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THE・お役所仕事

「どういうことですか!」


 すっかり人気の無くなったコロッセオ内に、セツナの怒号が響き渡る。


「どうして今からダンジョンに潜るのがダメなのですか!」

「そ、そう言われましても……」


 鬼の形相で迫るセツナの迫力に、対応したギルド職員は冷や汗を流しながら助けを求めて周りを見る。


 だが、誰もが気まずそうに目を逸らすだけで、手助けに入ろうとはしない。


 彼等からしてみれば、既に勤務時間も終わっているのに、ルールを破ってダンジョンに行きたいなんて輩の相手なんてしたくないと思っていたのだ。


 厄介ごとには巻き込まれたくないというギルド職員たちの日和見主義が、セツナの怒りをさらに買う。


「あなた達では話にならない! 誰か話の分かる人はいないのですか!」

「話が分かる人と言えば……」


 ギルド職員たちは互いに顔を見合わせると、ある一人の人物の名を上げる。


「や、やっぱりレックス様かと……」

「レックス……また、あの人ですか」


 冒険者として失格の烙印を押されたレックスの登場に、セツナは頭痛を堪えるように額を押さえながら質問する。


「それで、そのレックス様は何処にいるのですか?」

「ど、何処って……」

「今日はギルド総本部には顔を見せていないです」

「……はぁ」


 ギルド職員たちの他人事のような態度に、セツナは盛大に溜息を吐く。


「もういいです。あなたでは話にならない」


 議論するだけ時間の無駄だと判断したセツナは、ギルド職員たちを無視してダンジョンへと向かうためにクエストカウンターを通り抜けることにする。



 すると、


「ちょ、ちょっと何をしてるんですか!」

「カウンターの中に入らないで下さい!」


 勝手な行動を取るセツナを、ギルド職員たちが慌てて止めに入る。


「こ、困ります。こんな時間にダンジョンに人を入れたなんて知られたら、我々が怒られます!」

「そうです。夜のダンジョンは、昼とは比べ物にならないくらい危険なんです」

「そんなことは知ったことじゃない」


 ギルド職員たちの手をするりと華麗な身のこなしで躱したセツナは、さらに迫ろうとする彼等にナイフを突き付ける。


「僕はただ、大切な仲間を迎えに行くだけです」

「き、気持ちはわかりますけど……」

「そんなことをして、ただで済むと思っているのですか?」

「そうです。あなたはただでさえレックス様に目を付けられているのです。これ以上、余計なことをしたら……」

「知りませんよ」


 ギルド職員たちの数々の脅しにも、セツナは全く動じることなく淡々と告げる。


「責任問題云々を言うなら、後でいくらでも裁きを受けますよ」

「だ、だからと言って……」

「我々にも、秩序を守る者としての立場があるのです!」


 セツナが脅し文句にも引かないように、普段から荒くれ者と渡り合っているギルド職員たちも一歩も引かない。


 ナイフに臆することなくセツナを取り囲んだギルド職員たちは、両手を広げて必死の説得に入る。


「親しくしている人たちが戻らなくて、不安になる気持ちはわかります」

「明日になれば大規模な捜索隊が結成されます。ですからどうか、今はお引き下さい」

「嫌です」


 対するセツナも一歩も引く気はなかった。


 だが、流石に非武装の相手に対して武力行使に出るつもりはないのか、ジッと睨んでギルド職員たちが折れるのを待つ。


「…………」

「…………」


 セツナとギルド職員たちは、そのまま無言のまま睨み合う。



 このままどちらも譲らない争いが続くかと思われたが、


「……何をしているのです」


 周囲に張り詰めた空気に臆することなく、悠然とした足取りで現れた何者かが声をかけてくる。


「もう終業の時間は過ぎていますよ。一体何をしているのですか?」

「あっ、レ、レックス様!」


 それは緑色の着流しを着た長い耳が特徴のエルフ、神秘の探究者ミスティック・シーカーのギルドマスター、レックスだった。


 思いがけない人物の登場に、ギルド職員たちは喜色を浮かべて彼に詰め寄る。


「あ、あの、レックス様。今からダンジョンに潜りたいという方が……」

「我々は止めたんですよ? ただ、どうしても話を聞いてくれなくて……」

「ほう……」


 ギルド職員たちに泣きつかれたレックスは、端正な顔の双眸を細めてセツナを睨む。


「また、君ですか……今からダンジョンに潜るとか、死ぬ気ですか?」

「そんなつもりは毛頭ありませんよ」


 レックスの射貫くような視線にも、セツナは全く臆することなく堂々と胸を張って話す。


「ただ、仲間たちを迎えに行くだけです。目的を完遂したら、すぐにでも戻ります」

「仲間……そう、鮮血の戦乙女ブラッディ・ヴァルキュリアですか」


 カタリナたちが戻っていないことを知っているのか、レックスはダンジョンの方へちらと視線を向ける。


「確かにあの慎重なカタリナが戻らないことは珍しいですね」

「ですから……」

「ですが、それが初めてというわけではありませんよ」


 セツナの訴えを、レックスは一刀のもとに斬って捨てる。


「連中が当日に戻らなかったことは一度や二度じゃない。おそらく、カタリナの判断で休める場所で休むと決めたのでしょう」


 だから何も心配はない。それが同じギルドマスターとしてのレックスの判断のようだった。


「故に、あなたが行ったところで何も変わらない。むしろ、二重遭難して余計な迷惑をかけるだけですよ」

「そんなことにはなりません。それに、何も問題ないのであれば、それで構いません」

「何?」

「僕が行くのは、何も問題がないことを確認するためです。その必要があると判断したから行くだけです」

「……その根拠は?」

「勘です」


 レックスの問いに、セツナは間を置かずに答える。


「僕の勘がこれは普通のことではないと、今すぐに行動に移さないと一生後悔すると告げているんです」

「そう……ですか」


 セツナの答えを聞いたレックスは、顔をしかめて顔を背ける。


「そんな不確かなものにに頼るとは……父親が父親なら子も子ということか」

「えっ?」

「……何でもありません」


 レックスは落胆したようにかぶりを振ると、蠅でも追い払うように手を振る。


「そこまで決意が固いなら何も言うことはありません。とっとと消え失せなさい」

「レックス様!?」

「よ、よろしいのですか?」

「構いません。夜のダンジョンの恐ろしさを知らない愚か者がまた一人、勝手に消えるだけです」


 立ち塞がるギルド職員たちに退くように指示しながら、レックスはつまらなさそうに「フン」と鼻を鳴らす。


「言っておきますが、あなたが死んでも捜索隊は出しませんからね」

「構いません、最初からそんなものは期待していません」


 冒険者でない以上、優遇されるとは思っていない。


「僕が戻らなくても、レオーネさんに報告する必要もありませんから」


 セツナは冷めた目でレックスに告げると、困惑するギルド職員たちの間を抜けてダンジョンへと向かう。



 すると、


「ちょっと待って! 犬さん、行くならボクたちも連れてって」

「えっ?」


 聞き覚えのある声に、セツナは思わず立ち止まって後ろを振り返る。


「夜のダンジョンに潜るなら、戦力は多い方がいいだろう?」

「そういうこと、ボクたちも協力させてよ」


 セツナが振り向いた先には、ギルド『猟友会』のギルドマスター、ジンと、同じギルドのナンバーワンにして勇者、ファーブニルが挑戦的な笑みを浮かべて立っていた。

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