怪我の功名
血飛沫がダンジョン内に舞い、セツナの体がぐらりと揺れて前のめりに倒れそうになる。
「クッ!?」
それでも最後の気力を振り絞り、セツナは抱えたアウラが怪我をしないように身を捻って自分が下敷きになるようにして倒れる。
「セツナ君!」
セツナが倒れると同時に自由の身になったアウラは、慌てて身を起こして彼の体をひっくり返す。
「――っ!?」
セツナの背中を見たアウラは、斜めに走った深い傷を見て顔を青くさせるが、
「待ってて、絶対に助けてみせるから」
自分を助けてくれたセツナを絶対に助けてみせると息巻いて、必死に回復魔法を唱える。
だが、そこはまだナイトメアの間合いの中であり、悪魔の名を冠した魔物は馬の蹄の音を奏でながら二人の前へと立つ。
「ダメ! アウラちゃん、逃げて!」
ナイトメアが前に立っても気にせず回復魔法をかけ続けるアウラを見て、ミリアムが必死の形相で叫ぶ。
「今はとにかく逃げるの! セツナ君の努力を無駄にしないで!」
「嫌です!」
仲間からの助言にも、アウラは強くかぶりを振って否定する。
「私、セツナ君に守ってもらってばかりで何も返せてない! だから、見捨てるなんてできません!」
「アウラちゃん……」
涙を流しながら回復魔法を唱え続けるアウラを見て、ミリアムは彼女を説得するのは無理だと悟る。
「だったら……」
せめてアウラたちの援護をしようと、ミリアムは素早く魔法を唱える対象を探る。
「彼方を揺蕩う風の精霊たちよ。歌い、踊って回れ……舞われ……」
ナイトメアの移動を察知して既に仲間たちは行動に移っている。
その中で今唱える魔法にピッタリの人員は、
「ファーブニルちゃん風魔法、いくよ」
「ミリアムさん?」
いきなり声をかけられたファーブニルは目を丸くするが、
「わかった。任せて」
すぐさま何をされるか察し、彼女はしかと頷いてみせる。
それを見てミリアムは頷き返すと、ファーブニルに向けて魔法を放つ。
「ソニックムーブ!」
ミリアムの手から放たれた鮮やかな碧い光が、ファーブニルの足に絡みつく。
「――っ、キタキタ!」
補助魔法の力を得たファーブニルは、足に力を込めて一気に前へと出る。
その瞬間、ファーブニルの足元が爆発を起こし、彼女の体が弾丸のように飛び出す。
「ハハッ、凄い凄い!」
疾風の如くの勢いで飛び出し、一気にナイトメアとの距離を詰めたファーブニルは、手にした聖剣で斬りかかる。
「はあああああぁぁぁ!」
「…………」
アウラたちを斬ろうとしていたナイトメアであったが、流石に聖剣で斬られるわけにはいかないと、ファーブニルの剣を受け止める。
だが、
「ハハハ、そんなものでボクの突撃は止められないよ!」
移動を補助する魔法、ソニックムーブの恩恵を受けたファーブニルの勢いはそれだけでは止まらず、ナイトメアの巨体が地面を削りながら後方へと去っていく。
「よしっ!」
これでアウラたちの一先ずの無事を確保できたと確信したミリアムは、彼女を助けるために残りの仲間たちへも次々とソニックムーブをかけていく。
「全く、ミリアム……私より勇者様を優先するとはな」
「フフッ、ごめんなさい」
ファーブニルに続けと風のように飛び出していく仲間たちの中でただ一人、飛び出さずに不満そうに唇を尖らせるカタリナに、ミリアムは大人の笑みを浮かべて応える。
「でも、カタリナはまだ本調子ではないのでしょう?」
「…………どうかな?」
事実なのか、カタリナは手を何度か開いたり閉じたりを繰り返しながら息を吐く。
「だが、ここで音をあげては、ギルドマスターは務まらんだろう」
「そうね、だから行ってらっしゃい。マスター」
「フッ、任せろ」
