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真っ暗闇の先へ

 セツナを速攻で三階層まで連れて行く。

 そう宣言したジンが連れてきたのは、一階層のとある広間だった。


「ここは……」


 既に一度この場所を訪れたことがあるセツナは、もしやと思いながらジンに尋ねる。


「もしかして用があるのって……あそこですか?」

「ああ、よくわかったね。そう、あそこだ」


 ジンはニヤリと笑って頷くと、目の前の夜の闇よりも真っ暗な空間を指差す。


「これから我々は、あのダークゾーンの中へと入って行く」

「えっ?」


 てっきり次の階層へと向かうものだと思っていたセツナは、困惑したようにジンに尋ねる。


「あの先には、何もないのではないのですか?」


 以前、ダークゾーンの先をカタリナとミリアムが調べて、その先は行き止まりだったと聞いている。

 ベテランの冒険者であるカタリナたちが調べて何もなかったというのであれば、これ以上の探索は無用だと思っていたので、セツナは自分でダークゾーンを調べようとは思いもしなかった。


「フフフ……犬さん、甘いね」


 小首を傾げるセツナに、不敵な笑みを浮かべたファーブニルが「チチチ」と眼前で指を振りながら話す。


「例え皆が無いと言っても、自分で確かめるまでは信じないのが冒険者だよ」

「…………確かに」


 冒険者としては全くのぐうの音も出ない正論に、セツナは頷くしかなかった。


「フフッ……」


 冒険者ではないはずなのに、真剣に気落ちするファーブニルはそんな彼を可愛いと思いながら笑顔で手を差し伸べる。


「さあ、犬さん、お手」

「むっ……僕は教会の犬ですけど、獣の犬じゃありませんよ」


 教会の犬と呼ばれる立場であっても、本物の犬扱いされる筋合いはないと、セツナは怒りを露わにするが、


「違う違う、そうじゃないよ」


 ファーブニルはケラケラと笑いながら、手を差し出した理由を話す。


「実はダークゾーンの中に別の通路へと続く道があるんだよ。でも、何も見えないからはぐれないように手を繋ごうって話」

「あっ、そう……でしたか」


 犬呼ばわりされることは慣れたはずなのに、こんなことぐらいで感情を露わにしてしまったことをセツナは恥ずかしく思いながらファーブニルの手をそっと握る。


 国から勇者と呼ばれるほどの強さを持つファーブニルの手は、思ったよりずっと柔らかく、彼女の心のように温かくて、セツナは思わず赤面しながら先程の非礼を詫びる。


「その、すみません……でした」

「気にしてないよ。むしろ、犬さんのちょっとカッコイイところ見れてラッキーかな?」

「えっ?」

「ううん、何でもない」


 かぶりを振ったファーブニルはセツナに背を向けると、彼の手を引いてダークゾーンへとズルズルと引き摺るように歩き出す。


「おいおい、俺のことを置いていくな」


 早足で闇の中へと突撃しようとするファーブニルに慌てたジンが駆け寄って来て、彼女のもう片方の手を取る。


「この先はお前の方が詳しいんだから、離さないでくれよ」

「は~い、わかってますって」


 不安そうなジンに対し、ファーブニルは気楽に返事しながらセツナへと向き直る。


「というわけで犬さんも、間違ってもボクの手を離さないでね。もしはぐれちゃったら、その時点で皆を助けるのは無理だと思った方がいいよ」

「は、はい、わかりました」


 そう言われては是が非でも離すわけにはいかないと、セツナはファーブニルと繋がっている手を握り直しながら、ダークゾーンへと足を踏み入れていった。



 ダークゾーンの中は、その名が示す通り一寸の先すら見えない真の闇が広がっていた。


「こ、これは……」


 前後どころか、上下左右すら不覚になるほどと漆黒の闇に、セツナは自分がちゃんと歩けているかどうかもわからなくなる。

 そんな状態が暫く続くと、今度は地面の感覚すら危うくなって来て、セツナは思わずその場に立ち止まろうとする。


 だが、


「犬さん、ダメだよ」


 立ち止まろうとするセツナに、ファーブニルが強く手を引いて引き寄せる。


「ここで立ち止まったら、自分が何処にいるか本気でわからなくなっちゃうよ。だから気を強く持って歩いて」

「わ、わかりました」


 ファーブニルが抱き寄せたのか、耳元に彼女の温かい息がかかり、セツナは赤面しながら小さく頷く。


「すみません、流石にここまでの暗闇は初めてなので、少し動揺しました」

「それは仕方ないよ。生き物は本来、暗闇を恐れるものだかね」


 そう言いながらも全く恐れた様子を見せないファーブニルは、抱き寄せたセツナの肩をポンポン、と励ますように叩きながら話す。


「でも、犬さん凄いよ。ちょっと声をかけただけで、すぐに立て直してみせたね」

「……わかるのですか?」

「うん、あれだけの時間で脈拍も落ち着いてるし、息も乱れてない。犬さんってば、凄い厳しい鍛錬を積んで来たんだね」

「ハハッ、どうも……」


 ファーブニルからの賞賛の言葉に、セツナは思わず苦笑を漏らす。


 勇者に認められるほどの厳しい鍛錬を積んだ成れの果てが、冒険者でなく教会の犬なのだから笑うしかなかった。


「じゃあ、そんな犬さんにボクのとっておきを教えてあげるよ」


 真っ暗なのでセツナの苦笑する顔が見えないからか、ファーブニルは殊更明るい声で話を続ける。


「実はこのダークゾーンはね? 見えないけど、構造を把握することはできるんだ」

「構造を把握?」

「うん、空気の流れを感じることで、大体の構造を把握できるんだ。コツさえ掴めば簡単にできるし、きっと犬さんならできると思うよ」

「何言ってんだ。そんなことできるのお前だけだよ」


 話を聞くだけで無謀だと思える要求に、ジンの呆れたような声が聞こえるが、



「……やってみます」


 セツナは素直に頷くと、目を閉じて空気の流れを読み取る努力をしてみる。


(何でだろう。ファーブニルさんは無茶苦茶言ってるようだけど、何となくわかる……)


 それがファーブニルと思考回路が似ているからなのか、それとも戦闘スタイルに何かしらの共通点があるからなのか、どうすれば空気の流れを感じられるかセツナは瞬時に理解する。


 そうして、全神経を集中して空気の流れを感じたセツナは、ファーブニルの手を引いて、枝分かれした道を示す。


「あっちに小さな通路がありますね」

「うん、さっすがよくわかったね」

「……マジかよ」


 すぐ近くでジンが息を飲む気配がしたが、ファーブニルの言う通りコツさえ掴めば実に簡単な話だとセツナは思った。


 そこから先は、セツナもダークゾーンに対する恐怖は全くなくなり、一行は迷うことなく暗闇の世界を駆け抜けた。



 そうして辿り着いた先には、何やら古めかしい鉄の扉があった。


「ここは……」

「驚いたかい?」


 ファーブニルに手を引かれ、遅れてやって来たジンは、この鉄の扉の正体を告げる。


「これは一気に他の階層へと行ける秘密の装置、エレベーターだよ」

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