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教会からの使者

 お茶を淹れ直し、さらにはお茶菓子までいただいて十分過ぎるほど休養したセツナたちは、道具屋でついでに買い物をしてから教会へと戻ることにした。


「セツナ君、さっきはありがとうね」


 練習用にとヴェルガーからもらった茶葉を大切に胸に抱いたアウラは、大きな鍋を抱えて歩くセツナに笑いかける。


「お茶の淹れ方まで知ってるなんて、流石ね。それも家でやってたの?」

「はい、ちゃんとおいしいお茶を淹れないと……」

「淹れないと?」

「う、ううん、何でもないです」


 アウラからの追及に、セツナは思わず浮かんだ死んだ魚のような眼に光を灯らせ、慌てたように取り繕う。


「と、とりあえずこれも慣れれば手早くできるようになりますから……」

「毎日練習、だね」


 ニッコリと満面の笑みを浮かべるアウラに、セツナも自然と笑顔を零す。


 色々と思うところがあったが、それでもこれまでの積み重ねがあったからこそ、こうしてアウラと仲良くできることができたのだ。


(だから少しだけ……ほんの少しだけ感謝しますよ)


 セツナは自分を厳しく躾けてきた両親にほんの少しだけ感謝しながら、陽が傾いて茜色に染まる空の下、アウラと肩を並べて教会へと向かった。



 その後は他愛のない話をしながら二人は教会へと続く長い坂道を登っていく。


 いくつかの民家を抜け、休憩もできるちょっとした広場を抜けようとしたところで、


「……アウラ様」


 広場から誰かが声をかけながら現れ、セツナたちの前に立ちはだかる。


「お久しぶりです。お元気でしたか?」


 二メートル近い巨躯を持つ、頭まですっぽり覆った白い法衣に身を包んだ野太い声の人物の登場に、セツナは思わず身構えるが、


「……もしかして、ハマー?」


 その人物が誰かに気付いたアウラが、セツナの前に出て嬉しそうに話しかける。


「あなた、ハマーでしょ? 神官騎士大隊長の」

「はい、そうです。よかった……私のことを覚えていて下さったのですね」


 アウラに名前を呼ばれた法衣を着た人物、ハマーは喜色を浮かべながら被っているフードを外し、中の素顔を露わにする。


 神官騎士大隊長の名にふさわしい精悍な顔立ちをしたハマーは、人懐っこい笑みを浮かべてアウラに話しかける。


「よかった。実は先ほど教会に行ってアウラ様が不在と聞いて、お会いになれないかと不安だったんです」

「そうなの? ごめんなさい、今日はちょっとギルドの皆とお買い物に行ってきたの」

「ギルドの皆と言うとその……」

「あっ、ボクは違います」


 ハマーからの視線を受けたセツナは、手を振って疑念を否定する。


「僕は教会でお世話になっている犬です。今日はたまたまアウラさんと帰りが一緒になっただけで、普段は一緒にいることはないので安心して下さい」


 アウラがリブラ教の聖女として育てられている関係上、あまり変な波風は立てるべきではないだろうと判断したセツナは、彼女と一緒にいることが偶然であることを殊更強調する。


「ふむ……」


 多少の語弊はあるが、何一つとして嘘は言っていないとすました顔で立ち尽くすセツナを見て、ハマーは何かを考えるように彼の全身を舐め回すように見た後、隣にいるアウラに尋ねる。


「アウラ様、彼の話は本当ですか?」

「…………」

「アウラ様?」

「……ええ、本当です」


 ハマーからの問いかけに、アウラは少し不機嫌そうに声のトーンを落として答える。


「ハマー、紹介するのが遅くなりましたね。こちらはセツナさん、我が信徒であるシスターレオーネに見定められて犬となった者です」

「なるほど、ですが女性だけの教会に男……しかも、こんな若い者が……」

「何か問題でも?」


 遠慮なくジロジロとセツナを見るハマーを咎めるように、アウラは強い口調で彼に語りかける。


「こう見えてセツナさんは非常に優秀な人材です。ここに来てまだ一ヶ月も経っていないのに、既に三階層にまで潜っています」

「……そこまで優秀なら、どうして冒険者にならずに犬に?」

「それはどうでもいいでしょう。それともハマー、あなたはシスターレオーネの判断にケチをつけるつもりですか!?」

「あっ、いえ……そういうつもりでは」


 まさかアウラが声を荒げて怒るとは思ってもみなかったのか、ハマーは困惑したように眼前で手を振りながら慌ててセツナに向けて頭を下げる。


「その……大変失礼しました。その……セツナ様も申し訳ございませんでした」

「あっ、い、いえ、僕はその気にしてませんので……」


 ハマーからの謝罪を受け入れながらも、セツナには気掛かりなことがあった。


(な、何だろう。アウラさん、怒ってる?)


 どうしてだかわからないが、セツナがハマーに取り繕うように言い訳をしてから急に彼女の機嫌が悪くなったような気がするのだ。


(も、もしかして僕、何かやっちゃったのかな?)


 アウラの為を想って、わざとよそよそしい態度を取ったのだが、もしかしてそれがいけなかったのだろうか?


 様々な考えがセツナの脳裏に駆け巡るが、基本的に人付き合いの経験が少ないので、怒っているアウラを宥める方法がさっぱり思いつかなかった。



 周囲に流れるいたたまれない空気に、思わず逃げ出したくなるセツナであったが、とりあえず状況を打破するために同じように困っているハマーに声をかける。


「そ、それでハマーさん、アウラさんに何か用があったのではないのですか?」

「そ、そそ、そうです。アウラ様、今日は大切な用事を仰せつかって参ったのです」

「大切な……用事?」


 ハマーの必死な様子に、アウラもただならぬ気配を察して少し感情を押さえて彼に問いかける。


「ハマー、それは火急の用事なのですか?」

「は、はい、それはもう……」


 ハマーは玉のように流れていた汗を拭いながら、アウラの下に訪れた理由を話す。


「ヴァルミリョーネ大律師様が、アウラ様への面談を求めています」

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