粗相をしちゃう悪い子は……
ヴェルガーがテーブルに備え付けられた謎のカラクリ装置を取り出していた頃、道具屋の店前では三人の男たちが窓から店内を覗き込んでいた。
「どうだ、いたか?」
「いや、こっちからは見えねえな」
「……ったく、めんどくせぇことになったな」
坊主頭にスキンヘッド、そしてモヒカンといった見るからに特徴的な三人の男たちは、全身に施した入れ墨を見せびらかすためか、地肌に革製の短パン、ジャケットという一風変わった出で立ちをしており、それぞれが腰に折りたたみのナイフを吊るしている。
冒険者というよりも街のチンピラと呼ぶに相応しい彼等は、見た目通り別の街から流れてきたチンピラで、三人がここにやって来たのはとある人物からの依頼を受け、指定された人物を痛めつけて連れ去ることだった。
オフィールにやって来たばかりで、残金に余裕がない彼等にとってこの仕事は渡りに船であり、その後は得た金で適当に酒を飲み、女の子と遊んでまた次の街へと流れるつもりであった。
「おいおいこの店、中がゴチャついてるせいで、中が殆どみえないじゃねぇか」
「もしかして、既に裏口から逃げたとかないよな?」
「それはないぜ」
外から店内の様子を確認していた二人と別行動をしていたモヒカンの男が、すぐ近くの通路を指差しながら話す。
「この店、裏口から出ても、そこの脇からしか出られないみたいだ。だからまだ店内にいるはずだ」
「……じゃあ、店ごとやるか?」
「ああ、めんどくせぇからそれでいいだろ」
三人は顔を見合わせてニヤリと笑うと、道具屋の入口を見てニヤリと笑う。
幾度となく荒事を請け負うことで遊ぶ金を捻出してきた彼等にとって、今回も仕事も何てことはない簡単な仕事だと思っていた。
だが、この時彼等は二つの過ちを犯していた。
一つは今回痛めつけるように依頼されたのが、一般人ではなく、荒事を生業としている者であったこと。
そしてもう一つは、ターゲットがヴェルガーの道具屋に逃げた時に、ここは危険だと諦めないことだった。
実はオフィールの街に籍を置いている冒険者たちの間では、ヴェルガーの道具屋に対して共通認識があった。
それは、あの店では決して狼藉を働いてはいけない、ということだ。
特に店の商品を、料金を支払わずに持ち逃げすることは万死に値する愚かな行為と誰もが口を揃えて言うくらい、店のセキュリティは万全と言われていた。
そんな冒険者たちが密かに恐れるヴェルガーの道具屋に対し、
「よし、行くぜ」
「おう!」
「ヒャッハー! パーティーの時間だ!」
三人は威勢よく叫びながらドアを勢いよく開け、店の中へとなだれ込んでいく。
だが、三人が店内になだれ込むと同時に、彼等が踏み出した床の底が音を立てて抜ける。
一気になだれ込んで全てを壊すつもりだった三人は、当然ながら足元には微塵も注意を払っていなかったので、
「えっ?」
「あへっ?」
「のわっ、わあああああああああああああああああぁぁぁ!」
それぞれが間抜けな声を上げ、床が抜けて空いた穴から奈落の底へと落ちていった。
「ぎゃ!?」
「んごっ!?」
「ぐがぐご!?」
三人の男たちは妙な声を上げながら落下し、強かに地面に叩きつけられる。
「あたた……クソッ、一体どうなってやがんだ」
幸いにも落とし穴の高さはそれほどではなく、打ち身程度で済んだモヒカンの男は、自分が落ちてきた穴を見上げる。
「あそこから落ちてきたのか……」
試しに手を伸ばしてみるが、当然ながら自分の身長の倍以上はある落とし穴の出口までは届かない。
「何で道具屋の入口に落とし穴なんかあるんだ?」
「わかんねえよ! それより何処か上がれる場所はないか?」
「ここだ! ここにある柱から上に上がれるかもしれんぞ」
モヒカンの男の言葉に、坊主頭の男が穴のすぐ脇にある幅が一メートルはある巨大な柱へと飛び付いて登ろうとする。
だが、
「な、何だこの柱……ツルツルして全然掴めるところがないぞ!」
「どけっ! 俺が試してみる!」
坊主頭を押し退けてスキンヘッドの男が前へと出る。
「見てみろ! この柱、裏に掴める棒があるんだよ」
そう言って坊主頭が柱から枝のように飛び出している棒に飛び付こうとするが、
「ん? おわっ!?」
何かに気付いたモヒカンの男が、声を上げながらその場から大きく飛び退き、叫び声を上げる。
「み、水だ! 壁の穴から水が入って来やがったぞ!」
「何だと!?」
「ヤバいぞ! 早く見つけた棒から登らないと……」
密室かどうかもわからない場所での水攻めに、三人は慌てて柱に取り付いて落とし穴から脱出しようと試みる。
すると、
「おわっ!? こ、今度は何だ?」
「床だ。床が動き出したんだ!」
水攻めに続き、今度は自分たちの立っている床が音を立てて動き出したのだ。
しかも動き出したのは床だけでなく、自分たちが登ろうとした柱まで回転しはじめる。
速度こそ速くはないが、柱が回転するということは、当然ながら自分たちが登ろうとしていた枝のように飛び出している棒も回り出すということで、
「あ、危ない!」
無慈悲に回転する棒に側頭部を殴り飛ばされそうになったモヒカンの男は、身を屈めてどうにか回避する。
だが、ホッとしたのも束の間、モヒカンの男は足に何かを掬われてひっくり返るように倒れる。
「あだっ!? な、何が起きた?」
「危ねっ! 気を付けろ。床にも棒があるぞ」
モヒカンの男が倒れたのを見て気付いたのか、地面スレスレの場所にも柱から伸びた棒があるのに気付いた男たちが青い顔をして叫ぶ。
「冗談じゃないぞ! ただでさえ水攻めにされているのに……」
「この棒を飛んでしゃがんで避けなきゃいけないのかよ!」
既に踝ぐらいまで浸水している水を見て、男たちはようやく自分がとんでもない所に喧嘩を売ってしまったのではないかと自覚するのであった。