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裏で暗躍する者たち

 爽やかな風が吹き抜ける青空の下、オフィールの街中央付近にある緑豊かな公園では、早朝から多くの人間が慌ただしく動いていた。


「急げよ! もっと来客用の椅子を用意するんだ!」


 多くは黒の神官服に身を包んだリブラ教の神官で、これから行われるヴァルミリョーネによる講演会に向けての準備に追われていた。


「なあ、今日の講演でヴァルミリョーネ大律師、何を話されるんだろ?」

「さあ? 何やら重大な発表があるとか……」


 会場の設営に追われながらも、神官たちは自分たちの上に立つ人間が何を話すのかが気になっていた。


 何故なら、ヴァルミリョーネの言葉一つで自分たちの立場や、今後の立ち居振る舞いが大きく変わることもあり、場合によっては全員がオフィールの街から撤退する羽目になる可能性もある。


 そういった意味では、今回の講演はかなりの注目を集めていた。


「なあ、もしこの街から出ていくことになったらどうする?」

「さあな、俺たちみたいな平の神官は、上からの命令に従うだけだよ」

「だよな……この街、美味しいものが多いから結構気に入ってるんだけどな」

「わかるわ。酒も色んな酒があって美味いしな……」


 口を動かしながら来客用の椅子を並べ終えた二人の神官は、近くの椅子に並んで腰を落ち着かせる。


「そういや聖女様の噂話聞いたか?」

「聖女様って……アウラ様のことか?」

「ああ、何でもアウラ様がオフィールに来たのって、見聞を広めるためじゃないらしいぜ」

「そうなのか?」

「ああ、実はアウラ様は……」

「おい、コラ。そこの二人、何をしている!」


 無駄話に花を咲かせている二人の神官に、監督役の司教から怒声が飛ぶ。


「椅子を並べ終えたのなら、次の仕事を与えてやるからあっちに行け!」

「は、はい……」

「わかりました」


 二人の神官は直立不動で返事をすると、駆け足で上司の指差す方向へと駆けていく。


「……全く、聖女の噂など、どうでもいいだろう」


 慌てて立ち去っていく二人の背中を見ながら、司教は肩で大きく嘆息する。


「あの小娘の願いが叶う日など、来ることはないのだからな」


 そう独りごちた司教の顔は、醜悪に歪んでいた。



 すると、


「おやおや、司教という立場にあろう者がしていい顔ではありませんね」


 司教と同じ服を着た別の司教が現れ、彼の隣に並んで薄く笑う。


「何処で誰が見ているかわかりませんからね。笑顔は常に絶やさないようにしておかねば」

「フッ、そうでしたな。これは失礼した」


 そう言って二人の司教は、互いに悪い笑みを浮かべる。

 だが、それも一瞬のことで、表情を戻した司教たちは部下の働きぶりを見ながら口を開く。


「ヴァルミリョーネ大律師の演説のことですが……」

「聖女のことですかな?」

「ええ、聖女の死亡宣言を大々的にするそうですが、ちゃんと確認は取れたのですか?」

「いえ……まだ報告は上がっていませんが、問題ないでしょう」


 心配そうな顔をする司教に対し、もう一人の司教は鼻を鳴らして薄く笑う。


「昨夜は予定通り、連中とナイトメアを鉢合わせることに成功したようですからな」

「だが、勇者たちと犬が一匹、救援に向かったという報告を耳にしたのですが」

「確かに勇者の聖剣は厄介ですが、ヴァルミリョーネ大律師はその辺のことも織り込み済みですよ」

「何と!? 大律師にはまだ何か策がおありだと?」

「ええ、ところで今日は少し様子が変だと……本来はいるべきはずの者がいないと思いませんか?」

「いるべきはずの者……」


 突然水を向けられたことに、司教は周囲を見渡す。


 そこには一生懸命に準備に追われている神官たちと、早くも大律師の講演を聞こうと集まった信者たちの姿がちらほらと見えた。


「……そうか」


 周囲を見て同僚が言わんとするところに気付いた司教は、声を潜めて彼に気付いたことを話す。


「何か変だと思ったら、大律師のお抱え騎士たちの姿が見えないですな」

「ええ、そうです」


 大きく頷いた司教は、ニヤリと笑ってみせる。


「大律師お抱えの精鋭たちは、ダンジョンに潜って後始末をしているのです」

「後始末……」

「ええ、万が一夜を抜けて聖女たちが戻ってくるようなことがあっても、精魂尽き果てているはずです。そこに彼等と出くわせば……」

「いくら勇者とはいえ太刀打ちできるはずがない、というわけですな」

「そういうことです」


 同僚の高い理解力に、司教は満足そうに頷く。


「というわけです。我等の理想が叶う日も近いでしょう。今日はその大事な一歩となるでしょう」

「ですな。我等が大律師のため、最高の舞台を用意しようではないか」

「ええ、勿論です」


 自分たちの作戦が間違いなく成功すると確信した二人の司教は、互いに頷き合って自分たちの仕事へと戻っていく。




 そんな二人の司教の会話に、密かに耳をそばだてている者がいた。


「クソッ!」


 たまたま近くで会場の飾り付けを行っていたレオーネは、吐き捨てるように舌打ちして手にしていた花を地面に叩きつけようと手を振り上げる。


「…………チッ」


 だが、そんなことをしても何の意味もないことを悟ったレオーネは、力なく腕を下ろして嘆息する。


「セツナ……頼む。こうなったらお前だけが頼りだ」


 自分にできることが祈ることしかないことに、唾棄したくなる気持ちを抱えながら、レオーネは言われた仕事をこなしていった。




 会場設営は滞りなく進み、招待客と信者たちを入れたところで、いよいよ本日の主役、ヴァルミリョーネが現れる。


「やあ、皆さん。今日はよく来てくれたね」


 ヴァルミリョーネが微笑を浮かべて手を振ると、集まった人たちから歓声が上がる。

 歓声に応えるように手を振りながら、ヴァルミリョーネは神官たちの案内で壇上へと向かう。


 その途中、


「キャ、キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァ!!」

「だ、誰か!?」

「ヒイイィィ、助けて!」


 集まった人々たちの間から悲鳴と怒号が響き、ヴァルミリョーネたちを守るように神官たちが集まる。


「……いや、いい。大丈夫だ」


 周囲を包囲する神官たちを、ヴァルミリョーネは手で制しながら前へと出る。


「どうやらゲストが来たようだ」


 そう言ってニヤリと笑うヴァルミリョーネの視線の先には、巨大な棺桶を引き摺る全身血塗れのセツナがいた。

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