有力者たち
程なくして使いの者が現れ、セツナたちはヴァルミリョーネがいるという部屋へと通された。
「し、失礼します……」
アウラをエスコートするため、セツナが先行して扉を開けて中に入ると、そこは一際広い空間が広がっていた。
高い天井に縦に三つも並べられた豪奢なシャンデリアが照らす客間は、中央に一体何人が座れるのだろうかと思う程長い机が置かれ、その最奥に既に何人かが着席しているのが見えた。
後は壁際には神官騎士大隊長であるハマーと、彼と同じ白い法衣に身を包んだ神官騎士と思われる男たちが直立不動で立っている。
セツナたちが部屋に入ると、さらに追加で二人の神官騎士たちが室内へと入って来て、まるで出口を封じるように立つ。
「やあ、来たね」
セツナに続いてアウラが姿を見せると、机の最奥に腰かけていた人物が、軽く手を上げて話しかけてくる。
「久しぶりだね。こうして顔を見合わせるのは何年ぶりかな?」
「ヴァルミリョーネ兄様……」
背後から絞り出すようなアウラの声を聴いて、セツナは目の前の男がヴァルミリョーネであることを知る。
キラキラと輝く金髪を背中まで伸ばした丹精な顔立ちのヴァルミリョーネは、他のリブラ教の司祭とは違う、青い法衣を翻して自分の周りにいる取り巻きに話しかける。
「皆さん、彼女が私の妹であり、リブラ教の時期聖女、アウラです」
「ほう、あの娘が……」
「中々に器量良しではないか」
「ホッホッ、それにしてもいい格好じゃのう」
ヴァルミリョーネの周りにいるのは、全員が見るからに仕立てのいい衣服に身に纏った恰幅のいい男性たちで、誰もが聖女の格好で現れたアウラに向けて遠慮のない眼差しを向ける。
(……何だ。この人たち)
明らかに下心の籠った視線を向けてくる男性たちに、セツナは表情を変えることなく不信感を抱く。
(全然強そうじゃなさそうだし、少しくらい痛い目に遭わせた方がいいのかな?)
アウラに向けて遠慮のない視線を向ける男性たちに対し、セツナは一体どうしてくれようかと物騒なことを考える。
すると、
「セツナ君、ダメだよ」
まるでセツナの心を読んだかのように、アウラがギリギリ聞こえるか聞こえないかの音量で話しかけてくる。
「この人たち、この地区の有力者の人たちだよ」
「……そうなのですか?」
「うん、この人たちがお金を出してくれてるから皆が冒険できるし、レオーネさんが教会でいられるの。間違っても粗相はダメだからね」
「…………わかりました」
アウラに釘を刺されてしまったので、セツナは静かに頷いて了承する。
「さて、アウラよ」
セツナたちの秘密の会話を打ち切るように、ヴァルミリョーネが机をコンコン、と叩きながらアウラに向かって話しかける。
「せっかくの再会だ。そんなところにいないで、こっちに来てもっとよく顔を見せておくれ」
「あっ、はい、ヴァルミリョーネ兄様」
ヴァルミリョーネからの呼び出しに、アウラは今一度セツナにおとなしくするように目配せすると、男たちの前へ進み出て体を覆っている薄いヴェールを脱いで聖女の衣装を露わにして深々と頭を下げる。
「ヴァルミリョーネ兄様、それとお集まりの皆様、今日はわたくしのためにこのような席を設けていただき、誠にありがとうございます」
普段の活発な姿とは打って変わり、完璧な淑女のように振る舞うアウラを見て、集まった男たちは揃って頬を緩める。
「ホッホッ、これはこれは……」
「未発達だが、肌は玉のように美しいではないか」
「流石は教皇様の娘ですな」
「これは将来が楽しみだ。このような美しい妹がいて、ヴァルミリョーネ卿が羨ましいですな」
「いえいえ……」
次々と浴びせられる賞賛の言葉に、ヴァルミリョーネは軽く手を振って微笑を浮かべる。
「今は淑やかに振る舞っていますが、中々おてんばなところがあるのですよ」
「そうなのですか?」
「ええ、聖女として教会に入る前に見聞を広めたいと聞かなくて……どうしたと思います?」
ヴァルミリョーネはわざとらしくかぶりを振って大きく嘆息してみせると、唇の端を吊り上げてシニカルな笑みを浮かべる。
「驚いたことに、冒険者なりたいと言うんです」
「何と!?」
「では、アウラ様は今、冒険者に?」
アウラが冒険者になっているのは既知の情報だと思われたが、ヴァルミリョーネの興に乗っているのか、男たちは恥ずかしそうに小さくなっているアウラを見て大袈裟に驚いてみせる。
男性たちのリアクションを見て気持ちよくなったのか、ヴァルミリョーネは小馬鹿にするように手を振る。
「といっても流石に有象無象のギルドに預けるわけにはいきませんからね。この地区の教会を根城にしているギルドに所属させています」
「というと、あの女性だけで構成されている?」
「ええ、少人数のお遊びギルドです。そこで安全な後方で得意な回復魔法だけ使う仕事をさせています」
「なるほど、それなら安全ですな」
「冒険者ごっこをするならその程度のギルドで十分でしょう。女子供にできることなど、たかが知れてますからね」
そう言ってヴァルミリョーネが机上の赤い液体が入ったワイングラスを掲げると、男性たちもワインを掲げて一斉に笑い出す。
「…………」
その行為がどういう意味を成すのかはわからないが、少なくとも侮蔑の意味を含んでいるのを察したアウラは、直立不動のまま笑顔でいたが握った拳は怒りで震えていた。
静かに怒るアウラに気付いた様子もなく、散々好き勝手に笑ってワインの中身を飲み干したヴァルミリョーネは、そこではじめてセツナに気付いたかのように視線を向ける。
「そういえば、そこにいる君は教会で働いている犬だってね。名前は?」
「はい、僕の名前はセツナと言います」
アウラが必死に耐えている手前、セツナもまた怒りを押し殺してヴァルミリョーネたちに向かって頭を下げる。
だが、頭の下げ方に不満を覚えたのか、ヴァルミリョーネは「フン」とつまらなさそうに鼻を鳴らすと、セツナに向かって質問する。
「ところで犬の君は、冒険者としてのアウラは見たことがあるのかい?」
「はい、あります」
「ふ~ん、じゃあ教えてくれるかな? 犬の目で見たアウラの冒険はどうだった?」
「わかりました」
名前を聞いたにも拘わらず犬呼ばわりするヴァルミリョーネに、セツナは無表情のまま彼の問いに答える。
「アウラさんは初めての探索で、何匹ものゴブリンを殴り殺しました」




