お店に寄ってもいいですか?
「う、ううっ……酷い目に遭った」
腹いっぱいに屋台の飯を食べ切った後、アイギスに無理矢理二杯目の特製ラブラブトロピカルジュースを飲まされたセツナは、ちゃぽちゃぽと音を立てる胃を押さえながらよたよたと教会に向けて歩いていた。
「……ふぅ」
亀のように遅い足取りで歩くセツナは、遥か彼方に見える教会を確認して大きく溜息を吐く。
屋台村は冒険者たちの胃袋を掴むためにコロッセオの近くにあるので、街で一番高い場所にある教会に戻るには、長い長い上り坂を登らなければならなかった。
思わず辟易してしまいそうな状況だが、重い足取りとは裏腹に、セツナの表情は何処か嬉しそうでもあった。
その理由は、
「……セツナ君、大丈夫?」
万が一セツナが途中で倒れてしまわないようにと、カタリナがアウラに付き添うように指示してくれたのだった。
本来の目的であるカタリナとの買い物は、代わりにアイギスが荷物持ちに命じられ、セツナが買おうとしていたお菓子のレシピ本も買ってきてくれるとのことなので、心おきなく教会に戻ることができるのであった。
「どうする? よかったらそこで少し休む」
「う、ううん、まだ大丈夫です」
両手に一杯の荷物を持っているにも拘らず、アウラはセツナが転んでしまわないように常に注意を払って寄り添うに歩く。
「もし辛かったら遠慮なく言ってね。その時は私がおぶっていくから」
「そ、それは遠慮しておきます」
見た目に反して肉体派のアウラが力こぶを作って助力を申し出るが、セツナは音が鳴るほど激しく首を振って断る。
(アウラさんと密着しちゃったら、しょ、正気でいられる気がしない……)
それにアウラを守るというカタリナとの約束もある。
アウラの背にいれば背後からの刺客には体を張って守れるかもしれないが、彼女が負傷したセツナを見捨てて逃げてくれる保証など無い。
(それにアウラさんは、他人が傷つくぐらいなら、自分が傷つく方がいいと思うような人の気がする)
そこまで深くアウラという人間を知っているわけではないが、幼い頃から聖女となるべく教育を受けてきたとなると、そういった自己犠牲の精神を持っていても不思議ではない。
(そうだ。だから……)
無理をすることだけは許されない。
そう考えたセツナは再び息を吐いて大きく伸びをすると同時に、さりげなく周囲を見渡してみる。
「…………」
視界の隅で建物の影に慌てて隠れる者を見たセツナは、その存在に気付かなかったふりをしてアウラに提案をする。
「あの、アウラさん……やっぱりこの辺で少し休んでもいいですか?」
「いいよ。どこで休む? そこまでおぶさろうか?」
「だ、大丈夫です。自分で歩けますから」
何故か頑なに背負おうとするアウラにセツナは苦笑を漏らすと、近くに見えた道具屋と思われる店を指差す。
「せっかくですから、休むついでにあの店を覗いていいですか?」
「あそこ……」
セツナが道具屋を指差すと、どういうわけかアウラは何かを考えるように店を凝視する。
もしかして何かマズいことでもあったのだろうか? そう思ったセツナは、慌てて取り成すようにアウラに話しかける。
「あ、あの、もしマズかったら別の店でも……」
「ううん、大丈夫」
だが、セツナの気遣いとは裏腹に、アウラは特に気にした様子もなく笑顔を浮かべる。
「あそこの道具屋は冒険で使うアイテム以外にもキッチン用品も売ってるから、セツナ君の気になる商品もきっとあるよ」
何となくで店を選んだセツナであったが、アウラは既に訪れたことがあるようで、ウキウキとした足取りでカウベルを鳴らして道具屋の中へと入って行った。
アウラに続いてカウベルを鳴らして道具屋の中へと入ると、決して広くない店内に所狭しに並べられた無数の商品がセツナを迎え入れた。
「……えっ?」
店に入ったはいいが、待っていてくれると思っていたアウラの姿見えないことに、セツナは焦ったように声をかける。
「ア、アウラさん?」
「セツナ君、こっち、奥の方だよ」
天井近くまで積み上げられた商品を倒さないように気を付けながら奥へと進むが、アウラの声は聞こえても姿は見えない。
流石に店内で何かが起きるとは思っていないが、それでもアウラの姿を安心したいセツナは、さらに奥へと進む。
すると、
「いらっしゃい」
店内の最奥、カウンターの向こうからモノクルを身に付けた鷲鼻が特徴の初老の男性店主が現れ、セツナに話しかけてくる。
「初めて見る顔だね。新しくこの街に来た冒険者かな?」
「あっ、いえ……僕は教会の犬です」
「犬? ということは、お前さんがレオーネの新しいパートナーかね?」
「そうです……ってパートナー?」
「違うのかい?」
不思議そうに首を傾げるセツナに、店主はモノクルをかけなおしてにこやかに笑う。
「犬は主に忠誠を、代わりに主は犬に衣食住を与える。そのことを揶揄して君みたいなものは犬と呼ばれるが、仕事の関係だけみればパートナーと呼べるのではないかね?」
「そう……ですね」
店主の言葉に、セツナは小さく何度も頷く。
「別に犬と呼ばれることが嫌だったわけではないですが、パートナーと呼ばれるのは素直に嬉しいです」
「そうか、あのレオーネが選んだパートナーだ。是非とも彼女の助けになってくれ」
「勿論です」
「うん、いい返事だ」
セツナの気持ちのいい返事に店主は満足そうに頷くと、右手を差し出して自己紹介をする。
「ヴェルガーだ。ここでしがない道具屋をしているよ」
「セツナです。これからよろしくお願いします。ヴェルガーさん」
セツナはヴェルガーの手を取って握手を交わすと、彼に顔を近付けてそっと耳打ちをする。
「あの、ヴェルガーさん、少しご相談があるのですが……」
「外にいる不穏な者たちのことかね?」
「――っ、ご存知だったのですか!?」
まるで見透かされたかのようなヴェルガーの言葉にセツナが目を見開くと、初老の男性はモノクルをキラリと光らせる。
「フフッ、冒険者なら顔を見ただけで誰かわかる程度には熟知しているつもりだ。少なくともあの連中は、何処かのギルドの所属している冒険者ではないよ」
「す、凄い……」
「伊達にこの街で道具屋をやってはいないよ。何、せっかくだ。奴等が何者か聞いてみようではないか」
そう言ってヴェルガーはウインクしてみせると「付いてきなさい」とセツナをカウンターの奥へと招き入れた。