大きく息を吐いて笑みを浮かべたカタリナは、ナイトメアたちに猛攻を仕掛けている仲間たちの後に続く。
「さて……」
一先ず自分のやることを終えたと判断したミリアムは、アウラの手助けをするために彼女の下へと走る。
ミリアムが駆けつけてもまだ、アウラはセツナに回復魔法をかけ続けていた。
「アウラちゃん、どう?」
「ミリアムさん……」
アウラはセツナの背中を見つめたまま、静かに状況を説明する。
「傷口が思った以上に深いです……先ずは血を……血をどうにか止めないと」
泣きながら話をするアウラの言葉を耳にしながらミリアムが傷口へと目を見やる。
「なるほど、そういうことね」
傷口が広範囲に渡っている所為で回復魔法が隅々まで行き届かず、流血が止まらないのだと察したミリアムはアウラの反対側へと腰を落とす。
「アウラちゃん、私も手伝うわ」
「ミリアムさん……」
「二人同時に回復魔法をかければ、相乗効果も相まってどうにかなるかもしれないわ」
「そ、そんなこと可能なんですか?」
「わからない……でも、きっと効果あるわ」
貴重なリソースを割いて二人で一人の傷を癒す。そんな無駄なことをかつてしたことがないミリアムだったが、確信を持ったように頷いてみせる。
「とりあえず何事もやってみましょ。私がお尻の方から傷口を塞いでいくから、アウラちゃんは肩の方からお願い」
「わかりました」
役割分担した二人は、それぞれ回復魔法をセツナへとかけていく。
その効果はすぐに現れる。
「あ……」
回復魔法が傷口全体に行き渡るようになったからなのか、あれだけ深かったセツナの傷口がみるみる塞がり始めたのだ。
「ミリアムさん、行けます」
「でしょ? さあ、後は一気に治してあげましょう」
「はい!」
その後も二人は、セツナの傷口を塞ぐように回復魔法をかけ続けた。
二人による回復魔法により、セツナの傷口は殆ど綺麗に塞がった。
「うっ……」
意識を取り戻したのか、セツナが呻き声を上げながらゆっくりと目を開ける。
「あれ? 僕は……どうして」
「セツナ君!?」
セツナが意識を取り戻したのを確認したアウラは、引き続き回復魔法をかけながら話しかける。
「大丈夫? 私のこと、わかる?」
「……大丈夫です。アウラさん、それにミリアムさんも……ありがとうございます」
「よ、良かった……」
ようやく安堵したのか、嬉しそうに破顔するアウラを見てセツナは思わず顔を赤らめるが、すぐに気を引き締める。
「でも、どうして……僕は生きてるんでしょう?」
「どうしてって、アウラちゃんが必死に回復魔法をかけてくれたからでしょ」
何を馬鹿なことをというミリアムであったが、
「いえ、そうじゃないです」
セツナは真面目な表情のまま、自分の見立てを話す。
「僕はあの時、ナイトメアによって体を真っ二つにされるはずだったんです」
「えっ?」
「間違いありません。僕は奴の剣の長さを目測ではかっていたんです。だから、あの間合いでは絶対に助からないと察していたのに……」
怪訝そうな顔をするミリアムを無視して、セツナは親指を立ててナイトメアを見る。
「――っ!? そ、そんなまさか……」
すると何かに気付いたのか、セツナが驚愕の表情を浮かべる。
「そうか、あの時……だから…………」
「セツナ君……」
一人でブツブツと話し始めるセツナに、アウラが顔を覗き込みながら話しかける。
「どうしたの? 何かわかったの?」
「はい、ひょっとしたらですが……」
セツナはナイトメアを凝視しながら、ある事実を口にする。
「奴の秘密を……そして倒す方法を思いついたかもしれません」
「えっ?」
「な、何ですって!?」
確信めいたその言葉に、二人の女性は驚きで息を飲んだ。