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あいつが来るはずなんて……

「……あっ」


 迫りくる長大な剣を見た瞬間、アイギスは自身の死を覚悟する。

 今からでは到底回避などできないし、防御したところで自分の身体の倍以上もある剣をレイピアで防ぐことなんて土台無理な話であった。


 惜しむらくは、


「皆の無事を最後まで、見届けたかったな……」


 そう呟きながら、アイギスは全身の力を抜いて目を瞑って死を覚悟する。


 その瞬間、アイギスの脳裏に生意気な年下の少年の姿が浮かぶ。


「……もう、どうしてこんな時にあいつの姿なんか浮かぶのよ」


 絶対に助けに来るはずのない……パーティの仲間でもない人物の顔が思い浮かんだことにアイギスは自分自身で呆れてしまう。


「アイギスさん!」

「やめて、そんなんじゃないから……」


 さらに聞こえるはずのない幻聴まで聞こえると、諦観した笑みを浮かべた瞬間、


「何をしているんですか!」

「えっ? おごぇっ!?」


 アイギスは腹部に激しい衝撃を受け、年頃の女性が発したとは思えないくぐもった声を上げながら吹き飛ぶ。


「あがっ!? おごっ!? ぐへえっ!?」


 吹き飛ばされた衝撃でアイギスは何度も地面を跳ね、最後に水溜まりに顔から突っ込んでようやく止まる。



「……かはっ! はぁ……はぁ……な、何が?」


 口の中に入った水を吐き出し、腹部の激しい痛みに顔をしかめながらアイギスが顔を上げると、誰かが目の前に庇うように立っているのが見えた。


「……う、嘘」


 その背中を見て、アイギスは信じられないものを見るように目を見開く。


 ここにあいつが来るはずがない。


 だってここは三階層で、自分たちの不在を知ってすぐに出発したとしても、こんなに早く来るはずがないからだ。


 だが、間違いない。


 見間違うはずがない。


 だって自分は、この背中に何度も助けられてきたのだから。


「セツナ……」


 その名を口にした途端、感情が爆発しそうになるアイギスだったが、今はまだその時ではないと口を噤む。


 だが、このままおとなしくしているのは自分らしくないと思ったアイギスは、大きく息を吐いていつもの調子で話しかける。


「……ったく、助けるならもうちょっとスマートに助けなさいよね!」

「あっ、そ、その……すみませんでした」


 文句を言われた途端、腰を低くしてペコペコと頭を下げて謝罪するセツナを見て、アイギスは嬉しそうに相好を崩した。



 思わずいつもの癖でアイギスに謝罪の言葉を述べたセツナであったが、すぐに気を取り直して腰から小さな布製の小袋を取り出すと、彼女に向かって放り投げる。


「アイギスさん、これを」

「わわっ……」


 反射的に小袋を受け取ったアイギスは、中を覗いて訳が分からないと小首を傾げる。


「何これ? 何か黒い塊が入ってるけど?」

仙丸薬(せんがんやく)という名の特製の気付け薬です。これを飲めばカタリナさんをすぐに起こせます」

「く、薬……これが?」


 試しに小袋から黒い塊を一つ取り出してみるアイギスは、鼻を近付けて顔を盛大にしかめる。


「く、臭っ! こんなの、飲んでも大丈夫なの?」

「大丈夫です。それより早く!」


 訝しむアイギスに、セツナの必死の叫び声が響く。


「セツナ?」


 何事かとアイギスが顔を上げると、セツナを新たな標的に定めたナイトメアが長大な剣で彼に斬りかかっていたのだ。


 まるで重さを感じさせず、目にも止まらぬ速さで切り抜かれた大剣をセツナは身を捻って華麗に回避すると、返す刀でナイトメアに投げナイフを放つ。

 同時に三本投げられた投げナイフは、狙い違わずナイトメアの胴体へと吸い込まれる。


 だが、ナイフは胸に刺ささることなくそのままナイトメアの体を貫通し、やがて重力引かれて地面へと落ちる。


「チッ!」


 事前に聞いていたとはいえ、物理攻撃が効かないことにセツナは舌打ちしながらナイトメアと距離を取ると、呆然とこちらを見ているアイギスに向かって叫ぶ。


「アイギスさん、早く! カタリナさん無しでは……僕たちだけではそう長く持ちません!」

「わ、わかったわ!」


 切羽詰まったセツナの様子から彼の言う通りにするしかないと判断したアイギスは、気付け薬の入った小袋を胸に抱えてカタリナに向けて駆け出す。


「……僕たち?」


 セツナの言葉に引っ掛かりを覚えたアイギスは、足を動かしながら命の恩人である彼の方を見やる。


「もう、犬さん! 一人で先に行きすぎだよ!」

「うおっ!? もうナイトメアとエンカウントしてんじゃねぇか!」


 するとギルド『猟友会』のギルドマスターであるジンと勇者ファーブニルが現れ、果敢にナイトメアに立ち向かうセツナへと加勢していく。


「あいつ……」


 どういう経緯でセツナが他のギルドのメンバーを連れてきたのかはわからないが、きっと彼等も自分のようにあの変わり者に感化されたのかもしれない。


「……私も負けてられないわね」


 あのメンバーなら、少なくともすぐにやられることはないだろう。

 そう判断したアイギスは、前を向いて一刻も早くカタリナを起こすことに専念する。


 だが、ナイトメアに襲われた時に腰が抜けてしまったのか、アイギスは一歩踏み出そうとしたところで足を取られて膝を付く。


「あぐっ……この足、しっかりしなさい!」


 アイギスは自分の太ももを殴打して気合を入れ直すと、何度も転びそうになりながら必死に足を動かして意識を失っているカタリナにすがりつく。


「カタリナさん……」


 袋から薬を取り出し、その強烈な臭気に一瞬だけ躊躇うアイギスであったが、


「ごめんなさい……それと、怒るならセツナを怒って下さい」


 カタリナに謝罪した後、彼女の口を開けて黒い丸薬を無理矢理ねじ込んだ。

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