表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
76/95

向かう者、留まる者

「ア、アウラさんの……葬式?」


 ファーブニルから飛び出した物騒な言葉に、セツナは乾いた笑みを浮かべる。


「な、何を言っているんですか。だってまだアウラさんは……」

「うん、まだ死んでないよ……まだね」


 ファーブニルは、エレベーター先のダークゾーンに首を突っ込んで中の気配を伺いながら感情を殺した声で話す。


「でも、今日アウラちゃんがダンジョン内で死んだ場合、蘇生は絶対に行われないとしたら?」

「そ、そんなこと……」

「可能なんだよ。だって蘇生の魔法は、リブラ教の人間にしか使えないんだからね」

「あっ……」


 その一言でセツナは、どうして死者蘇生が教会でしかできないのかを思い出す。


 このオフィールの街では『黄昏の君』の魔法の影響で、死者の魂が流転せずに残るから死者蘇生の奇跡が使えるということだが、この奇跡自体はリブラ教に元々あった回復魔法を改修して創った魔法であった。


 故に、死者蘇生の奇跡を覚えるためにはリブラ教に入信する必要があり、オフィールの街にある教会の主は、出身地は違えど全員がリブラ教の信徒であった。


「そして僕たちの地区の教会だけじゃなく、今、殆どの地区の教会の関係者は、ヴァ何とかさんのミサのために駆り出されて忙殺されてるんだ」

「じゃ、じゃあ、教会の仕事は?」

「多分、明日のミサが終わるまでは、まともに仕事できないと思うよ。復活の奇跡も含めてね」

「それは……」


 ファーブニルの指摘に、セツナは思い当たることがあるように顔を伏せる。


 普段から好きな時に煙草を吸い、傍若無人に振る舞う自他共に認める不良シスターであるレオーネですら、ヴァルミリョーネからの要請を断ることができず、真面目に仕事に追われていた。


 それだけ甚大な影響力を持つヴァルミリョーネが、アウラに復活の奇跡を使うなと命令すれば、殆どの教会の人間は従うしかないのではないだろうか。


(いや、既にそう命令している可能性の方が高い)


 だからこそ、ファーブニルたちはヴァルミリョーネの企みを阻止するために、行動を起こしたのだ。


(ならば、僕にできることは……)


 セツナは瞳に決意の炎を宿すと、ダークゾーンに入ろうとするファーブニルの背中に話しかける。


「ファーブニルさん、一刻も早くアウラさんたちのところへ案内してくれますか?」

「犬さん……うん!」


 セツナの顔を見て何かを察したファーブニルは、笑顔を弾けさせながら力強く頷く。


「じゃあ、ここから本気で駆けていくけどいいかな?」

「お、おい、ちょっと待て」


 イキイキととんでもない提案をするファーブニルに、ジンが青い顔をして彼女に尋ねる。


「もしかしてだけど、ダークゾーンの中を走るとか言わないよな?」

「ハハハ、ジンさんったら、何言ってるんですか」

「そうだよな。ハハッ……」


 一寸先すら見えないダークゾーンの中を駆けていくなんて正気の沙汰とは思えない、


 そう思うジンであったが、


「大丈夫です。ボクと犬さんでジンさんをサポートしますから」

「任せて下さい」


 ファーブニルの言葉に、セツナもすかさず続く。


「ご心配なさらなくても、壁にぶつかるような真似はしませんから」

「あっ、いや、そのだね……」


 そういう意味じゃないと伝えたいジンであったが、二人の少年少女による熱い眼差しを受けて困惑したような表情を浮かべていたが、やがて観念したように項垂れると、二人に向かって手を差し出す。


「その、できるだけ安全な道でお願いします」

「勿論です」

「最短距離で行こうね」


 不安そうなジンに、セツナは真剣な面持ちで、ファーブニルはまるで話を聞いていないかのようにさらりと言ってのけると、それぞれ鍛えられた逞しい腕を掴んでダークゾーンへと引き摺り込んだ。



 ※


 セツナたちが三階層のダークゾーンの中へと入った頃、同じ階層にある一つの玄室で、アイギスは僅かに開いた扉の隙間から、ちらと外を見て憎らし気に舌打ちする。


「……あいつ、何時までいるつもりなの?」


 アイギスの猫のような目の先には、川の流れる通路の真ん中でふよふよと漂うオレンジ色に発光する浮遊体がいた。


 直径が五メートルほどある巨大な球体は、一見すると馬に乗った騎士のように見えるが、右へ行ったり左へ行ったりと移動する度に不規則に形を変え、顔と思しき場所には目や鼻は疎か口すら付いておらず、まともな生物ではないことは一目瞭然だった。


「何なのあれ、あれが夜だけに出るというナイトメアって奴なの?」

「アイギス、止めなさい。下手に刺激するのは得策じゃないわ」


 謎の発光体の正体を見極めようとするアイギスを、ミリアムが後ろから手を伸ばしてそっと引き留める。


「目があるかどうかはわからないけど、気付かれたら大変よ」

「どうかしら? 私には目は疎か、知能があるかどうかも怪しいと思うわ」

「なら、尚更よ。知能がないなら、間違っても悟られるようなことは避けるべきよ。二度目はないのはわかってるでしょ?」

「はいはい、わかりましたよ」


 強い口調で咎めてくるミリアムに、アイギスは不服そうに頷くと、音を立てないようにそっと扉を閉じる。


「もう、まさかこんなことになるなんて……」


 扉からそっと離れながら、アイギスは悔し気に歯噛みする。



 すると、


「……すみません」


 室内の奥から、消え入りそうなか細い声が聞こえる。


「私が油断してワープの罠のかかった宝箱を開けたから……」

「ち、違うわ。アウラだけのせいじゃないわよ」


 意気消沈したように肩を落とすアウラに、アイギスは慌てたように取り繕う。


「私たちも宝箱の形状だけ見て、罠の心配はないと油断したのもいけないのよ」

「ですが、私が……私があんなあからさまな嘘に騙されなければ……夜のダンジョンの恐ろしさを知っていたら……」


 堪え切れなくなったのか、アウラは目から涙をぽろぽろ零しながら視線を落とす。


「カタリナさんが大怪我をすることなんてなかったのに……」


 そう言ったアウラの膝の上には、額から血を流し、意識を失ったカタリナが横たわっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