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君が無事なら

 ミリアムが作ってくれた僅かな隙に生じて、セツナはナイトメアとの距離を一気に詰める。


 普段は正々堂々と戦うよりも、搦め手を使ってコソコソ立ち回る方が得意なセツナであったが、今はその時ではないと正面切ってナイトメアへと斬りかかる。


「はあああああぁぁぁ!」


 裂帛の雄叫びを上げながら全体重を乗せて繰り出されたセツナの攻撃だったが、ナイトメアは片手であっさりと攻撃を受け止める。


「……やる」


 そう簡単にいかないことはセツナも重々承知している。

 今必要なのはナイトメアを倒すことではなく、一秒でも長く時間を稼ぐことだ。


「このっ!」


 セツナはナイトメアと切り結ぶと同時に、懐からけむり玉を取り出してナイトメアの足元へと投げる。

 地面へと叩きつけられたけむり玉はあっさりと砕け、中からもくもくと大量の煙を生み出して周囲の視界を奪う。


 このけむり玉は少々特殊で、生み出された煙は周囲に散ることなくその場に留まり続け、長い間相手の視界を奪うことができる特製の一品だった。


 これによる目くらましがどれだけ効果があるかはわからないが、セツナは今しかないと伏せているアウラに向かって叫ぶ。


「アウラさん、前へ逃げて!」

「う、うん……」


 煙で視界が殆ど利かない中、アウラはセツナの声に従って必死に足を動かして逃げ始める。


「……よしっ!」


 アウラが遠ざかっていく気配を感じながら、セツナは再びナイトメアへと目を向ける。


 同時に、


「おわっ!?」


 煙の中で動く気配のなかったナイトメアが突如として動き出し、セツナに鋭い突きを放って来たのだ。


「――っ!?」


 ナイトメアの突き攻撃はセツナの顔の僅か右をかすめ、僅かにバランスを崩す程度で済む。


「危な……ヒッ!?」


 セツナがひと息吐いた瞬間、彼の頭上を大剣が通り抜け、髪の毛が数本舞う。


「ヒィィ……」


 間髪入れず振るわれる大剣の風圧に、セツナは悲鳴を上げながら地面を這って逃げる。


 這う這うの体で逃げ出したセツナであったが、後方ではナイトメアの剣を激しく振る音が響き続けている。

 おそらく煙の中で視界が効かないので、ナイトメアは無茶苦茶に剣を振り回してセツナが近付けないようにしているようだった。


「だとすれば……」


 このまま距離を離して、一旦落ち着くのも悪くない。


 そう判断したセツナは、距離を離しながら注意深くナイトメアの動向を探る。



 セツナが立ち去ったのを知覚していないのか、煙の中からは大剣が振るわれる凶悪な音が聞こえてくる。


「…………」


 何が起きても対応できるように、セツナは油断なく武器を構えながら煙が晴れるのを待つ。


 すると、


「ん?」


 ナイトメアが大剣を振るう音とは別に、何やら馬の蹄の音が聞こえ、セツナは眉を顰める。


「ま、まさか……」


 もしかしてナイトメアは、誰かを近付けさせないために大剣を振っているのではないのかもしれない。

 勿論、自身の周りに敵を近付けさせないという目的もあるだろうが、本当の目的はそうではなく……、


「あいつ、まだアウラさんを!」


 その可能性に気付いたセツナは、ここで攻めるべきかそれともアウラを守るために退くべきか、どちらが正解かをナイフを握りながら必死に考える。



 ※


 セツナの声に従って煙の中から走り始めたアウラは、走り始めてすぐに煙を抜ける。


「アウラちゃん、こっち!」


 すると、透かさずミリアムがアウラの逃げる方向を指示してくれる。


「セツナ君が時間を稼いでくれている間に早く!」

「はい!」


 アウラは反射的に後ろを振り返りそうになったが、今はセツナを信じて逃げることを優先する。


 セツナなら何があっても生き延びるはずだ。


 ナイトメアが移動したことに気付いたカタリナたちも、セツナを救出するために動いている。

 それにセツナに何かがあっても、自分が彼の傷を癒してやればいい。


 そう考えたアウラは、自分の命を最優先に考えるために必死に足を動かす。


「はぁ……はぁ……こ、こんなことなら、もっと走り込みをしておくべきだった」


 必死に走りながら、アウラは自分の体力のなさを痛感する。

 徒手空拳での訓練をそれなりに積んで体力には自信があるアウラであったが、それでも丸一日以上、睡眠もままならない状況で動き続けて体力の限界を迎えつつあった。


 ミリアムが待つ場所まで後少し、そこまで着いたら少し息を整える時間をもらおう。


 そう思うアウラであったが、そんな彼女の眼前に再びオレンジ色の悪夢が突如として現れる。


「……えっ?」


 どうしてナイトメアが再び目の前に?


 既に大剣を振りかぶって攻撃態勢に入っているナイトメアを前に、事態が飲み込めていないアウラは、走るのを止めてその場に呆然と立ち尽してしまう。


「アウラちゃん!」

「アウラ、何をしている!」

「諦めないで!」


 鮮血の戦乙女ブラッディ・ヴァルキュリアの仲間たちから声がかけられるが、それでも体力の限界が来ているアウラは反応できない。


「あぁ…………」


 仲間の必死の声も空しく、ナイトメアの無情な一撃がアウラの体を真っ二つに切り裂く。



 そう思われたが、


「まだです!」


 ナイトメアへの追撃よりアウラを救出することを優先させたセツナが現れ、アウラの体にぶつかりながら地面へと押し倒す。


 次の瞬間、ナイトメアの大剣が二人の頭上を通り抜け、アウラは九死に一生を得る。



 ※


 すんでのところでナイトメアの攻撃からアウラを救ったセツナは、地面に倒れると同時に彼女の体を抱き上げて再び駆け出す。


「セ、セツナ君!?」

「すみません、今は喋っている暇はないです!」


 アウラと今までにないほど密着してただでさえ余裕がないセツナは、早鐘のように鳴る動悸を必死に堪えながら足を動かす。


 セツナが急いでいる理由はもう一つあった。


 攻撃を避けられたナイトメアが、既に次の攻撃態勢へと移行していたのだ。


「……クッ」


 ナイトメアが振りかぶるのを見たセツナは、嫌な汗がドッと吹き出すのを自覚する。

 これまで何度か切り結んで、ナイトメアが持つ大剣の長さがどれぐらいなのかを把握している。


 アウラを抱えて移動速度が遅くなっている自分では、次の攻撃を回避できないことを察したのだ。


(…………それでも)


 自分が犠牲になっても、アウラを守れるのなら本望である。

 そう判断したセツナは、腕の中のアウラに向かって笑いかける。


「アウラさん、絶対……絶対に死なないで下さい」

「セツナ君?」

「大丈夫、あなたのことは皆が守ってくれますから」

「セ、セツナ君待って!」


 その一言で、セツナの身に危険が迫っていることを察したアウラは、彼に自分を見捨てるように言おうとする。


 だが、それより早くナイトメアの横薙ぎの攻撃が振るわれ、逃げるセツナの背中を捉えた。

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