管理されるダンジョン
ナイトメアという強敵が現れると聞いたセツナは、緊張した面持ちでダンジョンへと足を踏み入れたが、
「…………何だかいつもと変わらないですね」
一見すると何も変わっていない光景に、肩透かしを喰らったかのような顔をする。
夜のダンジョンといってもダンジョン内は元から陽の光が入らないのと、魔法のロウソクによって一定の明るさが保たれているので、夜と言われなければそうだと気付かないほど変化は見られない。
「うんうん、犬さんが言いたいこと、よくわかるよ」
何とも言えない表情をするセツナに、ファーブニルがコクコクと何度も頷いてみせる。
「でもね、ダンジョンで一番怖いのは、そうやって時間の感覚を見失ってしまうことなんだ」
「夜になると不死系の魔物が出るから、ですね」
「そうそう、特に調子がいい時とかは時間の感覚がわからなくなっちゃうからね。結構強い新人の子なんかは、それであっさり死んじゃうのよ」
その為、ダンジョンに深く潜る際はメンバーの中に最低でも一人は外の時間がわかる道具か、同じ効果のある魔法が使える者が必須になるという。
「なるほど……」
未熟な者ほど周りが見えなくなるので、地上に戻る時間を計算しないで活動して、知らない間に夜になってしまうということも珍しくないだろう。
だが、それはそれとして気になることもあった。
「時間を気にしなければならないとなると、ダンジョンの奥に潜るのは難しくありませんか?」
ダンジョンの奥へ進むとなると、それだけでそれなりの時間がかかる。
セツナが三階層まで潜った時は魔物から狙われないお守りと、渡された地図を頼り進んだが、それでも目的地までおよそ二時間の時間を要した。
最前線は六階層を攻略中とのことだが、お守りもない状態で潜るとなった場合、六階層まで辿り着くだけでも半日近くかかってしまうのではないだろうか?
となれば六階層を探索するどころではないし、さらに下の階層は最低でもダンジョン内で一泊はしないといけないのではないだろうか?
「なるほど、セツナ君の懸念は尤もだな」
セツナの疑問に、周囲の状況を探っていたジンが戻って来て話に加わる。
「当然ながら方法論の一つとして、ダンジョン内で寝泊まりするのもある」
「あるのですか!?」
「ああ、実はダンジョンには、魔物と接敵しない場所がいくつかあるんだ」
そう言ってジンは、ダンジョンで魔物がやって来ない場所を指立てしながら説明する。
「一つはここの広間、二つ目はフロアのボスがいる大広間、そして水が湧き出る玄室だ」
ダンジョンに生息する魔物は他のダンジョンとは違い、ダンジョンを造った『黄昏の君』によってある程度行動を制限されているのだという。
詳しいメカニズムは不明だが、魔物たちの行動に制限があるが故に、何年もダンジョンが攻略されなくてもオフィールの街が魔物に襲われることなく、平和が保たれているのだという。
「なるほど……」
ジンの説明を聞いたセツナは、納得いったように深く頷く。
「これで長いこと抱いていた疑問が一つ解消しました」
「疑問?」
「はい、常々どうしてダンジョンに入る人を、制限する必要があるのだろうと思っていました」
ギルド総本部であるコロッセオは、ダンジョンから出てくる魔物を街に入れないために存在するべきはずなのに、ここではその逆で余計な人を入れないために存在している。
「余計な犠牲者を出さないことも大事かもしれませんが、無謀な連中が犠牲になってくれれば、少なくとも街の犠牲者は減るはずですよね?」
「ま、まあ、そうだな」
あまりにも歯に衣着せぬ物言いに、ジンは思わず苦笑する。
「確かにセツナ君の言う通り、冒険者ギルドでは極力死者が出ないように配慮し、より多くの人間にチャンスを与えてやろうということになっている」
「それもあのレックスという人が決めたのですか?」
「そういうことだ。賛否はあるが、お蔭で無頼漢である冒険者の数の割には、街の治安は保たれていると俺は思っている」
「まあ、確かに……」
果たしてレックスの日和見主義のような規律が正しいかどうかはわからないが、少なくとも一定の成果は出ていると認めざるを得ないとセツナは思う。
「だが……」
セツナがレックスの評価を改めていると、難しい顔をしたジンが唸り声を上げる。
「正直なところ、これまではレックスの言う通りにすれば何とかなるという風潮があったが、今回の件で少し考えを改めないといけないかもな」
「それは、鮮血の戦乙女を罠に嵌めたという話ですか?」
「そうだ……」
ジンは深く頷くと、自分の部下から上がったという報告について話す。
「俺たちのギルドは人数が多い分、ダンジョンに挑む奴も多いからな。早い奴はコロッセオが開くと同時に潜るんだよ」
「そこで、不審な動きをする人たちを見たんですね?」
「ああ、正確には、大きな箱のようなものを運んでいるところだがな」
早朝、いつもの時間にギルド職員たちがやって来ないことを不審に思ったジンの部下がカウンターの奥へと進むと、ギルド職員と教会の騎士たちが宝箱のような大きな箱を運んでいるのを目撃する。
人目を憚るように運ばれた箱をレックスのギルドメンバーが受け取ると、棺に入れてダンジョン内へと運んでいったという。
「その後、連中がカタリナたちに話しかけ、連中が返ってこないとなったら……」
「もう、黒も同然ですね」
唯一の誤算は、箱を運ばれるところを見られたことだろうが、レックスたちが教会とグルなのは間違いだろう。
どうして冒険者であるレックスが教会の手先となっているのかは不明だが、今はそんな些細なことを気にしている場合ではない。
「今は原因の究明よりも、一刻も早く皆を助けに行きましょう」
こうしている間にも、アウラたちに命の危機が迫っているかもしれないのだ。
「僕のことは気にせず、全力で駆け抜けて下さい」
「うむ、安心しろ。俺が速攻で三階層まで連れて行ってやるよ」
セツナの願いに、ジンはニヤリと笑ってみせた。