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犬のお仕事とは

 レオーネの必死の叫びが届いたのか、不毛な追いかけっこはそう長くは続かなかった。


 とりあえず年長者として、女性に対して失礼な言動……特に年齢については指摘しないように厳しく指導したレオーネは、息一つ切らしていないセツナを連れて自身のホームである教会へと連れてきた。



 レオーネが管理する教会は、オフィールの街が一望できる長い坂道を登った先にあった。


 屋根に信仰する天秤を掲げた女神、リブラのモニュメントがある教会は、相当年季が入っているのか、本来は白であったであろうモルタルの壁はところどころがくすんで黒くなり、陽の光が当たるであろう建物の半分は、植物の蔓によって殆どが覆い隠されていた。


 辛うじてステンドグラスがある二階部分は手入れされているようだったが、レオーネの管理がずさんなのか、お世辞にも綺麗な教会とは言えなかった。


 だが、そんな教会の有様を特に気に止めることなく、レオーネは重い足を引き摺るようにして敷地の入口である鉄の門扉を潜り、教会の入口となる木製の大きな扉の前に立つ。



「はぁ……はぁ……さあ、入っておくれ」


 建付けが悪いのか、ギギギ、と不気味な音を立てる扉を開いて、息も絶え絶えといった様子のレオーネがセツナを中に促す。


「……ふぅ、今日はセツナの他にも新たに入居者が増えるからな。中で……教会に住む連中が歓迎会の準備をしているよ」

「歓迎会……ですか?」

「はぁ……ふぅ、意外かい?」


 不思議そうな顔をするセツナに、ようやく呼吸が落ち着いて一息吐いたレオーネは、肩を竦めてシニカルな笑みを浮かべる。


「まあ、ここはとあるギルドのホームも兼ねているからね。今日はどちらかといえば、お前さんじゃなくてギルドの歓迎会だよ」

「そう……ですか」


 自分の他にも仲間が増えると聞いて一瞬だけ喜びそうになったが、それが冒険者と知ってセツナは目に見えて落ち込む。


 教会の犬としての仕事は、レオーネからある程度聞いてきた。


 セツナはこれからレオーネが行う教会の仕事全般に関わる雑用を行うのが主だが、オフィールの街では他の街にはない特別な仕事がある。


 それは死者の蘇生。


 オフィールにはダンジョンを中心に『黄昏の君』がかけた魔法の影響で、死んだ者の魂が流転せずに残るので、死体さえあれば奇跡の力で復活が可能となっている。

 ただ、それも絶対ではなく、理由は不明だがたまに蘇生に失敗し、死体が灰になるということもあるが、それで恐れをなすようでは冒険者という仕事は務まらない。


 一見すると、シスターとしてまともに仕事ができるかどうか不安なレオーネであったが、彼女は若くして教会の中でも最高難易度と言われる死者蘇生の奇跡を習得した教会きってのエリートシスターだったりするのだった。


「どうだい? 少しはお姉さんのこと見直したかな?」

「はい、とても凄いと思います」

「…………つれないねぇ」


 セツナの素っ気ない態度に思わず苦笑を漏らしながら、レオーネは説明を続ける。


 死んでも復活することができる。


 オフィールの街の冒険者は生き返ることを前提にしてダンジョンに挑むので、日々それなりの冒険者が死んでいる。


 全ての死体が教会に運ばれて蘇生が行われるのであればいいのだが、実際はそんなことはない。


 ダンジョン内で絶望的な状況まで追い詰められ、死んだ仲間を残して逃げ出さなければならないことや、パーティ全員が死亡してしまうこともしばしばある。

 当然ながらその者が所属するギルドは死亡者の救出に尽力するのだが、ダンジョンで死んだ全ての者を救えるはずもない。


 そこで登場するのが、セツナのように戦う力を持つ教会の犬と呼ばれる存在だ。


 これからセツナは教会の雑事のほかに、冒険者たちから依頼を受けてダンジョンへと潜って死体を回収する仕事を行うことになる。

 依頼内容は死体だけでなく、冒険者たちが遺した荷物の回収も含まれており、目的を達成したら速やかに帰還することになっている。


 ダンジョンへ入りながらも、決してダンジョン攻略には参加しない。


 途中にある金銀財宝には目もくれず、主である教会への忠義をひたすら果たすことが、彼等が教会の犬と揶揄される所以であった。



「仲間が増えなくて残念だったか?」


 落ち込んだセツナを見て、レオーネが親し気に肩に手を回しながら話しかけてくる。


「心配しなくても私の犬となって動いてくれるのは、セツナだけだからさ」

「えっ?」


 今のレオーネの一言に違和感を覚えたセツナは、青い顔をして彼女に尋ねる。


「そ、それって僕意外に働く者がいないってことですか?」

「いや~助かったよ」


 そんな話は聞いていないという顔をするセツナに、レオーネは彼の肩に回した手で優しく撫でながらニヤリと笑う。


「実を言うと、前の犬が逃げちゃったばかりでさ。いい奴いないかなって、いつもは行かない新人の面接に行った甲斐があったよ」

「……信じられない」

「ハハッ、頼んだよ。期待の新人」


 豪快に笑いながらも、レオーネはセツナを絶対に逃すまいと肩に回した手に力を籠めて引き寄せると、そのままズルズルと引き摺るように教会の中へと入って行った。

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