悪夢を狩り尽くす
五人がかりによる、ナイトメアへの猛攻が始まる。
「さあ、いくよ」
最初は五人の中でも屈指の実力者であり、アンデッド系の魔物にも有効な聖剣を持つファーブニルが地面スレスレを滑るように移動してナイトメアへと斬りかかる。
「はあああぁぁっ!」
下からの素早く鋭い攻撃に、ナイトメアは手にした大剣を重さに感じさせないほど素早く振ってファーブニルの斬撃へと合わせる。
瞬間、互いの剣が正面からぶつかり、激しく火花を散らして弾かれたように距離が離れる。
「ハハハッ、ボクと相打ちなんてやるね」
弾かれた勢いを利用してナイトメアから距離を取ったファーブニルは、周囲の動きを見てニヤリと笑う。
「まさかボクの攻撃を受け止めただけで、終わりだなんて思わないよね?」
ファーブニルのその言葉に続くように、続いてナイトメアの背後からアイギスが襲いかかる。
「もらったわ!」
最初にナイトメアの馬の首を切り落としたのと同じタイミングで仕掛けたアイギスは、次は騎士の背中を貫く勢いで全力の攻撃を繰り出す。
完全な死角からの攻撃であったが、ナイトメアは背後を向いたまま大剣を持っていない左手を首の後ろへと持っていき、アイギスの攻撃を受け止める。
「んなっ!?」
激しく火花を散らすナイトメアの左手を見て、受け止められるとは思っていなかったアイギスは、驚愕に目を見開いて反射的にその場で固まる。
「アイギス、馬だ!」
「……ハッ!?」
武器を引くのを忘れて立ち尽くすアイギスに、カタリナからの鋭い叫び声が飛んだところで、彼女は我に返ってナイトメアの馬の方へと顔を向ける。
すると、アイギスに首を斬り落とされた腹いせなのか、馬が大きな口を開けて彼女に噛み付こうとしているのが見えた。
「――ヒッ!?」
迫る馬に慄きながらアイギスは距離を取ろうとするが、馬の咢の方が僅かに早く、彼女の肩が浅く引き千切られる。
「痛うぅぅ……」
「油断するからだ。馬鹿者」
どうにか距離を取ったアイギスを庇うように、カタリナが前へ出て彼女へと声をかける。
「相手が攻撃を捌くことも常に意識しろ」
「は、はい!」
「後は私が引き継ぐ。アイギスは下がって回復を受けて来い」
「……すみません」
気落ちするアイギスの頭を一撫でしながら、カタリナは戦況を見る。
カタリナがアイギスをフォローしている間に、今度はジンが前へと出てナイトメアへと襲いかかる。
「全く、この俺をここまで顎で使ってくれるとはな」
「す、すみません……」
恐縮しながらも、ジンに続くように背後から駆けるセツナは、素早く視線を動かして指示を飛ばす。
「ジンさん、馬が動いた影響で奴の重心が前へと移動しています。今なら武器の無い左側の方が反応し辛いはずです。直撃させなくていいので、そこで奴を崩して下さい」
「へいへい、わかりましたよ」
セツナの指示に、ジンは文句を言いながらもナイトメアの左側へと回る。
そうしてナイトメアの左側へ回ったジンは、
「……全く、末恐ろしい少年だね」
セツナの言うことが的確であったことに舌を巻きながら、手にした大剣で斬りかかる。
「おらよ!」
直撃させる必要はないと言われているので、ジンはナイトメアが回避できないように胴を薙ぐような攻撃を繰り出す。
ジンの体重の乗った重い一撃に、回避不可能と判断したナイトメアは手にした大剣を縦にしてジンの攻撃を受け止める。
鉄と鉄がぶつかる激しい金属音と、火花を盛大に散らしながら行われた力比べは、ジンへと軍配が上がる。
そうしてナイトメアが大きく吹き飛ばされると同時に、
「……シッ」
予め吹き飛ばされる方向を予想していたセツナが音もなく背後から現れ、馬の首を刎ね飛ばし、さらに騎士の腕を両断する。
「わおっ、犬さん。やるぅ」
わかりやすく大ダメージを与えることに成功するセツナを見て、ファーブニルは喜色を浮かべながら、ナイトメアにさらなる追撃を仕掛けるために前へと出る。
「フッ、やるじゃないか少年。おいジン、私たちも続くぞ」
「当然」
「わ、私も行けます」
そこへカタリナとジン、さらには回復魔法を受けたアイギスもナイトメアに追撃を仕掛けるためにに後に続く。
一方、セツナによってこれまでにない打撃を受けたナイトメアは、自身の体を縮めながら急いで傷口を回復させていく。
「見ろ! やはりこのままいけば倒せるぞ」
明らかに一回り小さくなったナイトメアを見て、勝機を見出したジンは一気呵成に前へと出る。
だが次の瞬間、ナイトメアの騎士の部分がこれまでにない動きを見せる。
迫りくる四人の戦士を前に、ナイトメアは再生途中で沸騰した水のように泡立っている両腕を前へ突き出したのだ。
「――っ、いけない!」
本能が危険を察知したのか、全身が総毛立つのを自覚したセツナは、四人に向かって必死に叫ぶ。
「嫌な予感がします。一旦下がって!」
セツナが叫ぶと同時に、ナイトメアの切り落とされた両腕から無数の触手が飛び出し、無数の針となって四人の戦士へと襲いかかる。
「――っ!? クッ!」
セツナの声にファーブニルだけは反応の良さを見せて踏み止まり、身を捻って触手の針を回避する。
「しまっ……」
「回避が……間に合わん!」
「キャアッ!?」
残りの三人は迫る触手を咄嗟に防御することはできたが、体にいくつもの穴を開けられてしまう。
触手による攻撃は、尖端の鋭さはあっても一つ一つの攻撃力はたいしたことないのか、穴から血を吹き出しながらも誰一人として倒れはしない。
だが、血を失うことの危険性をよく知っているファーブニルは、後方に向かって大声で叫ぶ。
「ミリアムさん、アウラちゃん早く回復を!」
「わ、わかりました」
ファーブニルの声に、既に回復魔法の準備をしていたアウラたちは、負傷した三人に向かって次々と魔法をかけていく。
「よかった。これで大丈夫」
緑色の光に包まれる仲間たちを見て、ファーブニルは一先ず安堵の溜息を吐く。
「後は犬さんと協力して何処までできるかだけど…………あっ!?」
一気に人数が欠けてしまったことに、嫌な予感がしながらもファーブニルはナイトメアの様子を見て顔を青くさせる。
アウラたちが回復魔法を使ったからなのか、小さくなりながらも全身を修復させたナイトメアの馬が、蹄を鳴らしながら足踏みをしていたのだ。
あの行動が出たということは、再びワープをするのだと察知したファーブニルは、急いでセツナに顔を向けて叫ぶ。
「い、犬さん。ナイト……」
だが、その叫びが途中で止まる。
セツナも既にナイトメアの状況を理解していたのか、ファーブニルに黙るように人差し指を口に当てて黙るように指示を出してきたのだ。
そのセツナは音を拾うように耳に手を当て、目を閉じて集中している。
「い、犬さん、何を……」
セツナが何をしているのか問い質したいと思うファーブニルであったが、それはよくないと思って黙って見守ることにする。
「……四……五……六…………」
耳に手を当てたセツナは、何かをカウントするように口ずさむ。
「七……八……九…………」
そしてその数が十になると同時に、
「アウラさん、今です!」
後方に控えるアウラに向かって合図を送った。