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小粋な気遣い

「む、むごい……」


 人を人として扱わない容赦のない所業に、セツナは唖然としながらヴェルガーに尋ねる。

「あ、あの、ヴェルガーさん、あの人たちはどうなるのですか?」

「この下にある用水路に落ちるだけです。命に別条はないでしょうから心配ありませんよ」

「なるほど……」


 そうは言っても一介の道具屋に落とし穴だけでなく、相手を限界まで追い込む強力な拷問……ではなく防犯装置があることに、セツナは驚きを隠せないでした。


 冒険者が多く集まる場所には、これぐらいの防犯意識がないと店舗の経営などやっていけないということだろう。



「…………ふぅ」


 一先ずの脅威が去ったことに、セツナは大きく嘆息してヴェルガーに再び頭を下げる。


「ヴェルガーさん、この度ば僕のせいでご迷惑をおかけしました」

「いえいえ、それより立ち入ったことを聞くようで恐縮ですが……」


 ヴェルガーはモノクルをかけ直しながら、探るようにセツナに質問する。


「アウラさんを狙う者に何か心当たりがあるのですか?」

「あっ、いや、その……」

「別に無理に話す必要はありません。アウラさんの身の上を考えれば、おいそれと話せないこともあるでしょうから」

「……すみません」


 ヴェルガーの気遣うような言い回しに、セツナは頭を下げて謝罪するしかない。

 アウラが狙われているという確証がない以上、下手にヴェルガーを巻き込むわけにはいかなかった。


 そんなセツナの気持ちを察したのか、ヴェルガーは優し気な笑みを浮かべる。


「フフッ、セツナ君にそこまで想われるなんて、アウラさんも幸せですね」

「はへっ?」


 思わぬ指摘に、セツナは顔を赤面させる。


「ですが、本当にこれで安全になったと言えるのでしょうか?」

「えっ?」

「私が刺客なら、最初に適当な囮を撒いておいて、危機を乗り越えたと安心させたところに一網打尽にしますがね」

「――っ!? し、失礼します!」


 赤くなったと思ったら今度は顔を青くさせたセツナは、ヴェルガーにペコリと頭を下げて慌てたように店の奥へと向かって行く。


「……やれやれ、冗談だったんですけどね」


 セツナを襲うように指示を出した相手が、ギルド『猟友会』の炎のライオネスであることを察しているヴェルガーは、必死に駆ける若人の背中を見て嬉しそうに双眸を細めた。



 一方、ヴェルガーの話を真に受けたセツナは、風のような勢いで雑多に物が積まれた店内を駆け抜け、掘りごたつがあった部屋のさらに奥の扉を勢いよく開け放つ。


「アウラさん!」

「わっ!?」


 セツナが勢いよく扉を開け放つと、何やらティーカップの前でにらめっこをしていたアウラが弾けたように顔を上げる。


「びっくりした。セツナ君、どうしたの?」

「えっ? いや、その……」


 セツナは困惑しながらも、万が一を想定して素早く室内に目を走らせる。


 道具屋のキッチンには流しや竈といった必需品の他にも、食事を摂るためのテーブルや食器棚が見て取れる。

 雑多な店内と比べるとかなり整理整頓が行き届いているキッチンの最奥には外へと抜ける勝手口があり、セツナは勝手口を開けて近くに不審者がいないことを確認する。


「もう、セツナ君」


 あちこち視線を彷徨わせるだけで、まともに質問に答えないセツナにアウラが抗議の声を上げる。


「確かにお茶を淹れるのにちょっと時間かかってるけど、そんなに私のことが信用できないの?」

「あっ、い、いえいえ、そんなことないです」


 可愛らしく頬を膨らませるアウラに、セツナは激しく首を振って否定する。


「ところで……」


 アウラが何をしているのかを気になったセツナは、困惑したようにアウラに質問する。


「さっきからアウラさんは何をしているのですか?」

「何? 何って茶葉が開くの待っているの」


 アウラは得意気に笑ってみせると、持論を展開する。


「セツナ君知ってた? お茶って、しっかりと茶葉が開くまで待った方がおいしくなるんだよ」

「え、ええ、それは知っていますが……」


 お茶の淹れ方にもある程度は精通しているセツナは、ティーポットを指差しながらアウラに質問する。


「そのお茶、蒸らし始めてからどれくらい待ちました?」

「うん、二十分くらいかな?」


 意気揚々と答えるアウラだったが、


「……あれ?」


 セツナの表情の変化に気付き、引き攣った笑みを浮かべる。


「……もしかして、ダメだった?」

「はい、ダメです」


 セツナは深く頷くと、笑顔のまま固まっているアウラに説明する。


「確かに茶葉が開く時間を待つのは大事です。ですが、時間が長過ぎると今度はお茶が出過ぎて苦くなってしまいます」

「えっ、そうなの!?」


 セツナの指摘に、アウラは慌ててティーポットからお茶を注いで一口飲んでみる。


「うえぇ……苦い」

「はい、二十分は流石に待ち過ぎですよ」

「そうみたい」


 流石にこのお茶は飲むことができないと、アウラは「ごめんね」と謝りながらティーポットの中身を捨てていく。


 お茶相手にも謝罪するアウラを見て、セツナが苦笑していると、


「う~ん、おかしいな」


 新たにお茶を淹れ直しながら、アウラが不思議そうに小首を傾げる。


「ヴェルガーさんからこのお茶を淹れる時は、沢山待つといいですよって教わったんだけどな」

「そ、そうなんですか?」

「うん、だからとびきりおいしいお茶を飲んでもらおうと、沢山待ったんだけどな……」

「…………」


 その言葉を聞いて、セツナはヴェルガーが時間を稼ぐために、お茶を蒸らす時間をわざと長めの時間を伝えたのではないかと考える。


「ちなみにですが、どのお茶を淹れようとしたのですか?」

「これだよ」

「これは……」


 示された茶葉を見たセツナは、それが長めに蒸らした方がおいしく出るお茶であることを知る。

 だが、それでも流石に二十分は長過ぎなので、セツナは茶葉の入った缶を手に、アウラに笑いかける。


「よろしかったらこのお茶の淹れ方をお教えしましょうか?」

「いいの?」

「はい、せっかくですからヴェルガーさんにおいしいお茶を飲んでいただきましょう」

「えっ? あっ、うん、そうね。じゃあセツナ君。お願いね」

「はい、お任せください」


(もしかしてヴェルガーさん、ここまで読んでいたのかな?)


 セツナは道具屋の主人の小粋な気遣いに感謝しながら、アウラにおいしいお茶の淹れ方をレクチャーしていった。

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