チン、と扉を抜けた先は……
チン、という軽快な鈴の音と共に、鉄の扉が音を立てて開いていく。
「えっ? これでもう三階に着いたのですか?」
ニヤリと笑いながらこちらを見ているファーブニルたちの顔色を伺いながら、セツナはおそるおそる扉の外へと出る。
エレベーターについてジンから説明を受けても今一理解できなかったセツナであったが、論より証拠ということで、とりあえず彼の指示に従って扉の中に入った。
中に入り、次に扉が開いた時には三階に着くと言われたが、果たしてこれで辿り着いたのだろうか?
そうしてセツナが扉を出た先で見たものは……、
「川だ」
かつてサキュバスに襲われた三階層の通路で見たものと同じ小川が通路の真ん中に流れていた。
ダンジョン内に川が流れているなんて普通ではな考えられない状況こそが、ここが三階層である何よりの証拠だった。
「す、凄い……本当にあっという間に三階層に着いてしまった」
「でしょ? ボクたちもエレベーターを見つけてから、探索が劇的に変わったもん」
「……でしょうね」
ダークゾーンで少し戸惑ったが、それでもダンジョンに入ってからここまで一時間もかかっていない。
陽の出ている時間しか探索できないことも考えると、いかに短い時間で深く潜れるようになることは、冒険者にとって至上命題と言っても過言ではない。
でも、だからこそセツナには気になることがあった。
「あの、そんな貴重な道を、僕に教えてよかったのですか?」
「そうだね。正直なところ、あまり良くはないかな」
セツナの質問に、ジンは後頭部を掻きながら肩を竦める。
「この道は、我々が苦労の末に見つけた道だからね。余りギルド外の人間に知られたくはなかったかな……だからね」
ジンは両手を合わせると、セツナに向かって申し訳なさそうな顔で懇願する。
「悪いけど、この通路のことは他の子には黙っててもらえると助かる。もちろんセツナ君はこれからも使ってもいいからさ」
「あっ、はい、それは勿論です」
いくらお世話になっているとはいえ、カタリナたちにこの順路を易々と教えるほどセツナは不義理ではない。
だからと、セツナは真摯な表情でジンに向かって誓いを立てる。
「心配なさらなくても、今後、僕はこの道を……あのエレベーターは使いません。今回だけと割り切るつもりです」
「…………助かる」
あくまで口約束でしかないが、セツナの態度を見たジンは彼が嘘を言っていないと悟り、ホッと息を吐く。
「でも、セツナ君は遠慮せず使ってくれてもいいんだぜ。君なら、他の連中に見つかるようなヘマはしないだろうからな」
「で、ですが……」
「まあ、二度と使わないなんて言わず、いざという時は迷わず使ってくれ。それで助かる命があるなら我々としても本望だからね」
「……わかりました」
ジンの提案に、セツナは深々と頭を下げて礼を言う。
「ありがとうございます。あのエレベーターは誰かを助けるために使いたいと思います」
「ああ、そうしてくれ」
気持ちのいい返事にジンはと白い歯を見せて笑うと、懐から地図を取り出して今後の方策を伝える。
「さて、それじゃあサクッ、と彼女たちを見つけに行こうか」
「はい……ですが、当てはあるのですか?」
こうして三階層まで連れてきてもらったのはいいが、前に貰った地図を見た限りでは、この階層はこれまでの二階層と比べて遥かに広く、大きな都市が丸々一つ入るのでは? と思うほど広かった。
その中から安全のために隠れているかもしれない鮮血の戦乙女の面々を見つけるのは至難の業だと思われた。
「まあ、その辺は心配ないよ。言っただろ? 怪しい奴の情報を追ってきたって……」
「ま、まさか……」
「ああ、そのまさかだ」
ジンは唇の端を吊り上げてニヤリと笑ってみせる。
「当然ながら怪しい箱が何処に運ばれたか、そのワープ先も見当はついている」
「ほ、本当ですか!?」
「ああ、だから我々が向かう先は連中が箱を置いた場所ではなく、ワープで飛ばされる先というわけだ」
「――っ!? それは……凄いです」
それはセツナにとってまさに救いの一言だった。
どうしてジンたちが箱の運ばれた場所から、罠が発動した先の位置まで把握しているのか?
その理由は実に単純だった。
「奴等がカタリナたちに罠をかけるところまで見た我々は、箱を運んだ連中の一人を捕まえて、ちょっと話を聞かせてもらったんだ」
「話を……聞かせてもらった?」
果たして違うギルドの人間に、そんな簡単に秘密を漏らすものだろうか?
そう思っていると、
「まあ、あれだよね……ちょっと鼻の形ぐらいは変わっちゃうよね」
ファーブニルが小さくかぶりを振って薄く笑う。
どうやらファーブニルたちは、ギルド神秘の探究者のメンバーの一人を捕まえ、拷問にかけて無理矢理情報を引き出したようだった。
「本当はもっとスマートにやるつもりだったんだけど、今回はほら、時間もないから」
「時間?」
「うん、犬さんも会ったでしょ? あの教会のお偉いさん」
「えっと……ヴァルミリョーネ大律師?」
「うん、その人……ヴァ……ヴァル何とかさん」
ヴァルミリョーネの名前を覚えていないのか、ファーブニルは舌をベーッ、と出して嫌悪感を露わにする。
「実はその人が明日、教会でお葬式をやるって言うんだ」
「お葬式……誰の?」
「聖女様の」
「えっ?」
ファーブニルの言葉に、セツナは目をまん丸に見開いて驚いた。