復活の戦乙女
「来るぞ!」
清流の流れる大広間に、ギルド『猟友会』のギルドマスター、ジンの焦ったような怒声が響く。
「二人共、次のナイトメアの攻撃に注意しろ!」
「えっ、何?」
横に薙ぎ払われた鎌を冷静に見極めて最小限の動きで回避したファーブニルが、油断なく武器を構えながらジンに尋ねる。
「ジンさん、何が来るって言うのさ」
「奴の……ナイトメアの足元を見てみろ!」
ファーブニルの質問に、ジンが首のない騎士が乗る馬の足元を指差して叫ぶ。
「馬の奴が足をかいているだろう。もうすぐ馬が痺れを切らして突進してくるぞ」
「何だ。そんなことか」
ナイトメアからとんでもない大技が繰り出されると思っていたファーブニルは、呆れたように肩を竦める。
「大丈夫ですよ。こいつの攻撃、確かに鋭いけど速さはそこまでじゃないですから。ねっ、犬さん?」
「あっ、はい、そうですね……」
油断なくナイトメアの動きを注視しながら、セツナは小さく頷く。
「どんな攻撃が来るかどうかわかりませんが、きっと問題なく対応できると思います」
「お前等な……」
これまで幾度となくしてきた注意喚起に対し、全く危機感を覚えない二人にジンは、がっくりと肩を落とす。
「確かにお前たちは特別だけど、少しは年長者の言うことに耳を傾けろよ」
「耳は傾けてはいますよ。ね? 犬さん」
「あっ、はい……別にジンさんの言うことを蔑ろにはしてません……よ」
セツナがファーブニルの意見に同意すると同時に、彼の視線に移っていたナイトメアの姿が消える。
「……えっ?」
本当に消えたとしか思えない早業に、セツナは思わず目を見開いて首を巡らせる。
すると、
「犬さん、後ろ!」
「――っ!?」
ファーブニルの声に反応してセツナが後ろを振り返ると、一瞬で背後に移動したナイトメアの巨大な馬が足を振り下ろすのが見えた。
「あっ……」
僅かな反応の遅れに、回避が間に合わないと判断するセツナであったが、
「げふっ!?」
馬の足が直撃するより早く、彼の体が横から割って入って来た影によって吹き飛ばされる。
「――っ!?」
大きく吹き飛ばされたセツナは、どうにか受け身を取ろうとするが、眼前の人物が彼の胴にしっかりと組み付いて放してくれない。
そのまま浅い水の上に組み伏せられる形になったセツナは、自分の上に馬乗りになっている人物に冷静に話しかける。
「あ、あの……アイギスさん、助けて下さってありがたいのですが……痛いです」
「あら、そう? それはごめんあそばせ」
不満そうな顔をするセツナに、ようやく彼に一泡吹かせることができたアイギスは「ホホホ」と優雅に笑いながら彼の上から退く。
「…………」
何だか妙なテンションになっているアイギスを見ながら立ち上がったセツナは、おそるおそる彼女に話しかける。
「あ、あの……アイギスさん、どうかしたのですか?」
「どうかしたのですかって!?」
セツナの質問に、大声を上げて振り返ったアイギスは、目を爛々と輝かせながら彼へと詰め寄る。
「私……今、とっても元気なの。ねえ、セツナ。どうしてだと思う?」
「えっ? い、いや……」
そんなこと言われても、セツナには一体何のことかわからないので、言葉に窮するしかない。
「何! わからないって! 顔をしてるのよ!」
セツナの曖昧な態度がさらにアイギスの怒りを買ったのか、彼女は人差し指で彼の額を小突きながら詰め寄る。
「これも! 全部! あんたが! 持って来た! 薬の所為でしょ!」
「薬? ああ、アイギスさんも仙丸薬を飲んだのですか」
アイギスが必要以上に元気になっている理由を察したセツナは、少し引いたように彼女と距離を取る。
「……よく、あんなマズイ薬飲みましたね?」
「ええっ、飲んだわよ! それはもう、皆が飲むから仕方なくね!」
「皆が……」
その言葉にセツナが周囲を見渡すと、不敵な笑みを浮かべているカタリナを中心に、こちらを見ている鮮血の戦乙女の面々と目が合う。
アイギスの言う通り全員が仙丸薬を飲んだのか、全員がしっかりと二本の足で立っていたが、顔付きは元気といより少し苦しそうな顔をしていた。
「というわけよ!」
アイギスは「ベーッ!」と薬で黒くなった舌を出すと、レイピアを取り出して構える。
「ここから先は、私たちも一緒に戦うから」
「でも……」
「でもじゃないの!」
不安そうな顔をするセツナに、アイギスは彼の背中をバシッ! と強く叩いて憤るように話す。
「確かに助けに来てくれたことは感謝してるわ。でも、私たちもこのままやられっぱなしなんて認めるつもりはないの」
「アイギスさん……」
「だから私たちは、私たちを嵌めた奴も、今この状況も全てぶち壊してやるの。それこそ鮮血の戦乙女の名に相応しく、全身を連中の返り血で染め上げる気でいるわ」
「それは……怖いですね」
全身を返り血で染め上げると言ってのけるアイギスに思わず苦笑したセツナは、ナイトメアの攻撃を回避して体制を立て直しているジンへと声をかける。
「ジンさん!」
「聞こえた!」
戦闘をはじめてしまった以上、逃げることは無理と判断しているジンは、カタリナへと目を向けて叫ぶ。
「カタリナ、やれるのか?」
「何を言っている。当然だろう」
まるで悪の組織の幹部のように、愛用の剣の刃をべロリと舐めたカタリナが獰猛に笑う。
「相手がこれまで何人もの同胞を屠って来たナイトメアだろうが知ったことではない。全てを喰らい尽くすのが、我々のやり方だ」
「……わかった」
カタリナたちの覚悟を聞いたジンは、セツナとファーブニルに向けて叫ぶ。
「こうなったら夜明け前までにこいつを倒すぞ。新人たち、付いてこいよ!」
「はい!」
「ボクは新人じゃないけど……まあ、いいや。面白くなってきたね」
ジンの言葉にセツナたちも頷き、カタリたちを含めて七人でナイトメアへと向かっていった。