミリョーネの狼狽ぶりを、自分の心配しているのだと解釈してみせたアウラは、優雅に笑って自分の健在ぶりをアピールする。


「それに、わたくしたちが出会った場所はダークゾーンと呼ばれる漆黒の闇、ほんの目の前すら見えない場所でしたから、気付かずに襲ってしまうのも無理はありません」

「で、では。その棺桶の中には?」

「お兄様たちの騎士たちが入っています……申し訳ございません。時間がなくて五人の騎士様たちを棺桶に無理矢理詰め込んで来てしまいました」

「いや、本当……五人は流石に重過ぎました」

「くっ!?」


 肩をグルグルと回して大袈裟に嘆息するセツナに、額に青筋を浮かべたヴァルミリョーネは堪らず声を張り上げそうになったが、


「……誰か! 蘇生の奇跡が使える神官たちよ。早く蘇生魔法を!」

「は、はい! お前たち、ヴァルミリョーネ大律師のご命令だ! 早く、蘇生魔法を使うのだ!」


 つい先程セツナに言ってのけた言葉などどこ吹く風、司教は声を張り上げて神官たちに蘇生魔法の施行を命令していった。




 一つの棺桶に五人もの死体を無理矢理詰め込んでいたので、中の死体は散々な有様だった。


 しかし、優秀な神官が集まっていただけあり、滞りなく行われた蘇生魔法は全て成功し、五人の騎士たちは無事に蘇生した。


 だが、


「ヒッ、ヒイイィィ!」

「もう、止めて! もう切らないで!」

「うわああぁぁ! お願い……もう、殺さないで」

「うわあああああああぁぁん、おかあちゃあああああああああああああぁぁん!」


 蘇った五人の騎士の内、四人は目覚めてセツナの顔を見るや否や、悲鳴を上げ、泣き叫びながら逃げていく。


 そして最後の一人、騎士たちをまとめる神官騎士大隊長のハマーは、


「この度は無礼を働き大変失礼いたしました。お願いします。何でもしますから命だけは……どうか命だけは!」


 ブルブルと震えながら地面にひれ伏すと、セツナたちに向かって命乞いをはじめた。

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