ダンジョンで栄えた街
簡単に自己紹介を終えた後、セツナはレオーネに連れられて職場兼寝床である教会まで行くことになった。
「さて、道すがらこの街について簡単に説明しようか」
そろそろ日が暮れそうだというのに、いまだ多くの新人たちで賑わうコロッセオを指差しながらレオーネが話し出す。
「言うまでもないが、この街はあそこにあるダンジョンを中心に栄えた街だ」
ダンジョンを攻略しようとする冒険者たちが集まり、その冒険者をサポートするために商人が、貴族が、家族が集まってできたのがオフィールの街だった。
「あそこが街の中心……何ですよね?」
「そうだ。そしてコロッセオを中心に、それぞれのギルドが管轄する地区へと繋がっている」
現在、オフィールの街には十二のギルドがあり、その全てが地区を管理しているわけではないが、殆どの冒険者たちはギルドメンバー内で一つの地区に集まって共同生活しているとのことだった。
特に規模の大きなギルドは領主や国王と言った強力なバックが付いており、地区内に冒険に必要な施設を次々と建設しているという。
「だからこの街では建物を見れば、どのギルドの地区かすぐにわかるんだ」
「へぇ……」
そう言われてセツナは、周囲に見える建物を見て大きく頷く。
「本当だ……あっちは赤いレンガの屋根ばかりなのに、通りを挟んだこっちは丸太を組んで造った家ばかりだ。それにあっちは……何か高級そうな大きな屋敷ばかりですね」
「今頃気付いたのかよ」
感心したように建物に見入るセツナに、レオーネが呆れたように苦笑する。
「まあ、そんな訳だ。もしかしたらセツナの故郷の建物もどっかにあるかもしれんな」
「それは……どうでしょう」
セツナはゆっくりとかぶりを振ると、自嘲気味に笑う。
「僕の故郷は、おそらく誰も知らないくらいの田舎ですから」
「ふ~ん、ちなみにだけど何て所だ?」
「はい、僕の故郷はですね……」
そうしてセツナが故郷の名を告げると、レオーネの表情が僅かに曇る。
「……聞いたことないな」
「そうだと思います。ここに来るまで誰も知りませんでしたから」
旅で出会った人との会話の定番は、天気と出身地の話であるのだが、セツナの出身地の名前を耳にした途端、誰もが表情を曇らせ、異口同音に「知らない。聞いたことがない」と口にした。
自分が田舎者であることは重々承知していたセツナであったが、自分の故郷が余りにも認知されていないことは少なからずショックであった。
幸いにも無遠慮にセツナの故郷を馬鹿にする者はいなかったが、他の者がそれぞれの故郷のあるある話で盛り上がる中、一人だけ蚊帳の外に追いやられた気分で悲しかったことは記憶に新らしい。
「まあ、気にするな」
思わず肩を落として落胆するセツナを励ますように、レオーネは殊更明るい声で話しかける。
「ここはあらゆる場所から人が集まるからな。そのうちセツナの同郷に会えることもあるさ」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。それに、これからはあたしもセツナの家族も同然だからさ」
「レオーネさんが……」
「ああ、こんな美人のお姉さんが家族だなんて、最高に幸せだろ?」
セツナはたばこを手にニヤリと笑うレオーネを見て、
「…………はぁ」
喜ぶどころか、暗い表情になって盛大に溜息を吐く。
「おいっ!?」
先程とは別の意味で落胆してみせるセツナを見て、レオーネの額に青筋が浮かぶ。
「お、おい、セツナ。今のお前の態度……どういう了見だ。コラッ!」
「えぇ……だって僕、たばこを吸う人とか苦手なんですよ」
そう言ってセツナは、鼻をつまんで副流煙がかからないようにレオーネからそそくさと距離を取る。
「それにレオーネさんって、ジューゾー君家のお母さんみたいなんですよね」
知人の母親に似ているからなのか、女性と接することが苦手なセツナでも、レオーネだけは普通に接することができた。
「おか……」
一方、不本意な評価を下されたレオーネは、苦虫を嚙み潰したような顔をしながらセツナにある情報を告げる。
「そのジューゾー君が誰だか知らないが、あたしはまだ二十六だからな」
「………………おばさん?」
「――っ!?」
セツナが思わずその感想を口にした途端、レオーネの表情が凍り付く。
今年で十五になるセツナからすれば、自分より十歳以上も年上の女性がおばさんに見えるのは仕方のないことではあったが、まだまだ結婚適齢期であるレオーネからすれば、今の一言は聞き捨てならない台詞であった。
レオーネは指をポキポキ鳴らしながら、眠たそうな顔をしている不届き者を睨む。
「おい、セツナ……ちょっと話があるがいいか?」
「嫌です」
悪い予感を察したセツナは、一言そう告げると脱兎の如く駆け出す。
「このっ、逃がすか!」
逃げ出したセツナを追う為、レオーネも続いて駆け出すが、
「はやっ!? お、おい、ちょっと待てよ!?」
砂煙も足音も立てず、静かに駆けるセツナは既に遥か彼方に消え去ろうとしていた。
「…………マジかよ」
その人間離れした足の速さに、レオーネは暫く呆然としていたが、
「ちょ、ちょっと待てセツナ! お前、教会の位置なんてわかんないだろがあああぁぁぁ!」
このまま無為に追いかけっこをする羽目になるのは御免だと、レオーネは慌てて消えたセツナを追ってオフィールの街を駆けていった。