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普通の女の子になりたくて

「聖女を……辞める」


 アウラの願いを反芻したセツナは、ゴクリと喉を鳴らして口内の唾液を飲んでから彼女に尋ねる。


「そんなこと、可能なのですか?」

「う~ん、多分普通の方法では無理だと思う」

「……でしょうね」


 リブラ教について詳しく知っているわけではないが、アウラが彼の宗教にとってそれなりの地位にいることは、彼女の生い立ちから鑑みても明らかだった。


 教皇の娘であるアウラが聖女を辞めるとなれば、リブラ教にとって大きな痛手になることは間違いないし、信者たちの求心力にも影響を及ぼしかねない。


 故に、どう考えてもアウラは、自分の生まれもった宿命から逃れられないと思われた。

 アウラの様子を見る限り、それは本人も重々承知していると思われる。


(でも、敢えて僕にそれを告げたということは……)


 全く悲観的になっていない様子のアウラに、セツナは静かに尋ねる。


「何か方法があるのですね? その、普通ではない方法が」

「うん、確信があるわけじゃないけどね…………でも」


 アウラは静かに頷いた後「クスッ」と小さく笑ってみせる。


「セツナ君、私が聖女を辞めたいって言っても、あんまり驚かないんだね」

「そう……ですね」


 アウラの指摘通り、セツナは彼女の告白を聞いても特別に驚くことはなかった。


「それは多分、そんな気がしていたからだと思います」

「えっ?」

「だってアウラさん、誰かから聖女と呼ばれる度に、あまり嬉しそうな顔をしていませんでしたから」

「そ、そうかな?」


 思わず頬に手を当てるアウラに、セツナは大きく頷いてみせる。


「そうですよ。いつも見ているアウラさんの表情とは、全然違いましたから」

「い、いつも見てるの?」

「はい、そ、その……ダメでしたか?」

「ダ、ダメじゃないよ」


 下から覗き込むように尋ねてくるセツナに、アウラは音が鳴るくらい激しくかぶりを振ってぎこちない笑みを浮かべる。


「本当にダメじゃないよ。全然、うん、悪いことをしてるわけじゃないからね」

「そう、よかった」

「――っ!?」


 安心したように笑顔を見せるセツナを見て、アウラはハッとしたように息を飲む。


「そ、そそ、そう……なんだ」


 まるで普段のセツナのように口ごもったアウラは、慌てて顔を背けると、耳まで真っ赤になった顔を冷ますように手で扇ぐ。


「……アウラさん?」


 アウラの僅かな表情の変化には気づいても、心情までは察することができないセツナは、自分が何かいけないことをしてしまったのだろうと思い、不安そうに彼女に尋ねる。


「あ、あの、僕……何か言ってはいけないことを言いましたか?」

「えっ? あっ、ううん、そうじゃないの。ただ、ちょっと驚いただけ」

「ほ、本当ですか?」

「本当よ、うん、本当に大丈夫。私、お姉さんなんだからしっかりしないとダメね」


 セツナに他意がないことを察したアウラは「コホン」と咳払いをして話を本題に戻す。


「そ、そんなことより、どうしてダンジョンに来れば、聖女を辞められるか、だよね?」

「あっ、はい、そうですね」


 セツナが頷くのを確認したアウラは、どうやって聖女を辞めるのかを話す。


「私がここに来たのは、ダンジョンの最奥にある黄昏の君が遺した秘宝を手に入れるためなの」

「それって皆が狙っているやつですよね?」

「うん、そうそれ……」


 アウラは小さく頷くと、ある可能性について話す。



「実は黄昏の君の遺産にはね、あらゆる願いを叶えてくれるって噂があるの、知ってる?」

「はい、聞いたことあります」


 ダンジョンの踏破の報酬、黄昏の君の遺産については様々な説がまことしやかに流れているが、そのうちの一つにどんな願いも叶えてくれるというのがある。


 この手の大型ダンジョンの報酬としてはありがちな噂だと思われるが、ここが長年誰も踏破できていない黄昏の君が遺したダンジョンだと考えると、その噂もあながち間違いだとは思えなかった。


 そんな益体もない噂に飛び付いた一人であるアウラは、期待に満ちた目で自身の野望を熱く語る。


「だから私は遺産を手に入れて願うの。どうか普通の女の子になれますように、ってね」

「なるほど……」


 誰もが切望している黄昏の君の遺産を手に入れての願いとしては、些かささやか過ぎるような気もしないではないが、セツナはアウラの願いを笑う気にはなれなかった。

 アウラにとって普通に生きるということはとても難しく、ダンジョンに挑む僅かな時間を手に入れるために、どれだけの努力を重ねてきたのかはセツナにはわからない。


 だからそんなアウラを全力で応援してあげたいと思うセツナであったが、その前に一つ確認しておくべきことがあった。


「ちなみにですが、そのことをギルドの皆は?」

「知ってるわ。皆それを知った上で、私に協力してくれるって」

「そう……ですか」


 ならば何も問題はなかった。


 セツナは不安そうにこちらを見ているアウラに向かって大きく頷いてみせる。


「ならば僕もアウラさんの願いを叶えるために、全力で協力します。冒険には参加できなくても、あらゆる面でバックアップしますよ」

「本当?」

「ええ、約束します」


 そう言ってセツナが右手を差し出すと、アウラは嬉しそうにその手に飛び付いてきた。

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