夜のダンジョンへ
まさかの人物の登場に、セツナだけでなくこの場にいる全員が驚き、固まる。
「な、何故だ!」
その中でいち早く立ち直ったレックスは、首をコキコキと鳴らして体をほぐしている様子のジンへと話しかける。
「ジン……どうして君たちがここにいる。今回の件、君たちのギルドには関係ないはずだ」
「いや、そうでもない」
何処か焦燥に駆られているようにも見えるレックスに、ジンはゆっくりとかぶりを振ってエルフの青年を睨む。
「今回の件、ちょっとキナ臭い報告があってな」
「キナ臭い?」
「ああ、ダンジョンに向かう鮮血の戦乙女の面々に、わざわざ宝の情報を与えた奴がいたんだよ」
「それの何処がキナ臭い話なんですか? 別にないことではないでしょう?」
「その宝が、実は外から持ち込まれたワープの罠のかかった宝だとしてもか?」
ジンは自分の腰に刺してある反りのある剣、刀の柄に手をかけると、何時でも抜刀できるように立ってレックスを睨む。
「ちなみにその話をした奴は、神秘の探究者のギルドメンバーだった、っていう噂だ」
「フッ、何のことでしょう?」
殺意を込めて睨むジンの視線を受けても、レックスは表情一つ変えることなく不敵に笑ってみせる。
「大体、その話はあくまで噂でしょう?」
「ああ、そうだ。ただの噂だ」
ジンも確固たる証拠は掴んでいないのか、レックスにそれ以上の追及をしようとはしない。
この話はこれで終わりだと、ジンはセツナと合流するために前へと歩き出す。
「だがな……」
ジンはレックスとすれ違う直前、彼の耳にだけ聞こえる声で囁く。
「これだけは言っておく。教会の連中に恩を売っても、碌なことにはならんぞ」
「……何を言ってるのか、さっぱりわかりませんね」
あくまでジンの主張を認めるつもりはないのか、レックスは余裕の笑みを崩さない。
「ですが忠告はありがたく受けておきましょう。その時が来たら、お断りさせていただきますよ」
「そうしておけ、俺たちは冒険者であって犬ではないからな」
「……フッ、犬の手助けをするあなたが言いますか」
互いにバチバチと視線を交錯させた二人のギルドマスターは、同時に視線を切ると、それぞれ背を向けて歩き出す。
「待たせたな」
レックスと別れたジンは、先にファーブニルと合流して呆然と立ち尽くすセツナに話しかける。
「改めて言うまでもないが、我々も君に同行してもいいかな?」
「そ、それは構いませんけど……でも、どうして?」
「どうして? そりゃ、俺たちが冒険者だからだろう」
セツナの疑問に、ジンは白い歯を見せてニヤリと笑う。
「我々は荒くれ者で、はみ出した者だ。そんな我々が最も嫌うのは、人を縛って意のままに操ろうとする権力者と、後ろでコソコソ隠れて表に出てこない黒幕ってヤツだ」
「はぁ……」
「フッ、わからないか?」
理解されるとは思っていなかったのか、ジンは白い歯を見せて笑うと、手を伸ばしてセツナの頭をくしゃくしゃと撫でる。
「まっ、長く生きていれば、いずれセツナ君にもわかる日が来るよ。今回は単に、利害が一致したと思ってくれればそれでいい」
「そうそう、大船に乗ったつもりで、ど~んと構えてくれていいからね」
セツナの隣にやって来て腕を取ったファーブニルは、彼の手を引きながら笑う。
「それじゃあ、歩きながら夜のダンジョンについて説明していくね」
「よ、夜のダンジョン……ですか?」
「あっ、やっぱり知らなかったんだ。犬さん、ダメだよ」
ファーブニルはセツナの前へ出てくるりと回って振り返り、人差し指を立てて彼の胸元をトン、と軽く叩く。
「夜のダンジョンには、夜にしか出ない魔物が多数いるんだけど、その魔物たちには、犬さんが付けているお守りは効かないんだよ」
「えっ? そうなんですか……」
「そうだよ。しかも魔物はスケルトンやゾンビ、レイスといった不死系の魔物だからあのまま一人でいったら、いくら犬さんが強くても危なかったよ」
ファーブニルは両手を上げて、獰猛な動物が襲いかかるようなポーズを取ると「がお~」と言いながらセツナの腕に爪を立てる。
「それに、夜のダンジョンの怖いところはそれだけじゃないんだよ」
「ま、まだ何かあるんですか?」
「あるんですよ。ねっ、ジンさん」
「そこで俺に話を振るのかよ」
まさかの丸投げに、ジンは苦笑しながらもファーブニルからの説明を引き継ぐ。
「夜のダンジョンには、ナイトメアと呼ばれる特別な魔物が出現するんだ」
「ナイトメア……」
名前から一体どんな魔物かと思っていると、
「といってもナイトメアは俗称であって、実際にどんな敵が現れるかは接敵するまでわからないんだ」
ジンからまさかの一言が告げられる。
「ナイトメアはダンジョンを照らすように発光して移動しているんだが、その光に惹かれて近付くと、様々な形に変化して襲いかかってくるんだ」
ジン曰く、ナイトメアは身の丈よりも大きな鎌を持った死神の格好をしていたとか、首のない馬に乗った首なし騎士、デュラハンの格好をしていたとか、はたまた腕が六本もある鬼の格好をしていたとか、最初は発光体として漂っていたという証言以外はバラバラ過ぎて未だにその正体がハッキリしていないという。
「しかも、ナイトメアを討伐した者はまだいないんだ。だから、もし中で奴と鉢遭うことがあったら全力で逃げるぞ」
「わ、わかりました」
この中で間違いなく最強のジンにここまで言わせる魔物がいると聞かされて、セツナは知らず口内に溜まっていた唾を飲み込むと、気合を入れるために両頬を叩いて『猟友会』の二人に向かって頭を下げる。
「お二人とも、ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
「うん、任せて。絶対に皆を助けようね」
「この借りは高くつくからな。覚悟しとけよ」
こうして急遽三人でパーティを組むことになったセツナたちは、行方不明になった鮮血の戦乙女のメンバーを助けるため、夜のダンジョンへと潜っていった。