大切な仲間だから
ことの始まりは、アウラがダンジョンで怪我を負ったパーティと出会ったのがきっかけだった。
聖女を辞めるためにダンジョンに来たアウラであったが、生来の人の良さまでは失われるはずもなく、困っている人を前に手を差し伸べられずにはいられなかった。
二階層へと至る階段のところで倒れていた冒険者たちは、回復薬も回復魔法も尽きていて、アウラが手を差し伸べなければ間違いなく死亡者が出ていた。
回復魔法という貴重なリソースを、見知らぬ者のために躊躇なく割いたアウラに、命を助けてもらった冒険者たちは涙を流しながら感謝し、お礼にと自分たちが獲得し損ねた宝箱の情報を与えた。
そうして教えてもらった宝箱に、誰がワープの罠が仕掛けられていると思うだろうか?
飛ばされた先は三階層にある玄室だったが、外から鍵がかけられており、ようやく鍵を開けることができた時には陽が暮れて夜になっていた。
夜になったことで次々と現れたアンデットたちを前に、カタリナを中心に鮮血の戦乙女の面々は一歩も臆することなく戦った。
特に対アンデッドの魔法を持つミリアムとアウラの二人の活躍もあり、このまま地上への脱出も不可能ではないと思われたその時、彼女たちの前にオレンジ色に発行する浮遊体、ナイトメアが現れたのだった。
「本当に……申し訳ありませんでした」
カタリナの額についた血を拭き取りながら、アウラは懺悔の言葉を口にする。
「ナイトメアを見つけた時、私の足が止まってしまったせいで、カタリナさんが私を庇って……」
そう言いながらアウラは回復魔法を唱えようと手を掲げるが、彼女の手に僅かに緑色の集まるだけで、魔法へと至らない。
既にアウラもミリアムも魔法を使うだけのリソースが残っておらず、カタリナの治療を行うことができないのであった。
「ごめんなさい……本当にごめんなさい」
「アウラ、あまり自分を責めてはダメよ」
尚も使えない回復魔法を使おうとするアウラの手を、ミリアムが手を伸ばして優しく掴む。
「これ以上の無理はしないで。下手すると命に係わるわよ」
「ですが!」
「落ち着いて、あなたは何も悪くないわ」
ミリアムは手を伸ばして泣き喚こうとするアウラの頭を胸に抱くと、そっと撫でながら諭すように話す。
「とりあえず、大きな声を上げるのは絶対にダメ。もし、ナイトメアの耳が良かったら、私たち全員死んでしまうわ」
「――っ!?」
その言葉で、アウラは自分が取り乱してとんでもない失態を犯すところだったことを知り、顔を伏せて静かに泣き出す。
「…………本当に、申し訳ございません」
「だから、気にするなって言ってんのよ」
アイギスはぶっきらぼうに話しながら、涙を流し続けるアウラの頭を優しく抱く。
「パーティの責任は全員で背負うものなの。誰もアウラのことを責めていないでしょ?」
「…………はい」
アイギスに言われて、アウラは誰も自分のことを責めることなく、むしろ擁護してくれていたことに気付く。
「……どうしてですか?」
いっそのこと責めてくれた方がありがたかったと思うアウラは、アイギスの胸の中で小さな声で訊ねる。
「どうして誰も私のことを責めないのですか?」
「そんなの時間の無駄だからに決まってるでしょ」
アイギスはアウラから身を離すと、白い歯を見せてニヤリと笑ってみせる。
「私たちは他のギルドより圧倒的に人数が少ないでしょ? だから、誰かを責めるような後ろ向きなことはしないの」
「そうよ、それより今は前向きな話をしましょう」
アイギスに続いてミリアムもやって来て、慈母の笑みを浮かべてアウラの頬を優しく撫でる。
「大丈夫、カタリナは疲れたからちょっと寝ているだけ。だから今は彼女が起きた時にどう動くかを考えるの」
「どう……動くか?」
「そう、ここで朝まで待つのは得策じゃないわ。だからこの場をどうやって切り抜けるのか、アウラならどうする?」
「どうするって……私は」
つい先程の失態があるので、アウラは咄嗟に意見を言っていいものかどうか戸惑う。
だが、
「ほら、何してんの。先ずはアウラが意見を言うのよ」
「そうそう、私たちが先に言っちゃったら、アウラはそれに従っちゃうでしょ」
アイギスとミリアムも、アウラに黙ることは許さない。
全員が平等に意見を言い合う。
それは鮮血の戦乙女の流儀であった。
「大丈夫、ちゃんと皆で話し合って、何が最善手かを考えるから」
「そうよ、私たちもアウラを信じるから、アウラも私たちを信じて」
「信じる……」
顔を上げると、笑顔の二人がアウラの手を取って力強く頷いてみせる。
「アイギスさん、ミリアムさん……」
言葉に出さずとも、二人から伝わって来る厚い信頼に、アウラは目頭が熱くなるのを自覚する。
アウラはこれまでも、アイギスとミリアムの二人から信頼されているという自覚はあったが、それは大きな失敗もなく無難に立ち回れていたからだと自負していた。
一度の失敗で評価ががらりと変わり、周りから冷たくされる人を何人も見て来たアウラとしては、今回の失敗で自分も例に漏れず冷たくされるものだと思っていた。
しかし、アウラの心配をよそに二人は変わらず接してくれたし、これからも必要だと思ってくれている。
ならばアウラがやることは決まっている。
仲間からの信頼に応えるため、二人を信じることだ。
「……わかりました」
再び溢れそうになった涙を拭ったアウラは、かけがえのない二人の仲間に頷いてみせる。
「ここから生き延びる方法を話し合いましょう……皆で」
そうしてアウラたちは、この絶望的な状況を切り抜ける方法を話していった。