郷愁を誘う家具
ヴェルガーに続いてカウンターの奥の部屋へと行くと、六畳間程度の小さな部屋に思わぬ先客がいた。
「あっ、セツナ君。来たね」
部屋の中央に置かれた背の低いテーブルに座っているアウラが、セツナの顔を見て嬉しそうに手招きする。
「見てみて~、ヴェルガーさんの家にあるこのテーブル、面白いんだよ」
「これは……」
テーブルに胸から上を投げ出すように乗せてくつろいでいるアウラを見て、セツナはその名を告げる。
「掘りごたつですね」
「ええっ!?」
まさか名前を言い当てられると思っていなかったアウラは、テーブルの下で足をバタバタさせながら頬を膨らませる。
「せっかく私が教えてあげようと思ったのに……どうして知ってるの?」
「どうしてって……その、僕の故郷にもあったものなので……」
「そうなの? もしかして、ヴェルガーさんとセツナ君って……」
「それはありませんよ」
セツナの故郷の事情を知っているアウラがもしかしてと目を輝かせるが、その前にヴェルガーが彼女の予測を否定する。
「私は北方の出ですから、この掘りごたつは、昔の友人から教えてもらったものですよ」
「そう……なんですね」
ヴェルガーがセツナと同郷だと思ったアウラは、目に見えて落ち込む。
「ううっ……セツナ君、ゴメンね。変な期待をさせちゃったね」
「いえ、大丈夫ですよ」
ヴェルガーの堀の深い顔の造形から同郷の可能性は皆無だと思っていたセツナは、笑いながら、ちらと店主の方を見やる。
果たして外にいるという何者かの存在を、アウラに報せていいものかどうか迷ったのだ。
「大丈夫、私に任せなさい」
セツナの視線に気付いたヴェルガーは笑顔で小さく首肯すると、掘りごたつでくつろいでいるアウラに話しかける。
「アウラさん、セツナ君を休ませたいから、キッチンに行ってお茶の用意をしてもらえるかね?」
「あっ、はい」
ヴェルガーの要請に、アウラは嫌な顔一つせず勢いよく立ち上がる。
「お茶の葉は、奥の戸棚のやつを使っていいんですよね?」
「ええ、慌てずゆっくり……丁寧にお願いしますね?」
「わかりました」
アウラは元気よく頷くと、ヴェルガーの横で呆然と立ち尽くすセツナに笑いかける。
「驚いた? 実は私、休みの日はこのお店で売り子の仕事をしてるの」
「えっ? そうなんですか?」
驚いたセツナが問いかける先は、この店の店主のヴェルガーだ。
「ええ、本当ですよ」
セツナの質問に、ヴェルガーは大きく頷いてみせる。
「アウラさんは働き者で、とても助かってます。流石は次期聖女様と呼ばれるお方ですね」
「ハハハ……ありがとうございます」
ヴェルガーからの賞賛の言葉に、アウラは照れたようにはにかむ。
だが、
(……あれ?)
一瞬、アウラの笑顔にいつもの元気がないような気がしたセツナは、呆然と彼女の顔を見る。
「では、私はお茶を淹れてきますね。セツナ君見ていててね。驚くくらいおいしいお茶を淹れてみせるから」
「は、はい、楽しみにしています」
アウラの笑顔に引っ掛かりを覚えたセツナにであったが、それを確認するより早く彼女はさらに奥の部屋へと消えて行ってしまう。
(さっきの顔は一体……)
いつもと違うアウラの雰囲気に、セツナは何か声をかけた方がいいかと思ったが、
「さて、それじゃあアウラさんが戻って来る前に、手早く外の連中に挨拶に行きましょうか」
「そう……ですね」
アウラがお茶を淹れるまでどれぐらいの時間がかかるのかは未知数だが、用件を済ますのは早いに越したことはない。
そう判断したセツナは、ここはおとなしくヴェルガーの指示に従うことにした。
外の連中に挨拶するといって向かった先は、道具屋の店内でも裏口から外に出るのでもなく、つい先程アウラがくつろいでいた掘りごたつだった。
とりあえず座るように促されたセツナは、どうしたらいいかわからず困惑した様子でヴェルガーに尋ねる。
「あ、あの、こんな時に休んでいる場合では……」
「ええ、そうですね。少し急ぎましょうか」
そう言ってヴェルガーは、どういうわけかセツナの正面へと腰を下ろす。
「…………」
ここで下手に口出ししても仕方がないので、セツナは何時でも動ける準備をしながら事の成り行きを見守ることにする。
「ふむ、確かにカタリナの言う通り、セツナ君は聡明なようですね」
落ち着いて佇むセツナを見て、ヴェルガーは満足気に頷きながら掘りごたつへと手を伸ばしてテーブルの上に乗っているカップや書類などを端へと寄せる。
そうしてテーブルの上の中央に十分なスペースを確保したヴェルガーは、手をテーブルの下に入れて何やら操作する。
すると、テーブルの中央部分がパカッ、という音を立てて開き、多くのボタンがついた装置が露わになる。
用途は不明だが、押せば確実に何かが起きるであろう装置の登場に、セツナはテーブルの中央を指差しながらヴェルガーに尋ねる。
「これは……カラクリですか?」
「ご存知でしたか?」
「存在だけは……その、僕の家にも似たようなものがありましたので」
ここにあるボタンがどんな効果があるのかはわからないが、セツナの家にあったボタンは、押せば来ている衣服を剥ぎ取って強制的に体を洗ったり、食卓に箸と皿といった食器が自動に並べられたり、床がひっくり返ってどんな深い眠りでも一瞬で起こしてくれたりと、便利なんだかよくわからない用途のボタンがいっぱいあった。
「ハハハ、それは楽しいお家のようですね」
セツナからカラクリの概要を聞いたヴェルガーは、カラカラと笑いながらどうしてここにボタンがあるのかを話す。
「実は、このボタンは、かつてこの街で活躍した冒険者の方のご厚意で造っていただいた防犯装置なんですよ」
「防犯……装置?」
「ええ、中にはお金を払わずに商品を手に入れようとする輩がいましてね。これはそう言った輩をお仕置きするためにあるんです」
ヴェルガーがそう言うと同時に見せの入口の方でカウベルが鳴る音が聞こえ、彼は迷いなくボタンの内の一つを押してみせた。