聖女様はバイオレンス
「えっ、ゴブリンを……」
「な、殴り殺した?」
突然の言葉に唖然とする貴族たち前に、セツナはしかと頷いて話を続ける。
「はい、それはもう容赦なく、殴られたゴブリンの顔面が爆ぜるほどの威力でした」
「が、顔面が……」
「爆ぜるほどの威力……」
殴られた顔が爆発するということが理解できないのか、貴族たちは顔を見合わせた後、揃ってアウラへと目を向ける。
「――っ!? う、うぅ……」
奇異と恐怖がない交ぜになったなった視線を向けられたアウラは、どう反応していいかわからず赤面して顔を伏せる。
「もう、セツナ君ったら……」
静かに抗議の声を上げるアウラだったが、そんな声に気付いた様子もなくセツナは尚も弁舌を振るう。
「アウラさんだけではありまぜん。彼女と殆ど年齢が変わらないアイギスさんも強く、彼女の目にも止まらぬ剣技は、ゴブリンなどものの数ではありませんでした」
「……セツナ君?」
「エルフのミリアムさんが使う魔法は、どんな不利な状況も一変させる一級品で、扱う弓は正確無比、サキュバスのような中級の魔物も一瞬で屠りました」
ヴァルミリョーネにアウラの冒険について語るように言われたセツナであったが、それだけでなく彼女の仲間である鮮血の戦乙女の活躍について熱く語っていく。
「さらにギルドマスターであるカタリナさんは……」
「セツナ君……」
目を輝かせてカタリナの活躍を話すセツナを見ながら、アウラは彼が何を言おうとしているのかを理解する。
アウラを紹介する時、ヴァルミリョーネは冒険者としての彼女をごっこ遊びと蔑み、さらに鮮血の戦乙女の面々すら女だけで集まる弱小集団と嘲笑った。
本人たちの冒険する姿を一度も目にすることなく、場を盛り上げるためだけに彼女たちを勝手に辱めたことに対し、セツナは怒っていた。
ただ、この地を治める領主の館で、スポンサーである貴族たちを前に暴挙に出るような真似はできないので、代わりにアウラたちの真実の姿を話そうと思ったのだった。
「それにアウラさんは……」
これまでの鬱憤を晴らすように、セツナはまだまだ話すつもりでいたのだが、
「おい、お前……」
「必要以上に質問に答えるんじゃない」
入り口を塞ぐように立っていた二人の騎士が、セツナの肩を掴んで止めに入る。
「全く、無能な犬風情が知ったような口を利くんじゃない」
「そうだ。戦いの何たるかも知らない痴れ者が、調子に乗るんじゃないぞ」
「無能……僕が無能だって?」
いきなり現れて一方的に無能と罵る二人の騎士に、セツナは額に青筋を浮かべた怒りを露わにする。
「あなたたちのような何も知らない素人に、とやかく言われる筋合いはない!」
「な、何だと!?」
「貴様、犬の癖に……」
「そんなことは関係ない!」
普段なら絶対に言い返すような真似はせず、おとなしく状況を見守るのがセツナのスタンスであったが、この時の彼は大切な人たちを馬鹿にされて珍しく怒っていた。
「大体、僕のことを無能と言うのなら、今のあなた達は何ですか!? 一体何でここにいるのですか!?」
「何を言っている。ここにいるのは、ヴァルミリョーネ大律師様をはじめとする皆様の護衛をするために決まっているだろう」
「そんなこともわからないなんて、所詮は躾のなっていない犬ということだな」
わかり切ったことを質問するセツナに、騎士たちは呆れたように嘲笑するが、
「フッ、護衛ですって? 笑わせないで下さい」
嘲笑する騎士たちを、セツナは逆に小馬鹿にしたように笑う。
「たった数人を守るために、こんな狭い部屋にゾロゾロ雁首揃えて何が護衛ですか」
「…………どういうことかね?」
セツナの言葉に、目敏く反応したのは騎士たちをまとめるハマーだ。
「なら優秀な犬だというセツナ君に問おう。我々のどこがおかしいのかね?」
「わかりました」
鋭い視線を向けてくるハマーに、セツナは頷いて質問に答える。
「第一に、あなたたちの立っている位置が問題です」
「立っている位置?」
眉をひそめるハマーに、セツナは窓際と扉の前を指差す。
「ええ、扉の前と窓際なんかに立っていたら、部屋の外から襲撃された時、真っ先に扉や窓ガラスの破片を浴びてしまいます。立つなら部屋の全体と侵入口が見える壁際に立つべきです」
「…………確かに」
セツナの言うことを尤もだと思ったのか、ハマーは自分の背後を見て安全を確認すると、部下たちに壁際に移動するように言いながら自分も移動する。
「それで、第一にというからには他にもあるのかね?」
「ええ、あります。ちなみにですが、そこも万全というわけではありませんよ」
壁の向こう側から攻められる可能性もありますからね。と肩を竦めてみせながらセツナが次の問題を指摘する。
「そもそも襲撃者から要人を守るなら、もっと手前から、屋敷の中に入れないように人を配置すべきです。どうして、屋敷の外に人を配置しないのですか?」
「そ、それは……」
セツナからの質問に、ハマーは視線を彷徨わせながら答える。
「我々は暗闇での戦闘に慣れていないから、存分に実力が出せないと思ったからだ」
「それは奇襲で護衛対象が殺されても、同じ言い訳をするつもりですか?」
「うぐぐ……」
ぐうの音も出ない反論に、ハマーは悔し気に歯噛みする。
押し黙ったハマーを見て、セツナは敵意を向けてくる騎士たちを見ながら尚も続ける。
「それと、あなたたちの武装、狭い室内で戦うのは得物が長過ぎる」
おそらく各々が最も得意とする武器を持っているのであろうが、それでも剣に槍、ハルバードという全員が比較的長い武器を持っていた。
「そんな武器ではこの狭い室内で切り結ぶこととなった時、存分に力を発揮できると思うのですか? それとも狭い室内戦を想定した訓練は十分に積んでいるのですか?」
「…………」
セツナがここにいる全員に厳しい声を飛ばすが、生憎と色のいい返事は帰って来ない。
「フッ、これでわかったでしょう。どちらが何もわかっていない素人か」
騎士たちが押し黙ったのを見て、セツナはさらに調子に乗って彼等へ追い打ちをかけようとする。
だが、
「いい加減にしなさい!」
セツナが何かを言うより早く、鋭い声が響いて彼の声を遮る。
鶴の一声を思わせる凛とした声に、セツナが驚いて声の主へと目を向けると、
「お兄様の前でこれ以上の狼藉は、許しませんよ」
そこには初めて見るであろう、怒り顔のアウラがセツナのことを睨んでいた。