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新たなる決意の朝に

 ――翌日、いつも通りの朝食を終えた後、ダンジョンに挑む鮮血の戦乙女ブラッディ・ヴァルキュリアの面々を、セツナはレオーネと一緒に見送ることにした。



「ふむ、それでは行ってくるよ」


 全員の荷物を確認したカタリナは、セツナたちに向かって笑いかける。


「なんだか二人に見送られると変な気分だな」

「そう言うな、昨日の今日だからな」


 いつも通り余裕の笑みを浮かべているカタリナに、レオーネは珍しく疲れた様に額に手を当てて大きく嘆息する。


「今日だけは何が起こるかわからん……だからこれまで以上に気を付けろよ」

「フッ、誰にものを言っているんだ」


 まるで愚問だと謂わんばかりに、カタリナは大袈裟に肩を竦めてみせる。


「それよりレオーネの方こそ大丈夫か? 明日のミサで司会を務めるんだろ?」

「……全く、この私が真面目に仕事をする羽目になるとはな」


 レオーネは苦々しい表情になると、うんざりしたように肩を落とす。


「わざわざ大律師様が、我々庶民にありがたい講釈を垂れるんだとよ。何でも大々的な発表があるとか……」

「まさか自分が次の教皇だとか言うつもりか?」

「流石にそれはないと思いたいが、あの坊ちゃん、手加減ってものを知らないからな」


 ヴァルミリョーネの人となりについてある程度知っているのか、レオーネは手を伸ばしてカタリナを抱き寄せると、耳元で小さく囁く。


「どうやら昨日、セツナにしてやられたことを根に持っているようでな。わざわざあいつにミサの特等席を用意しろと言ってきたんだ」

「ククク……何だそれ。何がしたいんだ?」

「わからん。だが、間違いなくセツナの心を折る何かを仕込んでいることは間違いない」


 そう言ってレオーネが見る先は、仲間たちと楽しそうに談笑しているアウラだ。


「ダンジョンに挑むなとは言わん。だが、今日だけは何が何でも無事に帰ってこい……いいな?」

「わかってるよ。それに今日はまだ二階層だ。間違っても何が起きることなどあるまい」


 アウラ以外は中堅以上の実力がある仲間たちを信頼しているのか、カタリナの表情は揺るがない。


「例え教会の連中が襲ってきても返り討ちにしてやるさ……何、顔がよく見えなかった事故だと言えばどうとでもなるだろう」

「そっちの方はあたしの方でどうにかしてやる。それでそっちは……」

「ああ、それなら……」



 ヒソヒソと物騒な話をする二人を他所に、女子たちで盛り上がっていたアウラは、


「セツナ君……」


 所在なさげに佇んでいるセツナに向かって笑いかける。


「今日はお見送りありがとうね」

「えっ? あ、い、いえ、その……」

「ハハハ、焦り過ぎだよ」


 アウラはカラカラと声をあげて笑うと、顔を寄せてセツナの耳元で囁く。


「実は私、今日はカタリナさんに進言して三階層に挑もうと思ってるんだ」

「えっ?」

「言ったでしょ? 私、セツナ君には負けないって」

「で、でも……」


 セツナが困惑しながら顔を上げると、アイギスとミリアムの二人と目が合う。


 思わず「止めなくていいのですか?」と目で二人に訴えかけると、


「まっ、アウラなら三階層ぐらいでも余裕でやっていけるでしょ……私たちが付いているんだし、一人守るくらい余裕よ」


 腕を組んだアイギスがいつものツンケンした様子で頷き、


「フフフ、二階層はまだだけど、三階層はそろそろお宝が戻ってきそうだし、悪くはないわね……ジュルリ」


 お金に目がくらんだ様子のミリアムが、思わず垂れてきた涎を拭いながら恍惚とした表情で頷く。


 ダンジョンは階層が変わるごとに出てくる魔物の強さが変わるが、その分だけ手に入るアイテムや魔物の素材の買い取り価格も跳ね上がるので、お金を稼ぐならより下の階層に挑むのは冒険者の常識だった。


 一部下心に目がくらんだ動機もあるが、アウラが三階層に挑むのに異論はないようだった。


「ほら、お前たち、行くぞ」


 アウラたちの話がまとまると、レオーネとの話が終えたカタリナが三人に威勢よく声をかけてくる。


「アウラもダンジョンに慣れてきたからな。今日はいつも以上にビシバシいくぞ」

「はい、お任せください!」


 カタリナからのしかる叱咤激励にアウラは待っていました、と平手を打って力強く頷く。


 その真っ直ぐで真摯な眼差しに、カタリナたちは互いに顔を見合わせて思わず笑顔を零す。


 こんなに素直でいい子を、教会の聖女という一部の者のための権威を守るための存在として、一生を縛り続けるのはもったいないと誰もが思っていた。


「よし、では行こうか」


 カタリナはアウラの背中を叩いてニヤリと笑うと、レオーネに心配するなと頷いてダンジョンへと向かって行った。




「……行ったな」


 アウラたちが見えなくなるまで見送った後、レオーネは隣で佇んでいるセツナに話しかける。


「セツナ、悪いが今日は私の仕事の手伝いをしてもらうぞ」

「偉い人のミサの準備、ですか?」

「そうだよ。残念ながらしばらくは不良シスター返上だよ」


 レオーネは「やれやれ」と大袈裟に肩を竦めてみせると、本格的な儀式を執り行うための準備のため、セツナにテキパキとやるべきことを指示していった。



 その後、翌日のミサの準備は滞りなく進んでいったが、夜になっても鮮血の戦乙女のメンバーが戻って来ることはなかった。

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